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引っ越しはやっと終了する


「もうカッチと離れるの嫌」


 ナッチがそんな可愛いことを言ってくれるので、俺はもうでれでれだ。


 それなら一緒に田舎に帰るかと聞いたら、迷わず頷いてくれたので、さっそく引っ越しをすることになった。


 年単位で海外に行っていたこともあって荷物自体は少ないから、部屋の引っ越しはさっくり引っ越し業者におまかせだ。

 後はアトリエだが、こっちは田舎の家の離れの改装が済むまでは荷物を移せないので、いま手がけている作品以外の荷物は、これも業者を頼んで全てレンタル倉庫に移すことにする。


 その作業の最中、レンタルアトリエの解約と今までのお礼を兼ねて、オーナーに会いに行った。

 以前から何度か俺とも会ったことのあるオーナーは、俺達の結婚を「それはよかった」と喜んでくれた。

 田舎の家にナッチの作業場を作って、創作活動はそこで続けてもらうつもりだと告げると、「それは素晴らしい。君はいい男だな。これからも彼女の才能を守ってきちんとサポートするんだぞ」と、そりゃもう大いに喜んでくれた。

 ぶれないお人だ。





 引っ越し作業の最後の締めくくりとして、ナッチの家にも挨拶に行った。

 いわゆる、娘さんをくださいをやるわけだ。


「そんなことしなくてもいいよ」


 勝手に結婚しても誰も怒らないし文句もいわないとナッチは言う。


 まあ、そうだろう。

 勝手に高校を中退したり、親が契約してくれたアパートの家賃を使い込んで、強引に知り合ったばかりの男(もちろん俺だ)の部屋に居座ったりと、無軌道に思うまま生きているナッチにずっとつき合ってきた家族達だ。

 怒っても文句を言っても無駄だと、学習してしまっているに違いない。


 それでも、大事に育ててきた娘さんなんだから、きちんと挨拶しなくては。

 ここで挨拶しなかったら、きっと死んだ後に俺が祖母から鉄拳制裁をくらうしな。


 なので、持ってきていた服の中で一番上等なものを着て、菓子折を持ってナッチの実家に伺った。

 で、まあ、娘さんとの結婚をお許しくださいとやったのだが……。


「勝矢くん、ありがとう!」

「別れたと聞いた時は、これでもう夏美は一生独身なんじゃないかと思ったわ」

「本当に……。夏美とよりを戻してくれて感謝する」

「よかったね。夏美ちゃん」


 ナッチの両親と兄夫婦に大歓迎された。

 俺が考えていたよりもナッチの家族はナッチのことを大切に思い、そして心配していたらしい。


「子供の頃から目を離すとすぐに突拍子も無いことばっかりするから、何度かお医者さんに見てもらったこともあるの」


 ナッチの母親は、もしかしたらナッチが発達障害なのではないかと疑ったことがあったらしい。

 その結果は問題なし。

 単なる個性だと判断されてほっとしたものの、だからと言ってナッチの無軌道ぶりが改善されるわけもなく、ずっと胃の痛い思いをしてきたのだと言う。


「いきなり高校を辞めると言い出したりしてねぇ。……でも、まあ結果的には好きな道に進ませてよかったのよね。ちゃんとこうして仕事もしてるし、勝矢くんみたいな奇特な人にも出会えたし……」

「本当にそうだな。――ありがとう、勝矢くん」

「いえ、こちらこそ。快くお許しをいただけて嬉しいです。ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとうだよ」

