表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただ君の星だけを見ていた  作者: 早海和里
光に添う影のごとく~天祥十三歳
24/43

皇騎兵軍元帥就任

 ――大陸歴250年、天祥十三歳。五月のこと。

 ――大陸歴二五〇年、五月。

 皇騎兵軍に新しい元帥が着任した。


 二年前、この軍の元帥だった天海が宰相となってから後任が決まっておらず、首位大将という臨時の役を設けて、車騎兵軍元帥である璋翔、そして、その息子である劉飛がこれを務めていたのだ。


 元帥の就任式には、地方の諸侯や高官たちも列席していたが、新元帥がまだ二十になったばかりの若者だと聞いていた人々は、この時期にその様な若輩者を元帥に据えた皇帝と、燎宛宮の廷臣たちの判断に苦言を呈す向きが多かった。


 だが、皇帝の前に跪き、辞令を受ける彼のその威風堂々とした様を見ると、人々は一様に感銘を受けた様であった。そして、彼を推挙したのが、宰相天海だと聞いて、皆、それなりに納得した様子であった。式はつつがなく終わった。


 そして、この日より劉飛は皇騎兵軍元帥となった。


 その就任式には、河南領官の姿はなかった。その前の月、河南領官であった李炎は、自らを李王と称し、河南の燎宛宮からの独立を宣言していた。その討伐の為、皇騎兵軍を率いる正式な元帥の存在がいよいよ不可欠となり、首位大将であった劉飛が、そのまま元帥位に昇格したのである。




 宰相との打ち合わせを終えて、劉飛が執務室から出て来ると、そこには天祥が待っていた。天祥は劉飛に気づくと、直立姿勢を取り、優雅な仕草で頭を下げる。


「劉飛様、この度は、元帥ご就任、祝着至極にございます」

「何だよ、その仰々しい物言いは」

 どこからどう見ても、完璧な貴族の子息といった振る舞いの天祥に、ふと出会った頃の事を思い出して、劉飛は思わず苦笑する。

 近衛という仕事柄、燎宛宮の中にいる事の多い天祥は、いつの間にか、丁寧な大人びた言葉を、当たり前のように使う様になっていた。今ではどこから見ても、立派な宰相閣下のご子息様にしか見えない。それは多分、喜ぶべき事なのだろうが、以前の様に、子犬のようにまとわり付いて来ない事が、何となく寂しく感じたりもする。


 劉飛が催促するように、手のひらを上にして、手招きの仕草をする。それを見て、今度は天祥が苦笑する。劉飛は天祥に、もっと親しみを込めた挨拶をしろと言っているのだ。

「おめでとう、劉飛兄さん。やったね」

 そう言われて、劉飛が心底嬉しそうな顔をする。


――これで、元帥閣下なんだからなあ……


 天祥はそう思うと、可笑しくてたまらない。

「天祥、お前こそ。今度は、近衛の副隊長になったそうじゃないか。あり得ないだろう。その昇進速度は……」

 どうも、近頃、陛下が天祥をお気入りの様で、いっそ隊長にすればいいという陛下のご要望を、天海がまだ分不相応という理由で、慌てて却下したのだという話は、劉飛の耳にも届いていた。


 一度気に入ると、それをのめり込むように偏愛する。どうも陛下にはそんな傾向がある。それは多分、幼い頃から、親の愛情というものが希薄だったせいなのだろう。陛下が物心ついた頃からすでに、母太后は陛下に対して、自分の子供ではなく、皇帝として接していた。そこには、当然あるべき親子の愛情などなかったのだろうという事は、想像に難くない。


「足元を見ながら行けよ。上ばかり見ていると、足元をすくわれる」


 自身も同じような境遇で、この年で元帥などと呼ばれる様になってしまった劉飛である。実力以上の位を与えられる事の大変さは、骨身にしみている。いくら天祥が宰相の子息とはいえ、この異例の出世には、相当に風当たりが強いだろうという事は、容易に想像が出来た。


 特に近衛は、実力よりも、貴族同士の力関係が色濃く反映される隊なのだ。皇帝の直属であるから、その寵愛が目に見える形で表れる所でもある。故に、そこには妬み嫉みという類のものが、想像以上に渦巻いている事だろう。


