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ただ君の星だけを見ていた  作者: 早海和里
光に添う影のごとく~天祥十三歳
28/43

天家を継ぐ者

 何とも言いようもなく絶望に満ちた魂に、引き寄せられた。その者が、救いを求めているというのならば、手を差し伸べる事にやぶさかではない――

 

 その者は、力が欲しいと言った。

 たとえ、その身と引き換えにしても、構わないと言った。

 それであのお方が、救えるのならば……と、そう言った。


――力が欲しいのなら……そして、それが誰かを救うための力であるのなら……


 構わないだろうか。

 たった一人を救う為だけの力だ。

 それぐらいならば……この地上に波風を立てはしまいか。


 この地上に目覚め、我を求める声を聞いてしまった以上、盟約を交わさぬ訳には、いかないではないか。我に救いを求める者の手を、取らぬ訳には……しかし、ここで力を解放する事は、天の意に副わぬ事かも知れない……

 逡巡する心を、その者の強い思いが飲み込んでいく。



「だから、何もいらないから。ただ、優慶様のお側にいたい……お側にいて、あのお方をお守りしたい……ただ、それだけでいいからっ」



 その縋る様な言葉が、僅かな迷いをかき消した。


「よかろう。癒しの君の名にかけて、我はそなたの願いを叶えよう。そなたの大切な者を守る力を与えよう。地司ちし緑星王りょうせいおうの力を。今から、そなたが、我の盟約者じゃ」


 心地の良い暖かさと共に、その声が天祥の上に舞い降りて来た。うっすらと開いた目に、緑色の光に包まれた、幼い少女の姿を見た気がした。そこで意識が途切れて、再び目覚めた時には、体中の痛みは消えていた。





 喪中の間に屋敷を抜け出した揚句、衣服は破れ、顔に痣まで付けてでは、当然、梗琳こうりんのお小言は免れない。そう考えて天祥は、見つからない様に、屋敷の塀をよじ登り、木を伝って中に入るという方法を選んだ――選んだはずだったのだが、その木の下で梗琳が待ち構えていた。


「……仕事、忙しいんじゃないのか?何してんだよ、こんな所で?」

 少し決まりの悪そうに天祥が言うと、梗琳が大げさにため息を付いた。

「何をしているのかとは、こちらの言い分ですよ。全く、何をなさっているのです、あなたという人は、この様な大事な時に」

「……」

「しっかりなさって下さい」

 梗琳が天祥の両肩にその手を置いて、力を込めた。そこに只ならぬ気配を感じた。

「何かあったのか?」

「すぐにお召しかえなさって下さい。お客様がお待ちです」

「客?」

姫家きけ香夏こうか様がお出でです」


 香夏というのは、天海の長女で姫家に嫁した娘である。

 ちなみにその夫は、皇騎兵軍大将で、現在、元帥である劉飛の副官を務めている姫英きえいである。


 時折、この屋敷にも顔を見せに来ていて、天祥も挨拶ぐらいはしたことがある。 その香夏が、何の用で来たのか。天海の葬礼でも顔を合わせていたから、お悔やみの類の事はすでに済んでいる。その来訪の目的は、まだ子供の天祥には、到底思いつく事ができない内容のものだった。



 天祥が客間へ入ると、お茶を飲みながらくつろいでいたという風情の香夏は立ち上がりもせずに、目礼だけすると、天祥に卓に着くように促した。

 言われるままに、席に着いた天祥の顔を見て、香夏は僅かに顔をしかめた。

「お父上様がいなくなったからといって、その様な羽目の外し方は、関心いたしませんよ。全く、天家の名を辱めるお積りですか。お立場を弁えなさい」

 そう言われても、天祥には反論の余地がないので、ただ畏まって頭を下げた。


「あなたは、この天家とはえんゆかりもない者。ただ、お父上様の気まぐれで、養子となったに過ぎません。そのあなたに、この家の家督かとくを継がせる事に、親族の間で異論が出ています」


 そう言われて初めて、天祥は自分が置かれている立場を認識した。天海の養子となった以上は、法規にのっとれば、天祥がこの家の次期当主となる。つまり、自分が天家の一族を統べていく事になる。 そんな当たり前の事を、考えていなかった。その出自を考えれば、反対の声が出るのも当然のことだった。


「成程。どこの馬の骨とも分らない者に、天家の財産をそのまま相続させる訳にはいかないという事ですね」

 天祥がそう言うと、香夏が図星を指されたという顔をした。詰まる所、その親せき筋、主な所は、天海の三人の娘たちの嫁ぎ先の者たちになるのだろうが、彼らには、この家の莫大な財産の行方が気になって仕様がないのだ。


