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突然の来客としましまの猫 上


 真希達と引っ越し蕎麦を食べた次の日も、ひとりでせっせと家の片づけをした。

 細かなところまで荷物の整理を終えた後、すっかり埃っぽくなった家中を大掃除して一日が過ぎた。

 また祖母に叩かれて、身体のどこかに赤い手形をつけられては堪らないと、まるで追い立てられるように働き続けたお陰か、なんとかその翌日の午前中のうちには、完璧に引っ越し作業を終えることができた……ところで、またしてもがっくり気が抜けた。


「家も片付いたし、ちょっとぐらいならゲームしてもいいよな。俺、頑張ったし。ご褒美ってことで」


 やることがすっかりなくなった俺は、ぼけっと縁側に座って誰にともなく――というか、主にいるかどうかもわからない祖母に向かって――呟いた。

 びびりつつも、脇に置いてあるスマホにそろそろ~っと手を伸ばしたのだが、いきなりそこに玄関を素通りした来客達が大荷物を手に賑やかに庭へと姿を現した。


「おう、いたいた。勝矢、元気そうだな」

「とっときの酒持ってきてやったぞ!」

「あらあら、もうすっかり綺麗に片付いているわね」

「連絡くれたら、片付け手伝ってあげたのに、勝矢くんったら水臭いんだから」

「作爺、源爺、美代さんに、克江さんも……」


 来るなら先に連絡してくれよ。茶菓子もなにもないぞとびっくりして立ち上がった俺に構わず、真希と堅司の祖父母達、四人組は勝手に縁側から家の中に入っていく。


「お台所借りるわね」

「コップどこだ? 日本酒用の奴」

「飲めりゃなんでもいいだろうが」

「もう、自分達のことばっかり。先にお仏壇でしょ。源二さん、花瓶がそこの棚にあるからお花を活けてちょうだい。祠の分とふたつね」

「おう。わかった」

「あら、綺麗なお皿」

「勝矢くんが持ってきたの? 趣味が良いわねえ」


 勝手知ったる他人の家とばかりに、台所の棚や引き戸を開けて皿や塗り箸を取り出し、持ってきた重箱から皿に料理を盛りつけていく。


「さ、できた。まずはみんなで手を合わせましょう」


 美代さんの先導で、花を飾り供え物をして蝋燭に火を点した仏壇の前に座り、ひとりひとり順番に線香をつけ鐘を鳴らして手を合わせた。


「じゃあ、次は祠ね」


 またしても美代さんの先導で、料理の乗った皿と花瓶、水入りの湯飲みをそれぞれ手に持って、みんな縁側からぞろぞろと庭に出た。


「堅司達もそうだけど、なんでみんな縁側から出入りするんだよ。玄関の立場がないだろ?」

「あら、だって玄関には鍵が掛かってるでしょ?」

「呼び鈴鳴らせば、俺が出るよ」

「そんな面倒くせぇことやってられっかよ」

「昔っから、師匠の家に遊びに来たときは、まず真っ先に祠にお参りしからお邪魔してたからなぁ」

「縁側から出入りする癖がついちゃったのよね」

「そうそう」

「あーもう、わかったよ。好きにしてくれ」


 昔っからと言われてしまうと、もうお手上げだ。すでに七十歳に手が届いている彼らの昔は、十年や二十年どころの話じゃない。今さら矯正は無理だ。


「あら、お花替えてくれてたの?」

「ああ、庭に咲いてる奴を適当に」

「ありがとうね。きっと喜んでるわ」

「この祠、土地神様なんだよな? 俺さ、ご神体っていうの? この祠の中見たことないんだけど、このでっかい南京錠の鍵って誰が持ってるんだ?」


 この中も掃除しないとまずいんじゃないかと、庭の奥にある小さな祠の前に立ち質問すると、ピタッと四人共が動きを止めた。

 やがてお互いの顔を見合わせて、なにか目で合図しはじめる。


「なんだよ。もしかして、鍵無くしたのか?」

「いや、無くしちゃいねぇよ」

「そうそう。最初から無いだけで」

「最初にこの祠を作ったときに、確か南京錠の鍵は川に捨てたのよね」

「今ごろは錆びて、ボロッボロに崩れてるだろうなあ」

「え? なんで? それ、まずくない?」

「まずくないの。最初からそういう約束だったのよ」

「……え? 土地神様と約束? そんなんできるの? 宮司だったから?」


 戸惑った俺が質問すると、微笑んだ顔のまま美代さんがピタッと固まった。

