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ただ君の星だけを見ていた  作者: 早海和里
ただ君の星だけを見ていた
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第4話 姫君を探して

 城門の向こうに壮麗な燎宛宮がその姿を見せると、星海は再びこの宮に足を踏み入れることになった巡り合わせの不思議さに、小さく身震いをした。


 慣れない窮屈な宮廷服に身を包み、身動きも儘ならなかったが、可能な限り馬車の窓から身を乗り出して、眼前に迫る宮殿の優美な様に見とれていた。


――あの人が、この宮殿のどこかにいる。


 そう考えると、星海は何とも落ち着かない気分になった。

「星海様、そのように馬車の窓から顔を出すものではありませんよ」

 星海と向かい合って座っていた梗琳こうりんが、眉をひそめて注意した。

「今日は、大臣方への顔見せだけですからね。宰相閣下の就任式が終わったらすぐに帰りますから、そのおつもりで」

「分かってるよ」

「お行儀よくしていて下さいよ。それから、あまり余計なお喋りはなさいませぬ様……」

「しつこいな、もう……大丈夫だって。ボロは出さないよ。宰相のご子息に相応しい人となり。ここにちゃんと、たたきこんであるから」

 星海が人差指で、自慢するようにとんとんと頭を叩いた。

 そんなどこか浮ついた彼の小さな主人の様子に、梗琳は漠然と不安を感じた。

 そしてその予感通り、彼のご主人様はお行儀よくなんてしていられなかったのである――



 就任式の後の、祝賀会の人込みに紛れて、梗琳とはぐれてしまったのをよい事に、星海は意気込んで、あの姫君を捜していた。しかし――


 迷路のような燎宛宮の回廊を歩くうちに、一体自分が目的の場所に近付いているのかどうかも分からない状態に陥り……つまり要するに、星海は迷子になっていた。

 宮殿のそれぞれの回廊は、各々主題を持って造られており、良く見ればその趣が少しずつ異なっているのであるが、当然のことながら、宮殿初心者の星海にはその見分けはつかなかった。


 ある回廊をひたすら真っ直ぐに歩いていくと、何時の間にか、色取り取りの布で仕切られた小部屋に出た。ここは、皇帝に目通りを希望する人々の控えの間であったが、勿論、星海はそんな事は知らない。星海は何も考えずに、構わず奥に進んていった。

 そうして、幾つもの小部屋を通り過ぎて歩くうちに、ふと人の話し声が聞こえたような気がして星海は足を止めた。




 場所は定かでなかったが、この辺りの小部屋の一つから、押し殺したような低い話し声が聞こえてくる。息を殺し、耳を澄ました星海の元に、途切れ途切れに聞こえてくる声の一つは、どうやら女のものである。持ち前の好奇心と行動力に動かされて、星海は仕切りの布をそっと持ち上げて、次の間に入り込んだ。


「……河南の……は。……か、……じゃな」

「はい」

 話の様子は、身分の高い女とその家臣という風情である。


 星海が目の前の布をまたそっと押し上げると、もう一つ先の布の仕切りに人の影が映っているのが見えた。もはや布を一枚隔てただけになり、その話し声は今度ははっきりと聞き取ることが出来た。


「そうか、三番目の大公も死んだか。なれば、此度の戦も決着……というところか」

「御意にございますが、ただ……」

「何じゃ」

「はい。河南公が息女、麗妃れいひ殿の動向が気に掛かります。あの蒼炎殿を、河南の城に迎え入れたのも穏やかではございませぬ」

「そう気に病む事もあるまい。たかが小娘の分際で、如何程の事が出来ようか」

「御意」

「……時に、緋燕ひえんの行方は、まだ掴めぬのか」

「はい。八卦にも、その星は見えず、恐らく、刺し違えたものかと……」

「そうか……星がまだ落ち着かぬ。これ以上、星が南へ流れては、厄介なのだがな」

「足止めすればよろしいのでしょう?ならば、この私めにお任せ下さい」


 自分の上にいたものが居なくなって、ここで手柄を示せば、その地位が自分のものになる。そんな男の野心を見透かした様に、女が忍び笑いを洩らす。


「ふふ。よかろう、翠狐すいこ。そなたの力の程を示してみよ。首尾よく行けば、わらわの八卦師として、取り立てようぞ」

「お任せ下さい、太后様」

「……其処に居るのは、誰じゃっ?」

 突然、女の鋭い声が誰何した。

「わわっ」

 驚いた星海が手にしていた布を離すのと、女が布をまくりあげたのが、ほぼ同時だった。


 逃げようとして星海が足を一歩踏み出した途端、その足元の床が突然抜け落ちたような感覚が彼を襲った。一瞬、布の向こうに男の顔が見えた気がしたが、それもすぐに消え、景色が暗転した。

 空気の渦に飲み込まれたような感覚に襲われ、息が出来ない。そう感じて、もがくように手足をばたつかせようとした所で、視界が元に戻った。




「……あ……れ?」

 自分の立っている場所が、さっきと違っている。

 辺りを見回した星海は、質素な造りの部屋の中に、知っている顔の女官がいるのに気が付いた。


「あなたは……華梨かりん様?」

「盗み聞きだなんて、あまり感心しないわね。もっとも、私も覗き見の口だから、あまり大きな事は言えないけど。だけど、あのお方に見付からなくて、本当に良かったわよ」

「えっと……もしかして、助けてくださったんですか?」


「空間変換術。八卦師の初歩的な術よ。あそこの空間とここの空間を一部入れ替えたの。もっとも、これで人間ごと変換させたのは初めてなんだけど。うまくいって良かったわ」

「はぁ……華梨様って、八卦師だったんですか」

「八卦師、という訳ではないのよ。昔、少し修業した事があるだけ。父は私を八卦師にしたかったらしいけれど、星見を習って術師の修業に入ったところで止めてしまったから」

「どうして?」

 それほどの才能がありながら、止めてしまうのは勿体ない気がして思わず聞いていた。八卦師はこの国では、稼げる人気職業だからだ。


「八卦師って、生涯独身でいなくてはならないんですもの」

 華梨はそう言って、笑った。

「え?そんな理由で?」

「あらっ。その辺、女の子には結構重要なことよ?」

 言われて、華梨は周翼しゅうよくの許嫁だったという梗琳の言葉を思い出す。


――周翼兄さんと……だからか。


 そう気付けば、この人も大切な存在を失ったのだと思い至る。周翼は本当に、後に残される人たちのことをまるで考えていなかったのか。


――本当に……どうしてなんだろうな。


 劉飛と違ってあっけらかんと明るく振る舞う華梨に、かえってそこに大きな哀しみが隠されている気がして、そこに触れてはいけないようなそんな気がして、星海は話題を変えた。



 星海が前に華梨に会った時、彼女はあの姫に仕えている女官であると言っていた。つまり、ここで聞くべきことは一つだけだ。


「あのぅ……華梨様。優慶ゆうけい様は、お元気でしょうか?」 

 畏まってそんな問い掛けをした星海を、華梨は驚いたような顔で見返してくる。

「優慶様って……まさかあの御方に会うために、こんな所まで来たって言うの?呆れた……宰相閣下のご子息は、大した向こう見ずだこと」

 何でも良く知っている様子の華梨に星海は、優慶が彼女の事を『千里眼』だと言っていたのを今更ながらに納得した。



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