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香りはただ純粋に

作者: 木崎弘崎



───母はいつもいい匂いだった。



 僕の父と母は離婚している。何が理由かと聞かれれば単純にそりが合わなっかったのだろう。

 

 父が残業によって帰りが遅くなり、朝には急いで会社に向かうので段々と会う機会がなくなり、母と父の関係が冷めていった。


そして段々とそりが合わなくなり母は出ていった。


 寂しいかと聞かれれば意外に寂しくはない。関係が薄くなると段々と無関心になっていき、どうでもいいと感じるようになる。


 だってそうだろう?


 小、中、高で仲良かった友達も疎遠になったら、興味なんてなくなるんだから。たまに、あいつ何してるんだろうと思うが正直連絡したいとは思うが、めんどくさい。何を話したら良いのかわからないからだ。

 

しかし、会いたいかと聞かれれば、もちろん会いたい。思い出がないという訳ではないのだから。


 昔、家族と一緒に旅行に行った時だ。行く場所など決めずに自由気ままに車に乗ってドライブするが家の恒例だ。


 しかし今回は、ちちの同僚にハイキングに行ったことで空気のおいしさや山から見る景色の美しさなどを聞かされたらしい。


 それに充てられた父は次の休みにハイキングを行くことにした。

 

 しかし、当日になって仕事が急に入って父は行けなくなった。⋯⋯なんてはた迷惑なのだろう。


 まあ、そんなこんなで近くの比較的登りやすい山に行くことになった。

 行く途中のことは覚えてないが、行きたくなかったということは覚えている。そんな気持ちを抱えながら、車で2時間程かかり山に着いた。


 山と言っても、もちろん富士山程高くはなく、大人が登って2,30分程かかる山だった。

 しかし、あくまでも『大人が登って2,30分程かかる』ので当然子供の足では疲れやすいし、遅いに決まっているがそんなことは小さい子供だった自分には分からず山を登り始めた。


 人生初めての山登り。山の中は意外と道がつくられていており獣道というわけではなかった。

 その頃は小学生だったので大人との歩幅は大きく違っていて母に比べて、遅かった。

 

 脚はすぐつかれ、息切れもすごくもう歩けないと思った。

 なので、おぶってと母に頼んだ。いつもなら、お願いしたら大体のことは叶えてくれる。


 「駄目よ」


 しかし、今回は何故か駄目だった。

 なんで何でと腕を振り回して駄々をこねる。そしたら、母は一言、言った。


 「いいから一人で歩いてみなさい。」


 そう言って何故か母は不敵な笑みを浮かべた。

 僕は意味が分からなかった。なぜ抱っこしてくれないのか、なぜそんな不敵な笑みを浮かべるのかを。

 そんな疑問と怒りを持ちながら、僕はふくれっ面になりながらも立っ

た。

 

 脚はよろめきながらも、一歩一歩と地面を踏みつけながらなんとか歩けていた。

 驚きだった。これ以上は歩けないと思っていたのに歩けていた僕自身にだ。驚いている僕の顔に母はニヤニヤと笑っていた。



「どう、歩けるでしょう♪」



 僕のその時の感情を一言であらわそう。


―――ファ○ク


 歩けるからどうなんだ。疲れているには変わらないんだよ!!

 まあ、その頃は子供だったのでこんな汚い言葉を使ってしまっているが、ある程度年齢を重ねてきた今の僕にとっては『自重しろよクソババア』としか今は思わないけどね。


 むかつきながらも素直に足をすすめた。

 山の奥に進んでいくと段々と差し込む光が小さくなり森の木によって遮られ、周りが暗くなってくる。草むらを通ったときに服が草木にこすれてざわついた音が耳に届く。

 

 普段の僕だったらそんな何気ないことでも暗い山の中にいては怖くて両親に抱き着いていただろうが今はそんな事どうだって良い。

 

 進めば進むほど傾斜が高くなっていき足がもつれてきているが、必死に隠した。母に馬鹿にされるのが嫌だったからだ。そんな僕の行動を微笑まし気に見る母も嫌だ。


 しかし、その虚勢も段々と削がれていきとうとう足も本当に動けなくなった。足が上がらなくなり、少し動いたら止まる、また動き出し止まるを何回も繰り返していた。

 その様子を母は見ていただろうが手を貸してくれなかった。それどころか催促してきたのだった。

 

 絶対に抱っこしたほうが早いのに。そんな思いを抱きながらもそれを言おうとは思わなかった。

 なぜなら、絶対に母は手伝わないと確信しているからだ。

 


 「ねえ、見て」



 疲れて、しゃがみこんでいた僕の前から母の声が聞こえてくる。どうしたのだろうか?遅い僕に業を煮やして何か言うのか?