「構いませんよ。三分割でも四分割でも、お好きに分けて頂いて」

「天祥様っ」

 背後に控えていた梗琳が、投げやりな天祥の答えをたしなめる様に、その名を呼んだ。

「別に、財産が欲しくて養子になった訳じゃないんだ。名前をもらった。それだけで、俺には十分だから」


「成程、なかなか賢い子の様ね。お父上様が目をお掛けになっただけの事はある。でもね、事は、天家の財産を分ければ良いという単純な話ではないのよ。あなたが天家の当主となるという事は、もう動かしがたい決まり事。 そのあなたが、いずれどこかの家の姫君を娶って子を成し、その子が今度は天家を継ぐ。するとどうなります?名は繋がれても、そこに由緒正しき天家の血は受け継がれていないという由々しき事態になるでしょう」


 正直、そんな事は、天祥にはどうでもよかった。名を返せというのなら、それでも構わない。この名を誇りには思っていたが、そこまでの執着はなかった。 そもそも天海も、その名によって天祥を縛りつけようなどとは考えていなかったのだ。


「……父上には、私を天家の後継ぎにしようとのお考えはございませんでした。いずれは、次女の夕歌せきか様のご子息を養子に迎え、跡を継がせると……」

「それならば、ご存命の内に、そうして頂いていれは宜しかったのですけどねえ……お父上様、お亡くなりの今、それはもう無理」

 そこで、香夏が意味ありげな笑みを零した。妹の子が天家を継ぐ事には、いささかなりとも、いや、どちらかと言うと、かなり抵抗があったという事なのだろう。

「今となっては、唯一の子であるあなたがこの天家を継ぐしかないのです」

 何か獲物を捕らえた様な強い瞳で、天祥を見据えながら、香夏がきっぱりとした口調で言った。

「それで、私にどうせよと?」

 天祥が、思いの外、さしたる抵抗もせずに、素直に話を聞いているのを香夏は満足そうに見て、王手を掛けた。


「私の娘、春明しゅんめいと結婚なさい」


 言われた瞬間、天祥は椅子を倒して立ち上がっていた。そんな天祥の動揺を余所に、香夏が畳みかける。

「それが、全ての問題を綺麗さっぱりと解決する、最上の方法です」

「ちょっと、待って下さいっ」


――財産全部、一人占めかよっ……


 天祥は、目の前の女の強欲さ加減に、眩暈を覚えた。


――財産なんて、欲しければ、くれてやる。だから、俺を巻き込まないでくれ……


 手際良く網を掛けられて、絡めとられた。

 そんな気がした。

 早く、この網を切って逃げ出さなければ、とんでもない事になる。天祥の中に、そんな危機感が湧き上がる。


「結婚だなんて、俺にはまだ……」

「早くなどありませんよ。もう十三にもおなりで。陛下の信任も厚く、その年ですでに近衛の副隊長。姫英様もあなたには、大きな期待を寄せておられます。 急がなければ、他の家に先を越されてしまうかも知れないなどと、そうおっしゃって……」

「いや、そんな話、まだどこからも来てませんから」

「来てからでは遅いのですっ」

 勢いに乗り凄みを増す香夏に、天祥は圧倒される。


「……いやっ……でも、あまりに突然のお話で……しばらく考えさせて頂きたく……」

 だが、天祥の逃げ口上など、香夏は聞いていない。あくまでも、自分の思うように話を進めていく。

「春明も、近衛で評判のあなたがお相手ならばと、とても喜んでいるのですよ」

 早すぎた出世が、こんな所で仇になるとは思わなかった。目立つという事の、その弊害が、こんな形で現れてくるとは。

「春明」

 香夏が隣室に向かって呼びかけると、そこから愛らしく聡明そうな少女が、はにかんだ笑みを浮かべながら姿を見せた。天祥が救いを求める様に梗琳を見る。 だが、頼りになると思っていた梗琳も、天海亡き今、只の管財人に過ぎず、彼にその決定を覆すだけの権限はなかった。


「天祥様、不束者でございますが、よろしくお願いいたします」

 鳥のさえずりのような澄んだ声が、容赦なく、天祥に見えない枷をはめた。


本編20-(4)


<登場人物メモ>

えい(32)…皇騎兵軍大将。劉飛の副官。

香夏こうか(32)…姫英の妻。天海の長女。

春明しゅんめい(14)…姫英の娘。



**本編読んでいない方の為の補足

 この世界では、星王という神様がいて、覇王の器に相応しい人間を守護し、覇王に伸し上げていくという仕組み?があります。で、現状ぐちゃぐちゃなこの帝国を刷新するために覇王候補が競い合う…というのが本編のそもそものお話になります。


今回、そのうちの一人である、地司ちしの緑星王という神様が、天祥を守護する存在になったというのが、冒頭のシーンになります。ちなみに、劉飛には、戦司せんしの橙星王という神様がついてます。(神様に見込まれるという時点で、元々の才能もそれなりにある訳ですが、不敗の戦神なんて二つ名で呼ばれる程のチートっぷりは、まあそんな理由)



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