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ただ君の星だけを見ていた  作者: 早海和里
ただ君の星だけを見ていた
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第19話 秋の終わりの朝に

 大公軍の燎宛宮奇襲が失敗に終わって、ひと月余が過ぎた。


 その間、星海は梗琳の監視の下、寝所から一歩も外に出る事を許されず、毎日床を眺めて過ごしていた。背中に負った傷のせいで、うつ伏せでいることを強いられたせいである。


 星海が本当に寝込んでいたのは初めの数日だけで、後は日毎に回復していく体力を、確実に持て余していた。劉飛が暇を見つけては、星海を見舞ってくれていたお陰で、どうにか屋敷を抜け出さずに済んだと言える。



 そんな抑圧されたひと月が過ぎた、ある秋の日のこと――


 その朝、目を覚ました星海は、衣装棚に見慣れない衣服が掛かっているのを見つけた。少年が興味深そうに、それを丁寧に観察していると、そこに梗琳が顔を出し、意味ありげにニヤリと笑ってこう言ったのだ。


「燎宛宮でお館様がお待ちです。それにお召し替えになって、出仕なさるようにと」

「出仕?」

「はい。星海様は今日付けで、近衛にご入隊となったのでございますよ。先の大公軍侵攻の折りに、身を呈して陛下をお守りしたことが評価されたのだとか」

「この……え……?今、近衛って言ったのか?」

「ええ。皇帝陛下から直々にご内示を頂いたとか……よろしゅうございましたね」


――陛下……雷将帝様の……つまり、優慶様のお声掛かり……


「やったねっ!」

 星海が梗琳の手を取って、ぶんぶんと振り回した。

「せっ、星海様。ふざけていないで、早くお召し替えなさい。羽目を外しすぎないようにと、お館様からお言付けがございましたよ」

「分かってるって!」

 元気よく返事をした星海に、梗琳は苦笑しながら部屋を出ていった。




 鏡に映る自分の姿を緊張した面持ちで見ながら、星海は、ひんやりとした近衛の隊服に袖を通し、釦を一つ一つ丁寧に留めていった。最後の釦を留め、昂る気持ちを落ち着けようと深呼吸した時である。


 ふと、風に乗って芳しい香りが流れてきた。それは、星海のよく知っている、そして一番好きな香りであった。


「……優慶様」

「振り向くな」

 優慶の声だけが聞こえた。振り向くなと言われて、星海はそのままの姿勢で声を掛ける。


「また、お忍びでごさいますか?」

「お前の晴れ姿を、一番最初に見たかったからな。それに、燎宛宮では、きっと遠目にしか見られないから……」

 窓の外から、優慶の声がそう言った。


 星海は、優慶に気づかれないように体の向きをほんの少しずらしなから、鏡越しに窓の外に優慶の姿を探した。すると、鏡の端に優慶の姿を見つけた。木の枝に腰掛けて、多分優慶も、鏡の中の星海を見ているのだろう。


――優慶様って、結構お転婆だよな。どうやって登ったのか、聞いてみたいっ。


 そんなことを考えながら、顔がにやけてしまうのを必死に堪えていると、鏡の中の優慶がにこりと笑った。


「もう、すっかり良いようだな。安心した」

 そう言われて、急に照れくささを感じて、星海は何気ない風を装い話題を変えた。


「……河南と和平がなったそうですね」

「ああ。河南の李炎りえんが使者をよこしたんだ。河南も大公家が滅んで、混乱しているらしいな。もっとも、李炎を河南の領官として認めろという条件付きの和睦だったが。あれも、なかなか抜け目が無い。劉飛は、後ろで周翼が糸を引いているんだろうと言っていたが」



 河南に逃げていた華梨の義弟、蒼炎そうえんが、始皇帝の血を引く皇家御三家の一つ、李家の嫡子、李炎であると公表したのは、つい先日の事である。


 六年前に、笙騎しょうきの乱という内乱で、河南公が李家を滅ぼした時に、蒼羽によって助けられ、その息子として身分を隠し、今まで生き延びてきていたのだという。


「そういえば、麗妃様はその後、どうなりましたか?」

 何気なく訊いた星海に、優慶の答えはすぐには返って来なかった。

 劉飛がその処遇について気に掛けていたので、聞いてみたのだが、まずい事を聞いてしまったのだろうか。


 河南公亡き今、恐らく、麗妃が大公軍の最高責任者という事になるのだし、太后が彼女に厳しい処罰を与えると決めた可能性は大きい。北境送りか……最悪、処刑ということだって、ありうるだろう。


「あの……優慶様?」

「……ああ……麗妃には出来るだけの事をしてやりたいと思っているが、麗妃の父、河南公は李炎の仇になるのだし……麗妃も、河南へは戻れないだろうから……」

「太后様は、麗妃様をお許しになったのですか……?」

「母上に口は出させぬ。私が決めたのだ」


 思いがけず、あの劉飛が麗妃の助命を懇願してきたのだ。劉飛に頼まれては、優慶としては太后を向こうに回してでも、助けない訳にはいかない。


――それで、劉飛が喜ぶなら……


 優慶のそんな複雑な心境を、もちろん星海が知るはずも無い。


「……午後から、新しい近衛隊の閲兵を行なう。私の皇帝としての最初の仕事だ。この帝国を立て直すのは大仕事だが、少しずつでも片付けていかなくてはな……」

「はい。陛下なら、きっとやり遂げられましょう」

「私には天海もいるし、劉飛や華梨……それに星海。お前もいる」

「優慶様……」

「頼りにしているぞ」

 鏡を通して、優慶と目が合った。


 時代の変節と共に、その運命を大きく変えていく者たちを思い、星海は、ふと、占い婆の言葉を思い出した。


――守りたいものは、かたくなに守っていかねば、守り切れぬ……


 優慶様は、この時代が変わる時、時代と共に滅びゆく定めを負ったお方。


――でも、俺が、必ず守るから……

 

 決意を新たにした星海が、思わず振り向きかけた時、梗琳の声が戸の外で聞こえた。

「星海様、お支度できましたか?」

 星海が戸口の方に視線をやった時に、後ろで木の揺れる音がした。星海が慌てて振り向いた時には、優慶の姿はすでに無かった。ただ、そこには優慶の香りだけが、残っているだけだった。



 朝の冷気を帯びた風に、星海は冬の訪れを感じ、秋と共に去ったもう一人の自分に別れを告げた。


「燎宛宮へ出仕する。馬車の用意を」

 扉を開いて姿を見せた星海が急に大人びて見えたのを、梗琳は、それが近衛の隊服のせいだけでない事を感じ取った。

「直ちに」


 この日から、近衛士官としての星海の新しい生活が始まった――





【 ただ君の星だけを見ていた 完 】



次回から、番外編というか、その後編というか、(でも実は本編という…分かりづらくてスミマセン)そんな感じの連載になります。


本編の方から、星海のエピソードを引っ張ってきて、優慶と両想いになっていく様子が分かるような感じにしたいと思っています。


本編を読んだことのある方には、重複になってしまいますが、この作品から「七星」の世界にいらした方で、二人の行く末が気になるという方は、引き続きお付き合い頂ければと思います。

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