「……ねえ、なんか大袈裟じゃない?」


 ぺこぺことお辞儀し合う俺と家族をナッチは不思議そうに見ていた。

 親の心子知らずだ。



 ナッチの希望で、この後すぐに田舎に引っ越す予定だと告げると、ナッチの兄にガシッと腕を掴まれた。


「頼む。籍だけでもすぐに入れてくれ」


 ナッチの兄は、自分がナッチに厳しいことを言ったせいで、俺とナッチが別れてしまったと思って責任を感じていたようだ。

 俺と別れてしょんぼり落ち込み痩せた妹を見ては、ちりちりと罪悪感に苛まされていたそうで、とにかくもう簡単に別れられないよう入籍をと迫られた。


 その後、ナッチの兄はひとっ走り行ってくると家を飛び出し、本当に役所から婚姻届をもらってきた。

 そして俺達は、ナッチの家族が見守る中、本当に婚姻届に記入した。

 証人はナッチの父親と兄だ。

 とはいえ、戸籍抄本等の問題があるから、残念ながらすぐには提出出来なかった。

 後日、全ての書類を揃えてから、その書類を俺の田舎で提出することになった。




 そのことに関しては、後々まで真希にぐちぐち言われた。


「信じられない! 私が証人になってあげるつもりだったのに!」


 偉そうにぐちぐち言われてうるさかったので、ナッチの兄の希望でそういうことになったんだと説明したら、結婚式の席でナッチの兄にぐちぐちやったらしい。

 こいつもぶれないな。



 結婚式は、田舎でのみやるつもりだったのだが、竜也にごねられて東京でちょっとしたお披露目パーティーのようなものをすることになった。

 もちろん、すべて言い出しっぺの竜也の仕切りでやらせた。

 ナッチと俺の大学時代からの友達や東京で世話になった人達、元同僚や部下、今の仕事の関係者など予想より多くの人が集まってくれて和やかに祝福され、思いがけず幸せな時間を過ごさせてもらった。

 なので、竜也に感謝の言葉を伝えたら、嬉しいと思いっきり泣かれてしまってドン引きした。

 ……こいつ、どんだけ俺が好きなんだよ。




 そうそう。あのトルコ石は、ナッチが引っ越して来た後で、一時的に堅司に回収されてしまった。

 しばらくして戻ってきたときは、俺とナッチにと、お揃いの曲玉のネックレスになっていた。


 自由人のナッチはそれをあっさりピアスにリメイクして、いつも身につけるようになった。

 いずれ髪が伸びたら、かんざしかヘアゴムにリメイクするつもりらしい。


 勝手にリメイクされて堅司が気を悪くしないかと、ちょっと心配したのだが、堅司はむしろ面白がった。

 残っていたトルコ石を大小様々な曲玉やビーズに加工して、改めてナッチにプレゼントしてくれた。

 ナッチは大喜びでそれを色んなものに加工した。


 ブレスレットにキーチェーン、指輪やブローチ……。

 それらは後々、俺達の子供達のお守りにも使われた。





      ◇  ◆  ◇





「ナッチ、あのな。家に帰る前に話しておかなきゃならないことがあるんだ」

「なに?」


 東京から地元に戻り、駅の駐車場に止めていた車に乗り込んでから、俺はナッチに思い切って言った。

 緊張している俺を不思議そうにナッチが見る。


「俺が猫を飼っていた話を覚えてるか?」

「もちろん。大さんでしょ? ――もしかしてカッチ、また猫を飼ってるの?」


 ナッチが嬉しそうな顔になる。

 俺が大さんを失った時の後悔から、猫をなるべく身近に寄せないようにしていた時期があることを知っていたからだ。


「うん。飼ってるんだ」

「どんな猫?」

「長毛の茶トラ猫。雄で尻尾がしましまでふっさふさで、餡子と日本酒が大好きで、一緒に風呂にも入る猫なんだけど……」

「ふうん。なんか、前に聞いていた大さんにそっくりね」

「……あー、うん。そっくりっていうか、まんま、大さんなんだ」

「……大さん?」


 ナッチが不思議そうに首を傾げる。


「大さん、居なくなったんだよね?」

「そうなんだけど、帰って来たんだ」

「……え? でも、猫って寿命どれぐらいだったっけ?」

「普通、家猫だと15~6年ぐらいかな」

「……大さん、長生きだね」

「うん。言ってなかったけど、実は大さんって、祖父が若い頃から家に居る猫でさ」

「カッチのお祖父さんって……」


 ナッチは両手の指を折りながら、なにか計算している。


「じゃあ、大さんって猫又なのね?!」


 そして、きらっきらした目で俺を見た。


 そうきたか。

 実に嬉しそうだな。

 怖がられなくてよかったけどさ。

 

