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ただ君の星だけを見ていた  作者: 早海和里
ただ君の星だけを見ていた
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第17話 彼の選ぶ未来

 抜け道を通って燎宛宮に戻った星海と優慶は、皇帝の間に続く回廊で、長槍を携えた武人と遭遇した。それは、麗妃を探していた渓基けいきであった。


「雷将帝陛下とお見受けする」

 渓基の言葉に、星海は反射的に剣を抜き、その背中に優慶を庇った。

「……我が主、広陵公様の仇。お命頂戴つかまつる。お覚悟っ!」

 そう言いしな、渓基の槍が二人に襲い掛かった。


 星海の剣は渓基の刃を受け止めはしたものの、当然ながら、その力には天と地ほどの差があった。星海は自分の目の前に白刃が迫るのを見ながら、剣を握る手から次第に力が抜けていく様な感覚に襲われた。

 次の瞬間、ものすごい衝撃が来て、星海の体は宙に浮き、床に叩きつけられた。渓基の長槍が、星海を薙ぎ倒したのだ。


「いってぇ……」

 頭を押えて起き上がった星海の眼前に、刃が向けられていた。だが、それを見ても、頭を強く打っているせいで、星海はすぐには立ち上がれない。

「その程度の腕で、私の相手など……命を無駄にするものだな」

 渓基の口調は静かなものだったが、その中に込められた殺気は十分に伝わってきた。渓基が槍を振り上げた所で、優慶の叫び声がそれを遮った。


「止めろっ!お前の欲しいのは、この私の命だろう。その者を殺す事はならぬ」

 優慶の声に、渓基の気が星海から逸れる。そのほんの少しの間に、星海は渓基の槍の下から逃れた。だが、立ち上がったもののまだ足元がおぼつかず、柱に寄りかかって辛うじて身を支えるばかりである。星海の目の前では、優慶が渓基と対峙して睨み合っている。


「優……慶様。だめだ……お逃げ……下さい」

 だが、優慶は逃げるでもなく、渓基の顔を無表情に見上げ、そして言い放った。

「私の首を取って、この乱の収拾がつくのなら、そうするがいい」

 雷将帝の毅然としたその言葉に、渓基は一瞬ためらったように見えたが、彼はすぐに気を取り直した様に槍を構えた。


 その槍先が、優慶に向かって突き出される。

「優慶様っ!」

 考えるよりも先に、星海の体は動いていた。星海は槍と優慶の間に飛び込んで、彼女を抱いたまま床に転がったのである。


 星海の背中に渓基の槍が掠め、その鋭い刃が少年の体を切り裂いた。だが、星海は不思議と痛みを感じなかった。

「……星海。星海っ!」

 耳元で、優慶の声が聞こえたが、星海にはその姿を見ることは出来なかった。ただ、腕の中の、優慶の心臓の鼓動と、彼女の香しい香りにその存在を確認して、彼女の小さな体を抱く腕に残るありったけの力を込めた。




 優慶は、星海の肩越しに渓基の冷めた表情を見て、渓基が今まで武人として生きてきた者である事を知った。戦いの場で、非情に成り切れる生粋の武人である。

 星海の体の重みと、彼の流した血の匂いに、遠くなりそうな意識を必死で繋ぎ止めながら、優慶は渓基の顔をしっかりと見据えていた。


 回廊から音が消えた。

 そして、渓基の槍が二人に迫ってくる様子が、やけにゆっくりと感じられた――





「星海様っ!」

 突然の叫び声が、その静けさを破った。

 渓基の槍が、優慶の目の前で止まっていた。


 優慶が訝しむ間もなく、渓基の顔からは血の気が失せていき、その口から細い血の筋が流れ出した。そして、渓基は床に倒れ込んだ。


 その首筋には、一本の矢が刺さっていた。

 渓基は即死であった。

 気付けば、世界に音が戻っていた。



「お前は、天海の……」

 駆け寄ってきた若者は、梗琳だった。

「……え……雷将帝陛下、ですか?」

 星海の体の下から、優慶が顔を覗かせていたのに気付いて、梗琳は驚いたような顔をした。


 彼が矢を射た場所からは、優慶の姿は見えなかったのである。梗琳が倒れている星海を抱き起こすと、少年は微かに眼を開けた。星海は梗琳の姿を認めると、安心した様な顔をした。

「梗琳……優慶様は……ご無事……か?」

 梗琳は何も言わずにただ頷いた。

 代わりに優慶が、星海の顔を覗き込んで言った。

「私は大丈夫だ。……星海、お前が守ってくれたから……」

「よ、かった」

 大切な人の声を耳にして、星海は安堵したように大きく溜め息をつくと瞳を閉じた。


「星海……?星海っ!!梗琳、星海は……」

「大丈夫ですよ、陛下。気を失っただけの様ですから……少し出血は多い様ですが、致命傷ではない様ですし。とにかく、どこかで傷の手当をしなくては」

「華梨の所へ行こう。華梨なら、薬師の知識も持っているし」

「星見の宮へ?」

 一瞬躊躇した自分を哂い、梗琳は自嘲する。

「あそこなら、大公軍も来まい」

「分かりました」

「近道がある。こっちだ」

 優慶が先に立って、梗琳を案内するように歩き始めた。


 梗琳は、星海の小さな体を抱き抱えて立ち上がった。

 立ち去り際に、すでに屍となったかつての友に対して梗琳は短い黙祷を捧げた。


 この時、彼の中で一つの時代が終わった。

 そして静かに、彼を過去の思い出に縛り付けていたものが、崩れ去っていった。



――星海様……何時の間にか、あなたに心を盗られてしまいましたね。何故でしょうか。私の理想のご主人様というには、程遠いのに。あなたから、目が離せないのは、何故でしょうか……



 星海が、貴族階級の生まれでない事は、天海から聞いていた。礼儀作法も何もかも、めちゃくちゃで、梗琳が手を焼く事は一通りではない。例えば、広陵公という人は、君主の器を持ち、そういう教育を受け、また良き君主として領民を支配していた。


「あなたは、広陵公様では……楊蘭様ではないのに……」


 星見の宮へ続く回廊を渡りながら、梗琳は静かに呟いた。

 そして、自分を信じ切っている様に、穏やかな顔をして眠っている星海を見て、いつしか彼もまた穏やかな微笑みを浮かべていた。



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