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ただ君の星だけを見ていた  作者: 早海和里
幻の都~天祥三十一歳
38/43

あなたを生かす為の戦い

  ――共に、死んでくれるか?


 自分を見据える珀優の瞳に、迷いは無かった。

 それでも自分は、珀優をむざむざ死なせる事など出来ないだろう。

 だから……



 燎宛宮の星見の宮の最上部――

 物見の為にしつらえられた場所に、天祥は一人佇んでいた。


 彼方の鳳凰山系に消えゆく陽光は、空を茜に染めながら、藍色に変わり始めた天上の空と混ざり合う辺りで、綺麗な紫紺の色を生み出している。 その紫紺の中に、一つ、また一つと、星の煌めきが浮かび上がる。もう、この星たちを、幾度見上げたことだろう。

 その美しさに、やや感傷的な思いを抱きながら、天祥は視線を北天へと転じた。


 天の中心に座する指極の星。

 そこに次第に近づいていく天の闇星。


 その深紅の輝きは、見る者に例外なく絶望をもたらしていく。その言い様のない重圧に苛まれながら、天祥は心に抱く自らの思いを確認する様に、幾度もそれを反芻していた。


――それでも、私はあなたを守ります。この命に代えても……


 そこに永遠の別離が待っているのだとしても、珀優と公子は何が何でも救ってみせると、心に固く誓う。それが、自分が生きる理由――緑星王を宿している理由に外ならないのだから。




「今宵も、星は綺麗に見えていますか?」

 背後からそう問いかけた声に、天祥はそこに待ち人が現れた事を知り、星を映していた瞳をそちらへ転じた。下からこの物見の部屋に上がる長い階段を登りきった所に、やや息を弾ませて春明が立っていた。


「この私を、この様な所にお呼びになったという事は、宮では言い出しにくいお話という事なのでしょうか」

 天祥がそう水を向けると、春明が真顔で言った。

「天祥、あなたは、一人で死ぬつもりなのではないの?」

「……」

 自分の秘めた決意をあっさりと看過された事に、天祥は返す言葉も無い。


「あなたが皇帝として死ねば、それで表向きの辻褄は合うのだから、珀優までも死ぬ必要はないと、そうお考えなのではありませんか?……違うかしら?」

「……ええ。その通りですよ。そもそも私は、その為に影になったのですから。だから、もしもの時には、あなたには珀優と公子を連れて、共に逃げ延びて頂きたいのです」

「全く、相変わらず分かっていないわね」

 春明が大きく溜息混じりにそう零す。

「あなたが死んだら、それも自分の身代りになって死んだりしたら、珀優は生きてはいられないでしょう」

「だから、こうしてあなたにお願いしているのでしょう……」

「私なんかじゃ駄目なのよ。あの方の繊細なお心は、私では守りきれないわ。あなたじゃなきゃ駄目なの。 あなたが側に居て支えて差し上げなければ、皇帝の座を放り出して生き延びたという事実の重みに、珀優は到底耐えきれないわ。あのお方は、そういうお方ではないの?」


 言われて天祥は押し黙る。確かにそうだ。

 珀優は、皇帝の責務というものを事更に重く受け止めている。それは、星王から神託を受けた者だという証ゆえなのか。ただ命を救うだけでは、その心までは守れない。かつての様に、後悔の念を抱え込み、また心を病んでしまうかも知れない。


「では、どうすればいい。戦うというのか?陛下の意志を無視して、戦うと?」

 惑いながらそう問うた天祥に向けられた瞳には、揺るぎない意志が込められていた。そして、はっきりと宣言する様に、春明が言った。

「そうよ。戦うの」

「……」

「そう。私たちは共に戦うのよ、運命とね。そして、皆で揃って生き延びる」

「皆で……生き延びる……」

「そうよ。先に死ぬ事を考えてどうするの。考えるなら、まず生きる事からでしょう。死ぬなんていうのはね、足掻いて足掻いて、どうにもならなくなってから考えたって遅くはないの。いい?」

「しかし……」

 そんな事が許されるのかと思う。そんな虫のいい話が……

「い、い?」

 春明の有無を言わせない気迫に、天祥は思わず頷く。それを確認して、春明は懐から一通の書状を取り出した。


「これは?」

「陛下の親書よ」

 渡された書状には、成程、皇帝がしたためたという証である玉璽が押されている。それを開いて、そこに書かれている事を確認する天祥の瞳が、次第に驚きに見開かれて行く。

「まさかこれは、あなたが?」

「ええ。私が、劉飛さまと相談して書かせて頂きました」

「この事を、陛下には?」

「無論、内緒ですわ。陛下の、あの頑ななお心を変える事は難しいでしょう。ですから、陛下には、直前まで、この事は内密に致します」

「しかし、それでは」

「天祥さま。戦うという事は、こういう事なのですよ。綺麗事では済みません。地を這いつくばる様にして、他人を犠牲にしても、何が何でも生き延びるのだという気概がなければ、生き残る事は出来ません。 お分かりですか」


 何が何でも。そこまでしても。自分たちは生き延びる。運命を覆すという事は、そこまでの決意と、そして紛れもなく大きな罪を抱え込むことなのだ。



――そこまでしても、生きたいのか。


――生かしたいのか。



 そう生かしたいのだ、自分は。

 珀優という存在を。


 だから心を決める。もう揺るがない。この春明と同じ様に。


「良く分かった」

 天祥は一言そう告げると、開いた親書を丁寧に畳み直した。

「では……」

「ああ。今から、これを持って海州へ向かおう」


 その言葉に、春明が心底安堵した様な、嬉しそうな表情を見せた。その顔に、改めて自分たちは三人で一人なのだと思う。この妃はいつも、自分たちに希望を運んで来てくれる。かけがいのない存在なのだと、そう思った。


「翠狐」

 天祥が呼ぶと、羅刹の八卦使いが姿を見せた。その手に文箱を持っている所をみると、どうやら用件は先刻承知しているのだろう。


 翠狐の差し出した文箱を受け取り、陛下の親書をそこに収めると、天祥はそこに方位陣を描く。そして春明の見守る中、天祥は翠狐を伴って、そこに生じた光と共に姿を消した。



本編30-(1)、(2)


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