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澄子の舞台

第四章 澄子の舞台


 ―成長期―

 

(なによ、このくそ田舎は。クラブもないし、三ツ星フレンチもない。デパートすらないじゃない。見渡す限り、海、土、草)

 

「可愛いかねぇ」


 祖父と祖母が、布団に寝かされている澄子の顔を覗きこんでいる。


「オンギャー(しみしわだらけの顔近づけてるんじゃないよ)」


「元気がよか」


「オンギャー(せんべい布団が寝心地悪いって言ってんの)」


「よしよし。ばあちゃんが抱っこしたろう。澄子は良い子や。元気に育てよ」


 お日様の匂い、太くて節くれだった指、分厚い掌。虫唾が走るほど気持ちの悪い民族だ。 


 両親と祖父母だけではない。会う人全てがそうだ。戦にに転生してしまったのではないかと疑った。もしくは、日本という島国が、かつて世界第二位の経済大国で先進

国との常識はプロパガンダだったのか。


 澄子は成長し、言葉を発することができるようになった。時折、子供らしからぬ言動をしてしまうこともあったが、前世で、もともと頭が悪いし、日本語は言わば習得中であるから、それほど周囲を驚かせることはない。


 前世では、周りの人間は金で動くロボットでしかなかった。クラスメイトもボーイフレンドも金がなければ遊べない人種ばかりで、ブレイクリー美麗の心は金と引き換えに頑丈な金庫に仕舞われ、ロックされた。


 島人の温もりと親しみは、やがて、その頑丈な金庫のロックを解き、澄子の体に心が戻った。ここでは見栄や嫉妬は皆無だ。皆が平等で皆が互いを思いやり、皆が平穏に暮らしていた。澄子はすっかり島の暮らしに順応し、本来の持つべき良心を手に入れた。前世の記憶が疎ましい。時々、上から見下してしまいそうになる自分を押さえ込むのには苦労する。


 澄子が10歳の頃、東京から転校生がやって来た。しかも、小金もちの息子だという。


 島人は接し方が解らなかった。過去、町長が都会から来た金持ちに言葉巧みに騙され、田んぼ一帯を産業廃棄物処理場にされるという危機に瀕したことがある。結局、住民訴訟で争い、危機を脱したものの、そのときの弁護士は、無知な島民に莫大な弁護費用を吹っかけた。以来、都会の人間、しかも成り上がりの金持ちは信用ならなかった。今回も何かの企みで子供だけ寄越したのではないかとの噂でもちきりだ。


 澄子だけは違った。澄子は小金もちになど物怖じしない。なにせ前世は世界的大企業の当主の娘である。金持ちの孤独と猜疑心はそれなりに知っていた。それだけでない。小金持ちの利用価値も存分に承知だ。


 澄子はいとも簡単に金持ちの息子を自分の信者にし得た。


 小金持ちの息子が自分に好意を寄せているのには気付いていた。前世では、自分に近づくものは全てブレイクリーブランドの輝きに魅せられているだけで、美麗自身を愛そうとも、知ろうともする者もいなかった。人に愛されるとはこんなにも気分が高揚し、自信に満ち、幸福を感じるものだと知った。澄子は、ブレイクリーブランドを失い、偏狭の地に産まれ落ちたこの人生を大事にしたかった。虚しさや孤独に打ち勝つためにドラッグに頼ったあの人生は恥ずべきもので、誰にも知られてはいけない。


 中学を卒業した澄子は、必然的に島の外に出るようになる。島には高校がないからだ。毎日、連絡船で九州本土へ上陸するわけだが、なにせ、IT時代の現代っ子だ。昔のように、田舎者がお上りでカルチャーショックを受けるということはない。そもそも、島に閉じ込められていた訳ではなく、当然、何度も上陸したことはあった。


 但し、鬱陶しいのは、都心部から通うギャル達だ。あからさまに、島から通う澄子を見下していると感じた。親切心を装って、澄子の髪型や持ち物にアドバイスというダメだしをしては優越感に浸っている。超一流ブランドの令嬢であった澄子には、小蝿同然だったが、この悔しさが、島をブランド化し、発展させるという夢が目標に変わった。


 その目標を達成すべく、頼りにしたのは、立派に上場企業の跡取りと成長した小金持ちの下僕、葛西劉生だった。成績も全国平均レベルの澄子が東京の大学に進学できたのは、劉生の後押しがあったからで、漁業と農業で生計を立てる澄子の実家の経済力だけでは叶わない奇跡だ。劉生は、投資を名目に、澄子の祖父が所有する田んぼ一反を破格の値で買ったのだ。澄子は、劉生の優しい嘘を真実にしなければならなかった。  



 必ず、島を投資に値する楽園に格上げすると意気込んで東京へ進出した。



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