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ただ君の星だけを見ていた  作者: 早海和里
光に添う影のごとく~天祥十三歳
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喪われた夢

 色とりどりの絹が、部屋を埋め尽くしていた。その絹に囲まれて、春明は幸せな気分に包まれていた。輿入れはまだ先の話ではあるが、春明の屋敷では、すでにその準備が始まっていた。


 好きな色の絹を選び、何十という着物をあつらえる。帯も飾りも、好きなものを好きなだけ。調度の類も、全て新調する。 その事を考えただけで、浮き立つ気分を抑えきれなかった。結婚というものに憧れを抱いていた。いつも仲の良い両親の様子を見て、そこに大人になった自分を重ね、その伴侶を思い描いていた。


 天祥という存在を知ったのは、いつのことだっただろう。天家の屋敷で、何か花の宴が開かれて、親に連れられて行った時だったろうか。


 初めて会った天祥は、少しぶっきら棒で、田舎くさくて、あまり冴えない感じだと思った。 それが、近衛に入った頃から、急に背も伸び、凛々しい男子おのこに変わり始めた。それを驚く間もない程、あれよという間に、天祥は副隊長にまで出世した。すると貴族の娘たちの間で、彼は急に話題の人になった。


 一番初めに天祥を見染めたのは、この自分なのに、他の誰かが天祥の事を噂するのは面白くなかった。それに、彼は、天家という名家の後継者なのだから、自分ぐらい高貴な家の姫でなければ、相応しくはないと、自分勝手にそう思い込んでいた。


 それは、年頃の娘が、ごく普通に描く夢であったのだ。叶うとか叶わないとか言う事は二の次で、見るには心地の良い夢だった。それが、急に現実のものとなった。心地の良い夢は、そのまま心地の良い現実となり、まさに今、春明を包み込んでいた。



 それは、夢の続きであったから。

 だから覚めてしまったのか。

 夢だったから、霞の様に消えてしまったのか――



 宮中から予定より早く戻った父が、春明に告げたのは、天祥の訃報だった。





 昨日、宰相に召し出されて、天海の死後初めて燎宛宮に出仕した天祥は、その帰途、何者かに襲われ、命を落としたという。その遺体は、見るも無残に傷つけられて、その着衣によって、ようやく身元が特定された。 その残忍な犯行から、宮中では、故人に怨恨のあるもの仕業ではなかろうかという噂で、持ち切りなのだという。


 女たちには人気のあった天祥だが、同じ近衛の仲間うちでは、あまり愛想もなく、親の威光で出世した感のある天祥は、かなり妬まれ、良く思われていなかったのだという話を聞いて、春明は少なからず心を痛めた。


「話はそれだけではなくてな……」

 姫英が苦々しい顔をして言った。

「実は、此度の件には、天家の財産争いが絡んでいるのではないかと、そう噂する者もおる」

「どういう事でございますか」

 香夏が厳しい顔で問いただす。

「先の宰相の三姫が、互いに天家の後継者を取り合ったせいで、天祥はその割りを食ったのだとな」

「何という。冗談ではございませんよ」

「私に怒っても仕方ないだろう」

「それでは、あまりに春明が可哀そうではございませんか」


――それは……天祥は、私と結婚する事になったせいで殺されたという事なの?……


 そう思った途端、春明は目の前が真っ暗になった。

「春明っ、しっかりなさい」

 香夏の悲鳴の様な声を聞いて、春明はそのまま気を失った。



 しばらくして意識を取り戻した春明が、侍女に支えられて部屋を出て行くと、香夏は厳しい目を夫に向けた。

「一体、どういうおつもりですか。あの様な話、春明のいる所でする話では、ございませんでしょう」

「そうだな……あれは、随分と天祥を気に入っていた」

「そうです。仮に不慮の事故というばかりでも耐え難き所を、その死の原因に自分が関わりがあったかも知れないなどと、あの年頃の娘が、到底、耐えられるものではございません」

「……耐えられぬか?春明は」

 そう訊いた姫英に、香夏はそこに何らかの意図を感じた。

「どういう事でございますか」

「十日だ。天祥の死を悲しみ嘆くのは、十日で終わらせろ」

「一体、何を……」


「私は、春明はよく道理を弁え、感情に流されぬ強い心を持っていると思っている。そなたのたっての願いで、天家との婚儀を決めたが、それがこういう事になって、本心では却って良かったと思っているのだ」

「どういう事です」

「崔家のご当主であられる崔遥様が宰相となり、今、宮廷では崔家の影響力が非常に大きくなった。陛下がご静養に入って、その発言力は更に増しておる。いずれ、この姫家の前に立ちはだかる様なことにならないとも限らない」

「崔遥様のご子息、崔涼様とはご親友ではございませんか」

「崔涼とは友であるが、政治の世界はそれとは又、別の次元の話なのでな」

「殺伐とした世界なのでございますね。それで、あなたは、その宰相である崔遥様に負けないぐらいの、切り札を手に入れたいと、そういう事でございますか」

「流石、そなたは察しがいい。その通りだ」

 姫英の考えを察して、香夏はため息をついた。そして、姫英は、香夏の予想した通りの事を告げた。


――春明を入内させる。


 それで、春明が幸せになれるのかなどという事は、香夏は問わなかった。その言葉を聞いた時にはもう、香夏の思考はそちらの方へ切り替わっていた。

「……分かりました。春明は、十日で立ち直らせてご覧にいれましょう」

 春明は、この自分の子だ。後宮に入っても、それなりにやって行けるだろう。むしろ、聡明な春明には、一貴族の奥方という立場より、それは相応しい場所かも知れないと、香夏はすでにそう思い始めていた。



 天祥の死後、天家の財産は国庫に接収され、始皇帝以来の名門であった天家は断絶した。

 その当主の死に関して、不名誉な噂が流れたせいで、当主を失った天家を引き継ぐ事、即ち、その財産を引き継ぐ事は、その死に何らかの関与があったと勘繰られる恐れがあった為に、誰も名乗りを上げなかったからである。


本編21-(3)

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