「大丈夫だよ。この命に代えても、必ず陛下を守る。どんな状況にいようが、それが変わる訳じゃない」

「近衛の鏡だな。えらいえらい」

 劉飛はそう言いながら、天祥の髪をくしゃくしゃと掻き回す。天祥が顔をしかめて、その手を払いのける。

「子供扱いすんなって……」

「そんなに背伸びして大人になるなよ。そんなに急ぎ足で子離れされたら、父さんは寂しいぞ……」

 しんみりした顔で言う劉飛に、天祥は思わず吹き出した。


――これでまた、人の子の親になろうって言うんだから……

 

 元帥となっても、彼の天然な部分にはあまり変化がない様だ。そんなことを思う天祥の肩ごしに、何かを捜すようにして、劉飛が辺りを見回す。


「……それはそうと、俺の軍師殿を見掛けなかったか?」

「ああ……華梨様なら、蒼東そうとうの宮へ行かれましたよ。先に行ってますからって、言伝ことづてが……」

「しまった、先を越されたか。じゃ、天祥、また後でな」

 慌ただしくそういって、劉飛は燎宛宮の蒼東の宮へ向かう回廊へ足早に去っていく。



 昨年結婚した劉飛が、この燎宛宮に雷将帝より賜った蒼東の宮は、燎宛宮の東側の広い庭園に面した静かな場所である。


 結婚後、程なくして懐妊した麗妃に、雷将帝は皇族としての位を復活させ、この燎宛宮に招き入れた。その住まいも、麗妃が幼い頃に暮らしたことのある馴染みの場所を選ぶという気の使いようで、皇帝陛下は、生まれてくる子供に、皇位継承権を与える心積もりなのだろうと、すでに燎宛宮では、そんな憶測が流れていた。


 皇帝がまだ子供だという事で、そもそもその後継問題に燎宛宮は頭を悩ませていた。そのせいで、一度は燎宛宮と対立した大公家の人間ではあるが、麗妃の存在は、燎宛宮では概ね好意的に受け入れられた。また一方で、その夫である劉飛が、実は劉家の末裔であるという噂も、まことしやかに流れており、彼らの子供の誕生には、実に多くの人間の期待が寄せられていたのである。


 天祥は劉飛を見送ると、宰相の執務室の扉に手を掛けた。そこで自分の顔が思い切り緩んでしまっている事に気づき、慌てて気を引き締めた。





 政庁へ向かう回廊を歩いていた華梨は、途中で不機嫌そうな顔をして歩いている天祥に行きあった。

「ご機嫌斜めね、何かあったの?」

「いえ、別に……」

 先刻、宰相の執務室の前で、天祥は、劉飛と宰相の話が終わるのを待っていたから、その後で、宰相と何らかの話をしたのだろう。不機嫌の理由は、恐らくその話の内容にあるのだろうと思われた。多分――


「近衛の副隊長さんの配置は、どこに決まりました?」

 華梨が問うと、天祥が、実に複雑な顔をした。

「……蒼東の宮に」

 ということは、天祥は陛下の警護から外されたという事だ。それが、その不機嫌の理由なのだろう。天海は他との兼ね合いを考えて、この様な配置をしたのだろうと思われる。

「それも、大切な任務ですよ」

「分かっています。分かっていますけど……俺が守りたいのは、他の誰でもなく、優慶様、ただお一人なのに……」

「天祥殿が、麗妃様のお側に付いていてくれるのだと知れば、きっと、劉飛様も安心だと思いますよ。天祥殿、これは、とても重要な任務なのですよ」


「はい……宰相閣下にも、同じように言われました」

「仕様がないわね。ため息の一つぐらいは、見逃してあげるわ。だから、早く気持ちを切り替えなさい。ところで、棋鶯子殿を探しているのだけれど、見掛けなかったかしら?」

「棋鶯子様なら、恐らく、星見の宮ですよ。戦勝祈願の祈祷を行うとかで、その采配をなさっておいででしたから……」

 星見の宮と聞いて、華梨は何か引っ掛かるものを感じた。天祥に礼を言って、華梨はそのまま星見の宮へ向かった。



本編17-(2)、(3)


<登場人物メモ>

雷将帝らいしょうてい(9)…華煌帝国、第10代皇帝。名は優慶。

てん しょう(13)…近衛副隊長。幼名は星海。


こう りん(22)…天家の管財人。

鶯子おうし(16)…宰相付の八卦師。


りゅう (20)…皇騎兵軍元帥。

華梨かりん(18)…劉飛の補佐官。

てん かい(62)…帝国宰相。天祥の義父。

麗妃れいひ(21)…劉飛の妻。


えん(16)…河南領官。李家の当主。

しゅう よく(18)…河南領官の参謀。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