悩める男は決断しきれない
次の日は、堅司達一家と俺と大さんとで朝一番で神社に行った。
宮司である真希の兄、信一さんに、大輝くんの為に祝詞をあげてもらったのだ。
それが終わると堅司は仕事に行き、信一さんだけ神社に残って、他の者は駐車場の奥まったところにある真希の実家にお邪魔した。
午前中は参拝者が多い。社務所だと大さんが見つかる危険もあったからだ。
「小さな子供が道に迷わずに済んで本当によかったわ。大さん、ありがとうね」
「なー」
一緒に来てくれた美代さんが何度も大さんにお礼をいい、大さんにお団子と和菓子を大盤振る舞いした。
大さんは嬉しそうにしましま尻尾を振りながら、好物の団子を一個ずつもっちもっちと食べている。
「一石、幼稚園に行かなくていいのか?」
「今日はお休みにしたから大丈夫よ。ね? 一石」
「うん。今日は大さんと戦うぞ」
「そっか。あ、勝負を挑むんなら、大さんがおやつ食べた後にしろよ」
「わかってる!」
一石は自分の分のおやつを食べると、浮き浮きした様子で大さんが団子を食べ終わるのを待っている。
やがてふたり(?)は、障子を開け放っている続き部屋で、ぶつかり稽古のようなことをして遊びはじめた。
鈴ちゃんは、昨日の夜にはしゃぎすぎたのか、今日はずっとうとうとしている。
「なあ、美代さん。大輝くんは、行くべき所に行った後でどうなるんだ? 生まれ変わったりとかしないのか?」
「さあ、知らないわ」
昨夜からずっと気になっていたことを聞くと、あっさりそう言われた。
「元宮司なのに知らないんだ」
「だって死んだことがないんですもの。でも神道では、死後は高天原で暮らすことになっているわ。拝み屋をやっている知り合いの中に、嘘か本当かわからないけど、前世の記憶があるという人もいるから、生まれ変わりもあるのかもしれないわね」
「えー、初耳。ねえ、お祖母ちゃん、それ、私も知ってる人?」
「真希は会ったことがないはずよ。修行場から殆ど出ない人だから」
「ますます本物っぽい。そういうの、調査とかされないのかな?」
「本人が断っているみたいよ。興味本位で触れられたくないんじゃない」
どうやら好奇心を刺激されたらしく、真希がいつになく興奮気味だ。
俺はといえば、はっきりしないことにもやもやしつつも、なんとなくわからないままでほっとしたような、おかしな気分だ。
「……そういうの、自分で選べればいいのにな」
もうこの世に産まれなくていいとか、もう一度やり直したいとか、自分の意志で決められたらいいのに。
それか、辛い人生を送ったら、次は楽しい人生を送らせてくれるとか、バランスが取れるようになればいい。
あ、それだと、幸せな人生を送ったら、次は辛い人生になっちゃうのか?
それは嫌だな。
「さすがにそれはないでしょう。人間の欲は果てがないもの。最後は神様が導いてくださるんだって思っていればいいのよ。そして、堂々と神様の前に立てるように、真っ当に生きればいいの」
「……そうだな」
美代さんの言葉に共感して深く頷く。
俺の場合、神様じゃなく、祖母の鉄拳が怖いから、真っ当に生きようと思うんだが。
「そういえば……ねえ、勝矢。あんた、昨夜大輝くんとなに話してたの?」
真希が唐突に怖いことを言った。
「はあ? 俺があの子と話せるわけないだろ。そもそも見えもしないのに」
「でも、昨夜、大さんと三人で仲良くしてたじゃない?」
「ああ、あれか。大さんが通訳代わりになってくれてたんだよ。線香花火が見たいっていうから、やって見せてたんだ」
「線香花火をした後よ。ふたりで仲良く並んで座ってたじゃない? 頭を撫でてもらってたから、なにか話してるんだと思ってたわ」
「……見えてないのに、どうやって頭を撫でろっていうんだよ」
「あんたじゃなく、大輝くんが撫でてたのよ」
「俺を?」
「そうよ。うなだれてるあんたの頭を、よしよしって感じで」
「マジか……」
きっと自分の情けなさにうなだれた、あのときのことだろう。
「そうか……。慰めてくれてたのか……」
小さな鈴ちゃんをあやしてくれていたようだから優しい子だろうと思ってはいたが、大人の俺まで慰めてくれるとは、なんと懐の深い子だ。
短い人生の中で、嫌なことや辛いことのほうが多かっただろうに、それでもちゃんと優しい仕草を学んでくれていたことがなんだか嬉しかった。
「もしも大輝くんが生まれ変わってくるなら、俺んところにくればいいのにな」
「なー」
思わず、そんな言葉が口から零れた。
いつの間にか、すぐ側まで来ていた大さんが、そうだね、と一声鳴いた。
独り言のつもりだったのに、思わず返事をされて照れ臭い。
「あ、でもその前に、母親になってくれる女がいないか」
一石の元に戻ってまた遊んでいる大さんを眺めつつ俺が誤魔化し笑いをしていると、そんな俺を見て美代さんと真希が絶句していた。
「なんだよ」
「なんだよって……。勝矢、あんた、大さんの前でそれを言うのはちょっとまずくない?」
「なにが?」
「あのね、勝矢くん。大さんは、付喪神や土地神に近い特殊な存在なの。あの丘を清浄に保つ結界を張る力もあるし、事故現場に縛りつけられていた大輝くんを解放する力もある。たぶん神霊に近い存在よ。それはわかってるわよね?」
「もちろん」
「大さんが大輝くんを連れてきたのって、あんたが大輝くんを気にしてたからでしょ?」
「あー、まあ、そうなるな」
「大さんはあなたを一番大切にしてるから、あなたの願いをかなえようとするんじゃないかしら」
「……え、さっきのって、願い事になっちゃってた?」
「たぶんね。大さん、ノリノリで返事してたし」
マジか?