 

 鬱陶しいなと思いながらも顔を上げてみると、暗かったはずの周りの景色に一筋の光が差し込んでいた。

 

 目がくらむ。 

 まぶしくて手で光をふさぐ。暗い場所に居すぎたせいか少し目を開けるのが辛い。しかし、数秒程たつと目が慣れ始めてきた。

 

 光が向かってくる方にかざしていた手を少しずらすと、眩い光を放っていた街灯が目に入った。数十メートルほどの場所にあったが暗いところにあると街灯が目立つ。

 

 僕は走った。


 両親を置き去りにする勢いで、疲れてこばっている脚に鞭を打ち、走った。

 走ったというが疲れで太ももが上がらないので早歩きという方が正しいだろう。

 それも、学年で一番遅いと噂の佐藤くんが歩いたほうが速いぐらいに遅いが(涙)。

 

 目標が届きそうになると人は頑張れるらしく、疲労がなくなる訳ではないがあと少し、あと少しで手が届こうと思えると不思議と楽になっていた。


 街灯が少し大きく見えるようになってきて、それと同時に他のたくさんの小さいな光も見えた。なんだろうと思いつつも、走っている辛さの方が気になって思考がまとまらない。

 

 僕はその考えを振り払った。

 考えても仕方ないし、着いたらわかることだ。今、気にしている暇は僕にはない。

 そうして僕は、千鳥足になっていた足をしっかりと歩くように意識して走った。

 


 山の頂上にたどり着いた。



「―――ハァッ。――――ハァッ。―ゴクッ。――ハァ―――ハァッ。」

 


 止まっているのに呼吸するのが辛い。走る時よりは呼吸を深くできるから楽だが、辛いことには変わりない。

 地面に顔を向け、膝に手をつけながら休憩をすることで、少しずつ息が整い始める。

 

 少し調子が戻ってきたので景色を見ようと思い、膝につけていた手を

放し、重い頭を上げた。

 

 

 

 「――――ッ」

 



 綺麗だった。


 夕暮れ時になり始めたことによって、太陽から出る朱色の光がゆらゆらと漂う雲を鮮やかに染めている。

 それと同様に、同じくらい綺麗な紅葉も見えている。赤、黄、橙色がまばらに視界にうつっているが、たまに緑の葉もあるので完全に秋になっていないようだ。

  

 「どう、きれいでしょ」


 景色に見入っていた僕に、したり顔で話しかけてきた。


 「───ッ」


 認めたくない。これを綺麗と言ってしまえば、さっきまで反論していたことが間違いだと認めてしまうことになってしまう。

 それをこのしたり顔で話してくるババアに言うのは、⋯⋯なんだか恥ずかしい。


 「⋯⋯まぁまぁ」

 

 「本当は?」

 

 「⋯⋯きらいじゃないよ」


 「本当は?」


 本当にクソババアだな!是が非でも俺に言わせたいのか!


 「⋯⋯⋯⋯⋯⋯きれいだよ」


 「よく言えました」

 

 本当に嫌な母親だな。気恥ずかしくて、目を合わせないようにしていた顔を手で固定させて、自分の顔に近づかせてたくせによく言うよ。

 

 足が疲れたし、どこかに座ろうと思い、周りを見渡すと近くにベンチが見えた。

 母と一緒に空いたベンチに腰を落ち着けさせた。


「⋯⋯」


「⋯⋯」


 ふとした瞬間にお互いが喋らなくなった。

 何も喋らなくなった母親が気になって目を向けると、さっきまでと同じく笑っているが、少しだけ笑顔に陰りがあった。

 

 何かあったのかな?励ましたほうがいいか?しかし、自分に励ますことができるのか?頑張れ?元気だして?落ち込まないで?そんな言葉で母を元気にさせられる訳ないだろ。しかし、このままで良いわけないし⋯⋯。

 

 「よし、行こうか」


 「⋯⋯あ」


 何を喋るのか考えていたが、母がベンチから腰を上げて帰ろうと言いだした。それを止めようと声にならない音が出た。

 耳に近い距離だったとしても、相手に聞こえるか怪しい声の大きさが出た。


 「どうしたの?」


 しかし、自分の子供の声は母親には聞こえるらしく、やっぱり自分はこの人の子供なんだと⋯⋯嬉しくなってしまう。

 

 そして、何故かさっきより、心が軽くなっていくのを感じた。

 ⋯⋯ああ、自分は緊張していたんだ。

 

 何かが無くなるような予感がして、自分の言葉次第で大切なものが手元からなくなってしまうような。⋯⋯そんな感じが。

 

 でも、言わなきゃ。何が間違っているか合ってるかなんてどうでもいい。

 

 ただ、この()の幸福を願おう。

 


 「後悔しない最善な選択をしてね」


 「────ッ!!」



 何故、自分からこんな言葉が出たのか分からないが、()の驚いた顔を見るにこの言葉が僕の最善なんだろう。


 帰り道は何も喋らないまま帰った。


 その後に印象に残ることはない。ただ、帰りのバスに乗ってるとき寝てしまって、頭を()の肩に乗せてる時に──




───()はこんな時にもいい匂いだった。




 


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