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突然の来客としましまの猫 中

 またしても固まったまま動かない四人に、もしかしてマネキンチャレンジがブームなんだろうかと、つい笑いが零れた。

 俺が笑ったことで気持ちが緩んだのか、四人は目線だけで合図しあってから、ゆっくりと動き出した。


「……勝矢くん、もう大丈夫なの?」

「なにが?」

「だから、その、おめぇ……怖くねぇのか?」

「堅司が? 幼馴染みだよ。怖いわけないじゃないか」


 なんでそんな当たり前のことを聞くんだと不思議がると、四人はそれぞれホッとしたような仕草を見せた。


「そう……そうなの」

「これなら大丈夫そうじゃねぇか?」

「そうね。よかったわ」

「取り越し苦労だったか。年寄りになると余計に心配性になるもんなんだなあ」

「そうねぇ。だって小さい頃の勝矢くんは、生温い風が頬を撫でただけで幽霊だって泣くような子だったし」

「そうそう。自分の影の色が昨日までと絶対に違う、なにかに取り憑かれたのかもって怯えて、晴れた日には学校行きたくないって泣いたこともあったわよね」

「てめぇでぶつけて痣こしらえたのを忘れて、この痣はなにかに呪われた証拠だってびびって布団から出て来なくなったこともあったよなぁ」

「ああ、あったあった」


 げらげら、おほほほと四人が笑う。

 小さな頃の俺は自分でも呆れるほど気弱で泣き虫だったから、みんなに迷惑や心配をかけていたのはわかっているが、昔のことを引っ張り出されて笑われるのはさすがにこたえる。

 弱っちかった俺の自業自得とはいえ、ホントに俺は、小さい頃のことを知っている人達には頭が上がらないのだ。


「もう勘弁して」

「あら、いやだ。私達がいじめっ子になっちゃたかしら?」


 涙目で訴えると、美代さんが最後にいたずらっ子の顔で微笑んで、やっとみんなの笑いはおさまった。


「堅司くんの鼻のことを知らせると、勝矢くんが堅司くんを妖怪扱いして怯えるんじゃないかと思ったのよ。せっかく仲良くなってたのに、そんなことで気まずくなったら悲しいでしょ?」

「だから、みんなで内緒にしましょうって約束して、堅司や真希ちゃんにも口止めしてたのよ」

「俺が怯えると思ったってことは、堅司の鼻、やっぱり普通じゃないんだ?」

「まあ、そうだな。少なくとも俺にゃ匂いなんざわからねぇよ」


 源爺が苦笑する。


「ただ、身体が弱くて早死にした俺の兄貴が似たようなことを言ってたなあ。兄貴はたいした目利きでよ。よく大人達に将来はいい目利きになるって誉められてたもんだ。その度に兄貴は、俺は目じゃなく鼻が利くんだって言ってた。多分、ありゃ、そういう意味だったんだろう」

「特殊能力が隔世遺伝してるのか」

「特殊能力なんてたいそうなもんじゃねぇよ。ありゃ、ただの才能だ。長いこと石を見てりゃ、こりゃ好かれる石だ、こりゃ嫌がられる石だってのは、なんとな~くとだが分かるようになるもんだ。堅司は、それが最初から分かる才能を持って産まれたんだろ」

「……じゃあ、ギフトかな」

「ギフト? 贈り物ってこと?」

「そう、生まれつき天から贈られた才能のこと」

「まあ、素敵ね」

「本当に」


 美代さんと克江さんが嬉しそうな顔をした。


「石って、どんな風に匂うんだろ?」

「石の力によってそれぞれ違うって言ってたぞ。良い石は良い匂いで、悪い石は嫌な匂いがするんだと」

「ざっくりしてるなあ」

「変な石が仕入れに混ざってると、堅司が露骨に嫌な顔をするからすぐ分かるのよ」

「へえ。そういうときって、その石どうすんの? 返品?」

「孫が臭いって言ってるんで返すとは言えんだろ。仕方なく神社に置かせてもらっとる」

「神社にしばらく置いておくと、臭くなくなるって言うのよ」


 我が孫ながら不思議だわと、克江さんが言う。


「……臭くなくなるのも不思議なんだけど」

「あら、小さいとはいえ、うちの神社ではちゃんと毎日神さまを祭ってるのよ。敷地内は清浄に保たれているわよ。……とはいえ、ごく稀にどうにもならない石もあるのよねえ」

「どうにもならないって、ずっと臭いまま?」

「堅司くんが言うにはそうらしいわ」

「こわっ」


 効果を実感したことはないが、堅司がくれた、いわゆる《いい石》は、確かにずっと俺の心の支えになっていた。だから俺は堅司を信じている。その堅司がいうところの《悪い石》だ。俺にとっては、もう絶対に近づいてはいけない危険物の筆頭に決定だ。

