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ただ君の星だけを見ていた  作者: 早海和里
ただ君の星だけを見ていた
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第13話 転属の顛末

 天海から辞令を受け取った翌日――

 劉飛は、ほぼ十日振りに謹慎を解かれ、燎宛宮に出仕した。


 彼の新しい上司となった、皇宮こうぐう警備隊長、袁杳えんようは初老の男で、武官と言うよりは文官という印象を受ける。額は大きく禿げ上がり、体はかなり肥満していた。


 ここ何十年も、鎧など身に付けたことがないのではないだろうか……劉飛がそう思ってしまうほど、まるで体を動かすのが億劫といったふうに、袁杳の動作は鈍い。あれで、一体剣が握れるんだろうか……着任の挨拶を終えて隊長室を出る時に、その入り口に立派な装飾を施した刀が飾ってあるのに目を留めて、劉飛は思わず肩をすくめた。


 指揮官補佐といっても、隊長である袁杳えんよう自体がそんな調子であったから、劉飛の仕事もこれと言ってあるわけではない。適当にその辺の書類整理をし、兵達の訓練計画を立てる。劉飛にとって今まで、一日がこれ程長く思えた事はない。午後になり、やることが無くなってしまった時にはさすがに閉口したが、見回りと称して抜け出す事を思い付いて、劉飛は華梨の元へ出かけた。

 天海に密かに頼まれた護衛も兼ねての事だが、華梨の方から話があるということで文が届いていたのである。





「先日は大変でしたわね、劉飛様。その後は、落ち着かれまして?」

 面白そうな顔をして、華梨が尋ねた。

「お陰様で……」

 この少女に、とんでもない弱みを握られてしまった。その顔を見て、劉飛は何となくそんな様な気がした。


 華梨は、前宰相蒼羽の娘である。

 宮廷の女達の中では、超一流の姫であったはずである。


 劉飛もそういう印象を持っていた。だが、普通の貴族の令嬢というのとは、どうも違うようだ。明るい声で話す彼女の、その目の輝きを見て、劉飛はふとそんな事を考えた。

 これまで、彼女とはほとんど顔を会わせる機会もなかったし、会ったといっても、見掛けたという程度のもので、まともに言葉を交したのは、この前の騒動の時が初めてだったのだ。


 宮廷内の噂話には疎い劉飛のことであるから、華梨が一風変わった姫であるという噂のあることも知らなかった。もっとも、普通の貴族の娘が八卦に通じているという事だけでも、風変わりというには十分なことなのだが……



「皇宮警備隊へお移りになったんですって?新しいお仕事は如何ですの?お忙しい?」

「忙しければ、こんな所へ油を売りに来たりしませんよ」

 劉飛がふてくされた顔をする。仕事大好き人間である彼からしたら、暇というものは相当なストレスであるらしい。

「では、ちょうど良かったわ。実はあなたに、お願いしたい事があるのですけど……」

 自分が暇なのを喜ばれて、どうにも複雑な気分の劉飛である。


「あの封魔球の、羅刹の事なのですけど」

「封魔球!あれについては、あなたに苦情を言いたい所でしたよ」

「苦情……?」

「あれに吸い込まれた羅刹が、俺のしもべになるっていうのは、一体どういうことなんだ?」

「あの……おっしゃっている意味がよく分からないのですけど……封魔球って、本来、魔物を自分の下僕しもべにする為に、術者が使う物ですのよ」

「へ?」

「……え。ご存じなかったんですか?」


「ご存じなかったっ。だって、周翼はそんな事一言も……あれを周翼にやったのは、あなたなんでしょう?」

「ええ。でも、周翼様は封魔球のこと、よくご存じよ?私なんかよりずっと、八卦には詳しいお方ですもの」

「そんな……俺、困るんだけど。何て言うかその……ああいう羅刹を使うっていうのは、どうも。でも、ずっと閉じ込めておくのも、可哀想だし」

「封魔球は今お持ち?」

「ああ……」


 劉飛が、腰の袋の中から封魔球を取り出して華梨に渡した。華梨がそれを手に乗せて、何かを調べるように球を見る。

「なんてきれいな金色……優慶様のお話を伺って、まさかとは思ったけど。劉飛様、この球の中の羅刹、ただの羅刹ではないわ。羅刹の中にも、我々の世界のように支配階級があるのはご存じ?」

