表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

透明な生き物

作者: QWERT

 ぼくらは透明な生き物のなかにいる。みんな気づいていないだけで、ぼくらは見えない生き物に包まれて生きているんだ。

 放課後、ひとりで帰路につく卓也は、そんなことを思いながら、コンクリート舗装された校門へとつづく道を歩いていた。

 卓也にとって、透明な生き物の存在は、たしかなものだった。でも、それを人に話したことはなかった。

 お母さんに一度だけ、話したことはあるけれど、そのときお母さんは、第二子をお腹に抱えていて、それどころではなかった。卓也は日に日に、薄れていく愛情がひしひしと感じられて、少し悲しかった。

 今日はまっすぐ帰らずに、人形屋に寄っていこう。マリーおばさんに今日あったことをお話しするんだ。

 その人形屋は、校門を出て、左に曲がってすぐのところにあった。そこに住むマリーおばさんは、とても優しくて、卓也は彼女とお話しするのが好きだった。

 でも、そんなマリーおばさんにも、透明な生き物の話はしたことがなかった。きっと言ったら、笑われるだろう。卓也はそう思っていた。


「こんにちは!」

 ベルの音とともに、そっと扉を開けて、お店の奥に向かって、あいさつをする。マリーおばさんは最近、耳が遠くなったという。だからもしかしたら、聞こえていないかもしれない。それでも卓也は、元気よくあいさつをするのだった。

 壁いっぱいに、布づくりの人形たちが、優しい表情でにっこりほほ笑んでいる。少し甘い香りがする。卓也はしばらく、そんな人形たちと見つめ合い、一つ一つに、心の中であいさつを交わしてゆくのだった。

 そうしているうちに、奥からおばさんが出てきた。

「あら、たっくん! 来てたのね!」

「マリーおばさん、こんにちは! 今日、おばさんに聞いてもらいたいことがあるんです。少し変な話だけれど、ぼくはとても真剣なんです」

「わかったわ、たっくん。まあでも、とりあえずおあがりなさい。お茶を用意してあげるから」

 そう言ってマリーおばさんは、卓也を手招きし、店の奥の小ぶりな庭に案内してくれた。彼らはよく、その庭でお茶をして過ごすのだった。


「それでどんな話なの、たっくん?」

「おばさんは信じてくれないかもしれないけれど」と卓也は前置きを置いて言った。

「ぼくらは見えない透明な生き物に包まれているんじゃないかな、ってずっと思ってて。おかしいですか?」

 マリーおばさんはしばらく、じっと卓也のことを見つめた。マリーおばさんの目は真ん丸としていて、その青は美しく、吸い込まれそうだった。

 それからおばさんは、にっこりと、お店の人形みたいにほほ笑んで、卓也の頭を優しく撫でた。

「そうね、そうかもしれない。たっくんはすてきな感性の持ち主ね」

 卓也は自分の思っていたことが受け入れてもらえたみたいで、うれしかった。

「だから、だから、もうすぐ生まれてくる、ぼくの弟にも、それを伝えたくて……」

 なぜか卓也は、そのときふいに泣きたくなった。きっと、お父さんやお母さんが、お腹のなかの子のことでいっぱいで、卓也にかまってくれない寂しさや、それでも卓也にとって弟ができることはうれしかったり、といろいろな感情がごちゃ混ぜになって、泣きたくなったのだろう。

 でも卓也は、おばさんの前では泣かなかった。必死にこらえて、言葉をつづけた。

「いや、いいんです。弟もまた、気づいてくれると思うから」

「そうね、たっくんは偉いね」

 お茶の香りがほんのりと鼻をくすぐり、日だまりに包まれて、二人は穏やかな午後のひとときを共にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の純真で寂しい気持ちがよく表されていて良いなと思いました。 [気になる点] 結局、透明な生き物とは何なのでしょうか? 主人公の寂しさを埋めるための何かなのでしょうか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