「いや、違う。大さんは、猫又とか、そういうポピュラーな妖怪じゃない。どっちかっていうと神様寄りで、オンリーワンの猫だ」


 大さんは大さんだからな。


「ふうん」

「それと、大さんのサイズなんだけどさ。実は巨大猫なんだ」

「巨大? ラグドールぐらい?」

「もっとでかい。ぶっちゃけ、大きめの中型犬サイズだな」

「凄いね。ご飯とか、どれぐらい食べるの?」

「普通に人間の一人前ペロリ」

「ひゃー、凄い! あ、留守にしてた間、ご飯はどうしてたの? 真希ちゃんに頼んでたの?」

「いや、そこら辺は心配いらないんだ。神様寄りだからさ、食事は食べなくても平気みたいだ。もちろん、俺が家に居るときは俺と同じものを食べるけど」

「そっか。大さん凄いね」


 飼いやすい猫ちゃんなんだねと、ナッチがあっさり大さんの不思議を受け入れてくれて、俺はほっとした。


 さて、後は大さんだ。


 ナッチを連れ帰ったら、どんな反応を見せるだろう?

 ちゃんとナッチが俺と家族になってくれる人だってわかってくれるだろうか?

 透明猫になったりしないよな?


 ナッチを迎え入れたことで、大さんが透明猫になって居なくなったらどうしよう。

 悪い想像で胸が苦しくなったが、ナッチの手前、俺は平気な顔をして車を走らせて家に帰った。


「ああ、懐かしい。相変わらず、雰囲気のある立派な家だね」


 丘を登る私道に入ると、ナッチが懐かしそうに目を細めた。


「去年の秋に手を入れたから、前に来たときより、ぐっと暮らしやすくなってるぞ」

「そう? でもあたし、カッチと一緒なら、どんなところでも平気よ」

「それって愛だな」

「愛だよ」


 ふふふっとナッチが嬉しそうに笑う。

 その笑顔で、胸の苦しさが、ふっと軽くなる。

 うん、これも愛の力だな。


 車を走らせ、門をくぐる。

 心配は杞憂だった。

 大さんは、玄関の前できちんと両足を揃えて座り、俺達を待っていてくれた。


「あ、あれが、大さんね? 思ってたより、ずっと可愛い!」


 停車すると同時に、きゃああと車から飛び出して行ったナッチが、大さんに駆け寄ってわしわしと大さんの大きな顔や頭を撫でまくっている。


「大さん、ただいま。彼女はナッチ――夏美だ。俺のお嫁さんになる人だ。よろしくな」

「なー」


 大さんは嬉しそうにふっかふかのしましま尻尾をバッサバッサと振りながら、俺に歩み寄り、すりっと足に頭を擦りつけてくれた。


「ナッチよ。よろしくね、大さん」

「なー」


 よろしくと鳴いて、やっぱりナッチの足にすりっと頭を擦りつける。

 そしてまた俺の前に来て、しましま尻尾を振りつつ俺の顔を見あげて「なー」と鳴く。


 俺には、大さんがよかったねと言っているように聞こえた。


「うん、ありがとな。大さんが背中を押してくれたお陰だ。やっと俺にも家族ができるよ」

「駄目よ。カッチったら。大さんも家族でしょ?」

「ああ、そっか。そうだな。家族が増えたんだよな」

「なー」


 そうだよと大さんが鳴く。


「大さん、お土産買ってきたんだ。ナッチお勧めのきんつばと日本酒。とりあえず、きんつばでお茶でも飲もうな」

「ここのきんつば、すっごく美味しいのよ」

「なー」


 大さんが楽しみだと鳴いて、しましま尻尾をばっさばっさと振る。


 俺は鍵を開けて、玄関を大きく開いた。

 そして、これから家族三人で暮らすことになる祖父母が残してくれた大切な家に、ゆっくりと足を踏み入れた。


読んでくださってありがとうございます。

残り一話。だいたい十年後ぐらいのお話になります。

よろしくお願いします。

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