 真希の家は、代々この近所の小さな神社の宮司をやっていて、美代さんは先代の宮司だったのだ。


「細けぇことはいいんだよ。とにかく、そういう約束なんだ」

「そうよ。外側だけ手入れしておけば、ちゃ~んとこの土地を守ってくれるんだから」

「つべこべ言わずに、さっさと手を合わせて拝んどけ」

「あーもう、わかったよ」


 美代さんを庇うように、源爺達が畳みかけてくる。

 この四人組に勝てたことがない俺は、大人しく言うことを聞いて一歩前に出ると、パンパンと手を合わせた。


「これからもよろしくしてやってくれな」

「勝矢が帰ってきたぞ。守ってやってくれ」

「勝矢くんのこと、よろしくお願いしますね」

「これからは、ここも賑やかになりますよ。よかったわね」


 俺の周囲で手を合わせたみんなが、次々に手を叩き声に出して祈った。

 っていうか、なんか祈りの言葉がおかしいような気がするが、そこに突っ込んでもまた集団で誤魔化そうとするに違いない。なにか裏事情があるような感じだが、親しげに語りかける口調だったし、怖い話じゃないんだろうと判断して流すことにした。……物凄く気になるけど。



   ◇ ◆ ◇


「さあ、それじゃあいただきましょうか」

「勝矢くんもお昼まだだったんでしょう? ちょうどよかったわね」


 茶の間のテーブルの上には、美代さんと克江さんが家から持ってきた重箱が並べられていた。

 重箱の中身は、二人の心づくしのご馳走の数々だ。


「ほら、勝矢くん、お皿出して。この太巻き好きだったでしょ?」

「筑前煮も食べてね。あ、黒豆も煮てきたのよ」

「いやいや、まずは乾杯だろ」

「ほら、コップ手に取れ」

「はいはい」


 もうどうにでもしてくれと、やいのやいの言う四人に流されるまま、右手で小皿を出し、左手にコップをつかむ。

 まずはビールで乾杯した。


「かー、やっぱ日中から飲む酒は格別だな」

「今日だけですからね。血圧のこと忘れちゃ駄目よ」

「源爺、血圧に問題あるの?」

「いや、注意されてるだけだ。薬飲むほどじゃねぇよ。それよか、健作の糖尿のほうが問題だろ」

「そうよ。この人ったら、なかなか甘いものが止められないんだから。ちゃんと繊維質のものから食べてね。食べ過ぎないでね」

「わかってる」


 美代さんの言葉に、作爺が大人しく酢の物に手を伸ばす。

 相変わらず四人とも仲が良く、夫婦仲も良好のようだ。年齢のわりに足腰も丈夫だし、持病があってもそう問題はないだろう。

 懐かしい味に舌鼓を打ちつつ、なんとなくほっとして四人を眺めていると、いきなり爆弾を落とされた。


「勝矢、真希ちゃんから聞いたが、おめえ、夏美ちゃんと別れたんだって?」

「ちょっと、あなた。その話題には触れるなって、真希ちゃんに言われてたでしょ」

「克江ちゃん、それは真希が悪いわ。そんな話をされたら、どうしたって気になっちゃうもの」

「確かにな。聞いてこいって言われてるようなもんだ」


 で、どうなんだと、四対の目が俺をじっと見つめてくる。

 俺は深々と溜め息をついた。


「ナッチとは別れたよ。それも二年前に。もう昔の話なんで、これで勘弁して」

「二年前って、ここ最近帰ってこなかったのはそのせいか」

「かー、俺らにやいのやいの言われるのが嫌だったか? 相変わらずの意気地なしめ」


 そのとーり、意気地なしです。ほっといてくれ。


「夏美ちゃんとは全然連絡とってないの?」

「ああ。……真希がネットで繋がってるみたいだから、あいつの近況はそっちで聞いといて」


 たまに遊びにくるナッチと特に気が合っていた美代さんは、わかったわと静かに頷いた。

 なんとなく気まずくなって場が静かになった。

 雰囲気を変えようと、俺は新しい話題をふることにした。


「そういや、源爺」

「なんだ?」

「堅司の奴、石の匂いを嗅ぎ分けてるみたいなんだけど、石屋って石の匂いが分かるもんなのか?」


 先日から引きずっていた疑問をなにげなくふったつもりだったのだが、どうやら失敗したらしい。

 俺の質問に、四人は揃ってピタッと固まっていた。


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