 もう神社に行くのは止めよう。ひっそり誓っていると、ばれたようで美代さんに睨まれた。


「そういう石はいつまでも置いておかないで、ちゃんと処分してるから大丈夫よ。怖がらずに、ちゃんとお参りにきてね」

「あー……うん」

「小心者め」

「処分って、どうやってんの?」

「堅司が軽トラに積んで山奥に捨ててるみたいだな」

「山奥に……」


 うっかり山菜採りに誘われたりしないようにしよう。やっぱりひっそり誓っていると、またしても美代さんにばれた。


「いやねえ。障りのある石を適当にそこらの山に捨てたりしてないわよ。ちゃんと私の知り合いの土地に、許可を取って運び込ませてもらってるの。霊山というか、禁足地と言ったほうがいいのかしら。本格的に修業する人達しか踏み込まないところよ」


 そこならば自然の浄化力で長い時をかけて綺麗になるらしい。そこで修業する人達が修業の一環として浄化したり、破壊して悪いものを散らしたりすることもあるらしい。これも Win-Winの関係か?

 なんにしろ、この手のオカルト的な話ははじめてきいた。


「それなら安心だな。美代さんが宮司さんだってのは知ってたけど、そういう本格的な話は、はじめて聞いたよ」

「そりゃそうだろう。みんなで臆病なおまえさんには言わないよう決めてたからな。知ったら神社に近寄らなくなるか、逆に神社の敷地から出なくなるかのどっちかだっただろ?」


 はっはっはと作爺が笑う。

 いやもう図星なので笑えません。

 ちなみに、多分知ってたら神社に近寄らなくなっていたと思う。

 良いものであれ悪いものであれ、未知のもの、見えないものは怖い。色々と想像するせいで、頭の中で怖い方に変質してしまうからだ。

 怖いものを直視せず、勝手に悪いふうに想像して、恐怖を自己生産、自己増殖することこそが臆病者の所以なのだ。……って、なんか偉そうだな、と、自己分析してしまうところが小心者の所以か……。くそう。


「でも、少し安心したわ」

「そうねえ。もう、怖い怖いって、しゃがみ込んで泣いてばかりの子じゃなくなってるのよね」

「ちゃんと話を聞く余裕もあるみてぇだしな」

「そりゃそうだよ。俺だってもういい大人だぞ」

「なるほど、大人か……。それなら、本当にもう大丈夫だな」

「ええ、そうね」

「今なら、受け入れられるでしょう」

「だな」


 なんだか急に神妙な雰囲気になった四人が、しみじみと頷き合っている。

 俺は、ちょっと怖くなった。


「なに? なになに? なに四人だけでわかりあってんの?」


 びびってきょろきょろする俺を見て、「本当に大丈夫かしら」と美代さんが苦笑する。


「まあ、大丈夫だろう」

「そうそう、今のこの機会を逃せば、きっともう無理でしょうし」

「だな。――ってなわけで、そろそろどうだ? 勝矢」

「いやいや、なにが『そろそろ』なのかが、さっぱりわからないんだけど?」

「ああ、そりゃそうだな。うん、……つまりだな。――猫を、飼わないか?」

「猫? 猫なら飼わない。この家じゃ無理だし」


 なんだ、猫かよ。散々勿体ぶるから、なんの話かと思ったのに拍子抜けだ。俺はあっさり断った。


「なんで無理なんだよ。昔は飼ってたじゃねぇか」

「昔はな。でも、今の時代じゃちょっと難しいって」


 猫なんて昔は平気で外飼いできていたが、今の時代、室内飼いが主流だ。

 かつての部下の中に愛猫家がいて、黙っていても色々話すからすっかり詳しくなってしまったが、猫は外に出すと猫エイズや猫白血病、猫風邪や寄生虫など、生死に関わる病気を貰う確率が高いらしい。長生きさせたいのならば外に出さないのが一番だ。

 だが、二方向に長い縁側を有しているこの家は、日中は網戸も開け放っているので猫が出入りし放題の環境だ。猫の為に一日中網戸を閉め切るつもりはないから、猫にはゲージの中に入っていてもらうか、首輪にリードをつけて縛っておくしかない。そんなのはやっぱり可哀想だろう。

 俺がそう言うと、なんだそんなことかと作爺がほっとしたように呟いた。


「それなら大丈夫だ。頭のいい猫だから、勝手に外に出ていったりはせんよ」

「いやいや、いくら賢くても猫なんて好奇心の塊だろ? 外国の諺だけどさ、『好奇心は猫を殺す』って言われてんだぞ。大人しく家にいるなんて無理だって」

(だい)さんは大人しく日がな一日昼寝してただろう? 賢かったしな。言いきかせれば、勝手に出て行ったりはしないよ」

「いやいや、大さんは、ちょっと変わった猫だったじゃないか。……あんな猫、捜したって他にはいないだろ」


 大さんは、祖父が飼っていた茶トラの雄猫だ。

 そして俺は、いまだかつてあそこまで変わった猫に出会ったことはない。

 外見も中身も、とにかく変わっていて、本当に猫らしくない猫だった。

 そのせいで子供の頃の俺は、寝ている大さんの尻尾をこっそり何度も確認したものだ。

 

 大さんの気が緩んでいるときなら、尻尾が二本に分かれているところを、ついうっかり見れてしまうんじゃないかと思って……。


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