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今世の頂点


 良一は経営者に向いてはいなかった。もともと、仕事が嫌でギャンブルに逃げていたような男だ。社員たちの出世競争は、所詮、人の蹴落し合いで卑しく、自分におべっかを使う社員を虚しい人間だと思ってしまう。組織の頂点にいること、その組織自体に存在することがストレスとなり、善財の後継者という立場が肩に重く圧し掛かって、今にも潰されそうだった。


 良一は、会社経営を澄子に任せ、子供食堂で子供たちと接することや、保護犬、保護猫たちの世話に喜びを見出し、内部監査という名目で出張しては、心優しきスタッフたちと自由で温かい時間を過ごすようになった。


「にゃんちゃ~ん。今日も来ましたよ~。パパでしゅよ~」


「ボス吉~怪我の具合はどうでしゅか?」


「社長、会社の方は宜しいんですか?」


「いいの。一日一善、ここに居たほうがポイント貯まるんでしゅよ」


「ポイント?」


「にゃ~ん」


 悪質ブリーダーの出荷選別で無慈悲に捨てられ、生死の淵を彷徨った子猫のプリンが、幸せそうに良一の足に頭を擦り付けた。



 慈善事業の規模は広がり、高齢者や障害者施設の運営、貧困国への食料供給に医療支援と、多くの人を救済した。お金を集めて配る者、人の手が必要な者に手を貸す者、形は違っても、善財家の後継者夫婦は世間に人徳者として認められ、国内外で様々な勲章を手にした。

 

 良一は、にやけ顔が止まらない。


「これだけ善ポイント稼げば、永住ビザ確定だろう。まてよ、すごい階級与えられるんじゃね? ムリムリムリ、仕事とか役職とかうんざりなんだって~」

 

 澄子は、高笑いが止まらない。


「菩薩の爺さんのおかげで、この人生楽勝やん。ドラッグ仲間やったボンボンが今や、政治家やけんね。次は、社会福祉制度を改革させようかね」






 ―極楽浄土―

 

 極楽浄土では、天女と菩薩が鬼の形相でITパッドを凝視している。

 

「菩薩様、この女、危険ですわね」


「危険じゃ、こうもわしの失態を利用されては、いつ如来様のお耳に入るか知れたもんじゃないぞ」


「とにかく、監視を怠ってはなりませんわ」


「うむ。それでね、菩薩ちゃん、ものは相談なんじゃが」


 手を揉みながら菩薩が口をもごもごさせている。


「致しません」


「そんな~いけずぅ~たまには代わってよ~」


「てめぇがぼけっとしてるから、こうなったんだろが! 責任とりやがれ!」


 あの一件以来、天女は菩薩に対し、しばしば感情をむき出しにする。菩薩にしてみれば、天女の内部告発の方がよっぽど恐いので、堪えるしかない。


 菩薩はこの三十三年、ITパッドで澄子の行動を監視し続け、数ヶ月に1度は枕元に出張している。








 結婚して以来、二人は金と名声を欲しいがままにしていた。ところが、人間とはなんとも欲深い哀れな生物で、二番では満足できない。澄子は和夫に早期退職を迫り、良一ではなく、自分を善財ホールディングスの総帥にさせた。


 その肩書を盾に、再びパリへと乗り込んだ。




 ―ブレイクリー本社―


 美鈴との7年ぶりの再会だ。前回とは明らかに扱いが違う。


 応接室に入るや否や、白髪を鮮やかなブロンドに染め、骨皮筋衛門のように痩せ細った美鈴が深々とお辞儀をして出迎えたではないか。


 美鈴は、人道的に世界に名を馳せた財善と是非、提携したいと言った。その上、澄子が立ち上げた慈善団体に多額の寄付を申し出た。


 ブレイクリー美鈴に、その跡取りであるブレイクリーアラン(美麗の兄)、その下の役員一同が、財善夫妻を褒め称え、憧憬のまなざしを注いだ。


 澄子は天に昇るほどの心地だった。ついにあの憎らしい母親の上に立つことができたのだ。八年前の屈辱を見事に晴らした。


 良一は、笑顔の反面、落胆した。歴史的、文化的にも名のある超一流ブランドをもってしても、企業繁栄のためなら、こんな若造相手におべっかを使うのかと。寄付なんて、指先だけでできる企業イメージアップの最有力手段じゃないか。実際、寄付額以上の収益をあげるだろう。


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