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ただ君の星だけを見ていた  作者: 早海和里
光に添う影のごとく~天祥十三歳
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異変

――大陸歴250年、天祥十三歳、夏。

 河南軍の華煌京侵攻の後、戦死した天海に代わり、崔遥さいようという人物が宰相に就任し、燎宛宮では大幅な人事の刷新が行われた。

 官職を整理し、さして重要でないと思われるものは、廃止された。騎兵二軍はしばらく都に駐留し、その復興に駆り出される事になった。


 人が減って閑散とし始めていた華煌京は、その兵たちの衣食住を賄う事で、活況を取り戻しつつあった。悪夢の様な出来事は、少しずつ人々の中から、過去になり始めていた。 燎宛宮も崔遥の存在を得て、落ち着きを取り戻し始めていた。そんな頃である。



 朝議で、各所からの様々な報告がなされていた時の事だった。官吏の一人が、書面を読み上げ終えて、陛下の裁可を仰ぐべく、間を取った。さしたる難しい懸案ではなく、答えはすぐに返される筈だった。 しかし、いつまで待っても返答がない。その異変に気づいた臣下の間に、ざわめきが起こった。


 その官吏が恐る恐る顔を上げると、心ここにあらずといった感じの雷将帝の姿があった。 物思いをなさっているのかと思った。しかし、その瞳はどこか遠くを見ている風で、焦点を結んでおらず、そこから、涙が止めどなく流れ落ちている。

「陛下……陛下っ」

 隣にいた崔遥に呼びかけられて、雷将帝はようやく我に返った様に正気に戻った。そこで自分が泣いているのに気付いて、慌てて涙を拭った。


 その後の朝議はつつがなく進んだ。 陛下はお疲れなのだろうという事で、その場は取り繕われた。だが、この後、同じ様な事が、次第に頻繁に繰り返される様になった。そして、陛下はご病気なのではないかという噂が、燎宛宮に一気に広まった。


 後継者のいない今、例え病気といえど、雷将帝に倒れられては困るのだ。ましてや、命に係わる様な事にでもなったら……この帝国はどうなるのか。そんな先を憂う声が飛び交い、燎宛宮全体が重苦しい空気に覆われた。


 先の宰相天海は、幼い皇帝が一日も早く独り立ち出来る様にと、自分はあくまで補佐役に徹し、雷将帝自身が執務を理解し、処理できる様に計らっていた。 天海に相談はするが、全ての決済は、最終的に雷将帝が行っていたのである。崔遥もその方針を引き継いでいたが、ここに来て、その見直しを迫られる事になった。


「例え、皇帝が役立たずであっても、有能な官吏が揃っていれば、まつりごとが滞る事はない。陛下には、しばらくご休養頂くが宜しかろう」

 その言葉の下に、雷将帝の権限は、その大部分が宰相に委譲され、病気療養という理由で、皇帝は朝議にも顔を出さなくなった。


 それは幼い皇帝の負担を軽くするという名目の、いわばやむを得ない改革であったのだが、崔遥が有能であったが為に、以降、宮廷においてその権限は、人々の予想を遙かに超えて、増大していく事になった。 そして、この事がやがて、その専横を招き、皮肉にも、帝国に影を落とす宮廷闘争の火種となっていく事になるのである。





 ところで、先の騒乱で、天家はその当主をうしない喪に服していた。

 天祥も忌中であるから、慣例に倣い、出仕を控えなければならなかった。故人の御霊を弔う為に、半ば、謹慎の様にして屋敷にいなければならない。 それが苦痛でならなかった。確かに、天海には恩義がある。感謝してもしきれない。だが、今はそれよりも、優慶の事が気がかりだった。病であると聞いた。心労が重なったのだろうという事は、容易に想像が付いた。


 少しでも良い皇帝であろうと、優慶はいつも無理をして、背伸びをしていた。 何かに急き立てられる様に、必死に、皆が望む様な皇帝であろうとしていた。


 それは、皇帝であるが故の義務感なのかと思っていた。だが、それが、自分を受け入れてくれない母親に、認めてもらいたいが故のあがきなのだと知って、天祥は優慶の孤独の深さを感じた。そんな孤独を抱えている優慶の心情を、周りの人間は誰も理解していない。優慶に、皇帝として、ただ完璧にその責務をこなす事だけを望む。 皇帝として、そこにいるという事が、優慶にとってどれ程の重圧を伴うものであるのかを、燎宛宮の者たちは分ろうとしないのだ。


 側にいて慰めて差し上げたいのに。

 その心の重荷を少しでも軽くして差し上げたいのに。

 そう思う天祥の願いとは裏腹に、燎宛宮からは、何の沙汰もなかった。

 何故優慶は、自分を召し出してはくれないのか。 来いと言われれば、すぐにでも飛んでいくというのに……


 そんな思いが高じて、天祥は当てもなく街へ彷徨い出ていた。何の目的もなく、ただ、人が行き交う雑踏を物思いしながら歩いていた。


 不意に、誰かと肩がぶつかった。

「済まない……」

 言いかけて顔を上げた天祥は、そこに悪意を秘めた顔を見て言葉を切った。

「これは、先の宰相閣下のご子息様。喪中だというのに、この様な場所で遊び歩いていて宜しいのですか?」

 嘲る様な笑いを帯びた言葉を投げかけられた。知った顔だった。同じ近衛の隊士である。


 天祥よりも年上で、蒼炎そうえんが近衛隊長をしていた頃から近衛にいた古参の隊士だ。天家とはそう変わらない大貴族の子弟で、隊長からの信任も厚い。 その彼を、天祥が追い越す形で副隊長の任に就いてしまったせいで、以来、何かと目の敵にされていた。


「御父君亡き後でも、これまでの様に、大きな態度でいられると思ったら、大間違いですぞ。も少し、身を小さく屈めて歩かれるが良かろう」

 挑発されていると、すぐに分かった。


 天祥に侮蔑を込めた言葉を投げかけている相手は、数人の取り巻きを連れていて、こちらが不利なのは、分かり切っていた。普段なら、上手くやり過ごす事を考えたのだろう。 だが、この時は、挑発されるままに、相手に飛びかかっていった。


 ただ、憂さを晴らしたかった。そういう気分だったのだ。そんな訳で、そこで彼らと乱闘となり、そして、その数の差は結果を裏切る事はなく、天祥はかなり痛めつけられた上、道端に放り出された。


 あちこち殴られた痛みで、しばらくそこを動けなかった。その痛みから逃れようとする様に、時折、意識が遠のいていく。自分の無力さが、無性に悔しかった。 優慶様は病に苦しんでいるというのに、自分には何もすることが出来ない。そんな無念の思いに苛まれながら、朦朧としていた処に、声が聞こえた。


――そなたは、力が欲しいのか……と。


本編20-(3)


<登場人物メモ>

さい りょう(33)…皇騎兵軍中将。首席幕僚。劉飛の部下。

さい よう(56)…宰相。前吏部(りぶ)尚書しょうしょ。崔涼の父。



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