「いえ」

「羅刹三王とその一族。この中の羅刹は、恐らくその王族の者だわ」

「彼女が、羅刹の王族?」

「彼女?この羅刹は、女なんですの?」

「そう。名前は蓬莱」


「ああ、それで……」

 華梨が可笑しそうに笑った。

「何ですか?」


「劉飛様は、女性が苦手なのでしょう?宮中の専らの噂でしてよ。だから、この羅刹では使いづらい。違いまして?」

「そういう言われ方は、不愉快ですね」

「あら、ごめんなさい。でも、せっかくお暇になったのですから、少し遊ばれるといいわ」

「……貴族の姫君のお言葉とは、思えませんね」

 華梨は劉飛の皮肉を笑って聞き流すと、封魔球を劉飛に返しながら言った。


「……星海様が、八卦の導師を探しておいでです」

「星海が八卦を?」

「ええ。あまりお薦めできないのですけど、あなた方には、この先、必要になってくるのかもしれないわ」

「俺も……ですか?」

「先日のような事が、二度と起こらないという保障はございませんでしょう。天海様のお仕事のお手伝いをなさるのなら、尚更ですわ」

「天海様のお仕事って……」

「私の口から言うわけには参りませんけど、それについては、いずれ天海様から直接お話がございますでしょう」


「華梨殿の護衛っていうのも、その一環なのかな。俺の裏のお仕事」

「あら、あなたでしたの。私の監視役。よろしくお願いしますね、劉飛様」

「はいはい」

「それで、導師の事ですけど、私はこの羅刹が適役だと思いましたの。もともと、八卦の術は始皇帝の時代に、羅刹の妖術をもとに再編されたものですし、この封魔球の羅刹はかなりの使い手ですわ」

「蓬莱に?」

「明確なお仕事をお与えになった方が、劉飛様も、彼女を使いやすいんじゃないかしら?」

「そりゃ、そうだけど」

「じゃ、決まりですわね。星海様には、その様にお伝えしますわ」


――成程、これは才媛というに相応しいな。


 かつて、周翼に華梨の人となりを聞いた時に、彼が言った事を思い出し、劉飛は今更納得した。

 それにしても、彼女のこの強さはどこから来るのだろう。父と弟、それに恋人と一度に別れてしまったのである。生きているとはいえ、二度と再び会う事は出来ないだろう。


 宰相の娘という身分も、宮廷の皇帝付き女官という位も、何もかも失って、燎宛宮の片隅の人も訪れぬ様な北塔の上の、星見の宮に移り住むという。


「……星見の宮へはいつ?」

 劉飛が訊くと、華梨が大仰にため息をついた。

「荷物はもう片付いているんですけど。運んで下さる方が中々見付からなくて……」

 そんなことを言いながら、意味ありげな視線を送られる。

「もし、お暇なら……」

 こういう話の流れでは、今更忙しい、とは言えないではないか。劉飛は苦笑した。


「お手伝いしますよ。ええ、どうせ、暇ですから」

「あらっ、ありがとうございます。荷物はそことそこ。あと、あちらの一山。あまり多くはないでしょう?数度に分けて運べば、それ程手間は掛からないと思いますの。そういう事なら、私は天海様に引越のご挨拶をして参りますから、あと、お願いしますね」

 にこやかにそう言って、華梨は足取りも軽く部屋を出て行く。


「……おいっ」

 そもそも、星海のことよりも、最初からこちらが目的だったのではないのか。そんな気がした。

「才媛というより……策士じゃないのか」

 愚痴りながら部屋に積み上げられている行李こうりの山を眺める。

 あの北搭の階段は、一体何段あっただろうか。

「あそこは、燎宛宮で、一番高い搭なんだよなあ……」

 劉飛は思わずため息を付いた。

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