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ただ君の星だけを見ていた  作者: 早海和里
ただ君の星だけを見ていた
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第16話 過去に置いて来たもの

 大公軍は、華煌京の北門――還らずの門から都に侵入していた。

 城門付近では、皇宮警備隊と大公軍の間で、激しい戦闘が繰り広げられていた。


 遠眼に見ても乱戦状態なのは明らかで、梗琳には近付く事も出来ない。無意識に護身用の剣に手をやって、その冷たい金属の柄に手が触れた時、梗琳はふと我に返った。


――一体、この剣を手にして、自分は誰を斬ろうというのだろうか。


 皇帝軍の敵である大公軍は、自分のかつての友たちではないのか。もし、父に都に呼び戻される事がなければ、間違いなく自分は、大公軍の一員として戦っていたに違いないのだ。梗琳は目の前の戦闘から眼を反らし、馬首を返した。



 その時、梗琳の馬を矢が数本掠め、驚いた馬が大きく前足を上げた。手綱を取り切れず、馬から振り落とされた梗琳は、背後に殺気を感じて反射的に体を反転させ、剣を抜いた。


 大公軍の騎馬兵の振り下ろした槍が彼の剣を折り、勢い余って地を打った。梗琳の折れた剣が、跳ね返って相手の馬に刺さり、馬がいなないて地面に倒れ込んだ。

 乗っていた男は、一瞬早く馬から飛び降りていた。体勢を崩すことなく地面に降り立った男は、間髪を入れずその槍を梗琳の鼻先に向けた。

 その冷たい銀色の刃先を見据えた梗琳と、槍を持つ男の視線が交差した。

「お前、梗琳か……?」

 その男が驚いたように、彼の名を呼んだ。

渓基けいき殿……」




 広陵公は、家柄に関わりなく武芸に優れているものをその領内から広く集め、よく家臣に取り立てていた。自身が病弱で武人向きではなかった所為か、そういう方面に才能のある者を好んで集めていたのである。


 そうして集められた者達の中に、十将じゅっしょうと呼ばれる武芸の達人達がいた。そして、その十将の中に梗琳がおり、この渓基がいた。渓基は長槍の達人で、十将の最年長であり、その取りまとめ役を務めていた男であった。


「そうか、お前は、都へ来て父上の跡を継いだんだったな」

 渓基が確認するように呟いて、槍を下ろした。その渓基の汚れた鎧に眼を止めて、梗琳はその上に、彼のくぐり抜けてきた戦火の激しさを感じ取った。


「皆は?十将の他の者達は……」

 そう問うた梗琳に、渓基は軽く首を振ってみせた。

「私が最後の生き残りだ。皆、皇帝軍との戦で……な」

「広陵公様も、こちらへいらしているのですか?」

「……梗琳。広陵公様はお亡くなりになった。皇帝の影のものに暗殺されたのだ」

「広陵公様が……暗殺。……馬鹿なっ」


 梗琳は目の前が真っ暗になった様な感覚に襲われて、軽く頭を振った。渓基の淡々とした声が自分の耳に入ってくるのを聞きながら、彼は溢れ出る涙を止める事が出来なかった。


「河南公のご息女、麗妃様がそのご無念をお晴らしするとおっしゃってな……此度の戦は公の弔い合戦なのだ。皇帝の首級を挙げ、公の墓前にお供えする事が、我等の……」

 渓基の声が途切れた。

 梗琳が顔を上げると、警備隊の兵達が渓基に気付いてこちらに向かって来るのが見えた。槍を持ち直した渓基の表情が厳しいものに変わった。


「梗琳、これを」

 そう言って、渓基は背負っていた弓矢を梗琳に渡した。

「渓基殿……私は……」

「馬を借りるぞ、梗琳。麗妃様は単身、燎宛宮へ向かわれた。私はその後を追う」

「渓基殿っ!」

 渓基はやってくる警備兵を一瞥すると、その反対方向の燎宛宮へ向けて走り去った。



「官吏様、この様なところに居ては危のうございます」

 後ろから来た少年兵が、梗琳に声を掛けた。

「早く、宮内へお逃げ下さい。敵兵は、我等がこの城門で食い止めますから……」

 年の頃は、星海様と同じ位だろうか……少年の顔を見ながら、梗琳はふと思った。


「……あまり、無理をせぬようにな」

「大丈夫です。残った敵の数は、そう多くはありませんから。官吏様」

「私は、宮廷の官吏ではないよ」

 そう言った梗琳を、少年兵が不思議そうに見たが、梗琳はそれ以上は何も言わず、燎宛宮に向かって歩き出した。



 今し方、この同じ路を走り去った渓基の後ろ姿が、梗琳の眼の前にちらついて消えない。梗琳は手に持ったままの、弓の感触を意識しながら歩いていた。


――自分はどこに向かって歩いているのだろうか。


 そう自問しながら歩く梗琳の心の中で、彼の最初の主であった広陵公の面影が、次々に浮かんでは消えた。


 広陵公楊蘭ようらんは、若く聡明で、人の心をよく思いやる人物であった。

 領内では善政を行ない、領民にも評判が良かった。いつも微笑ほほえみを絶やさず、穏やかで人なつっこい顔が、梗琳は好きだった。その広陵公が、たった一度だけ、彼に寂しげな表情を見せた事があった。梗琳が都に行くと告げた時である。初めて見たその顔が、結局、広陵公を見た最後であったのだ。


――まだ、亡くなるようなお年ではなかった。


 梗琳は唇を噛んだ。


――御年、二十になられたばかりだというのに……それなのに……


 容赦のない政争の中で、無下に手折られてしまった儚い花を思い、梗琳の心は哀しみに暮れた。




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