いや、でも、それはどうだろう?
「おーい、大さん」
「なー」
俺の呼ぶ声に、大さんがふっさふさのしましま尻尾を振りながら走り寄ってくる。
「さっきの願い、無しな? 大輝くんはさ、大人の都合で可哀想な目にあったんだから、俺なんかの我が儘につき合わせるわけにいかないんだ」
わしわしと大きな頭を両手で撫でながらそう言うと、大さんはよくわからなかったのか、くいっと丸い顔を傾げた。
「あー、だからさ、もしも大さんに神様みたいな力があるんなら、大輝くん本人が一番望む場所に連れてってやってくれってこと。な?」
「なー」
大さんは、わかった、と鳴いて、また一石の元に戻っていった。
ぶつかり稽古がよっぽど楽しいらしい。
「これで大丈夫……だよな?」
「そうね。……ふふ、いやだわ。私達、ちょっと過敏になり過ぎちゃってたかしら」
美代さんが、ちょっと恥ずかしそうに笑う。
「そうかも。でも、勝矢が突然変なこと言うのが悪いのよ。まさか、そんなに大輝くんのことを気に入ってると思わなかったし……。――あ、ねえ、あんた、大輝くんの顔知らないのよね? 写メ見る?」
幼稚園の行事で撮った写メがあると真希がスマホを取り出す。
「いや、いい。必要ない」
俺が知っている大輝くんは、すでに肉体を脱ぎ捨てた後の状態だった。
だから、彼の悲劇の原因になった親の遺伝子情報が反映された顔を見る必要はない。
生前の大輝くんの表情を見たくないって気持ちもあるけどな。……ヘタレだし。
「そう? だったら、夏美ちゃんの写メ見る? 一週間ほど前に、新作と一緒に自撮りしたのが送られてきたんだけど」
「……なんでいきなりナッチの話題振るんだよ」
「子供が欲しいんなら、まず結婚相手が必要でしょ。――夏美ちゃん、もう日本に帰ってきてるわよ」
「……そっか。あいつ、どこで暮らしてるんだ?」
以前、俺と暮らしていた部屋はもう解約してしまっている。
ナッチの実家は、確か兄夫婦が同居しているはずで、ナッチが戻れる余裕はないだろう。
「そこまでは聞いてないわ。気になるなら、自分で聞いたら?」
「あー、そのうちな」
「え?」
「まあ」
俺の返事に、真希と美代さんが目を丸くする。
「やっと連絡する気になったの?」
「……今すぐじゃないけどな」
「いやあね。若い人はこれだから……。そのうちなんて言ってる間に、あっという間に十年も経っちゃうわよ」
「いや、いくらなんでもそれは言いすぎだって」
「あら、でも歳とともに時間が過ぎるのも早くなるから、案外本当にあっという間に十年経っちゃうかもよ」
「んなことないって」
まあ、確かに、年齢と共に時間が過ぎるのが早くなってる実感はあるけどな。
今だって、ふと気が付けば、すでに真夏の盛りを過ぎようとしているし。
もうじき、田舎に戻ってきて一年だ。
戻ってきてからこっち、なんだか色んなことがあった。
大さんと再会したり、幼馴染み達が謎のギフト持ちだったと知ったり、俺が中学時代に描いた猫達が盗作されてるのに気づいたり、竜也に押しかけられて会社を立ち上げることになったり、クビになった会社と戦ったり、俺が育ってきたあの丘の昔の話を聞いたり……。
楽しいこと、幸せなこと、嫌なこと、腹立たしいこと。
色々あった、あっという間の一年。
そして、こっちに戻って来てから、ナッチのことを思う時間が増えた。
ナッチの声が脳裏をよぎり、いま側にいないことを淋しく思う。
そして、これから先の人生についても少しだけ考えた。
俺の側には、これからもずっと大さんがいてくれる。
だから孤独にはならない。
大さんは俺の家族で親友だ。
他の人達の前では透明になる不思議猫。
そして、俺の守り神。
でも、大さんはナッチじゃない。
だから俺の淋しさはなくならない。
「……今、皿を作ってもらってる」
「なによ、急に」
「だから、ナッチにプレゼントする皿を用意してるところなんだ。それができたら、ナッチに連絡とろうかなぁって思ってる」
陶磁器メーカーの仕事を受けたときに、直接お邪魔して、大皿にナッチが好きな牡丹の花を絵付けさせてもらってきたのだ。
焼付けが終わったら、仕事でデザインした皿やマグカップの見本と一緒に送られてくることになっている。
「理由がなきゃ連絡できないなんて、どこまでへたれで臆病者なの」
「まあまあ、真希。根性無しなのは昔からなんだからしょうがないでしょ。連絡する気になったことを誉めてあげなきゃ」
はいはい、その通り。どうせ情けない男ですよ。
俺はふて腐れて、黙ったままお茶を飲んだ。
臆病で小心者、そしてヘタレで根性無し。
だから、俺はひとりじゃいれらない。
人生を共に歩むパートナーが欲しい。
そして、その相手は、ナッチがいい。
……できれば……だけど。
いったん振られた相手にもう一度復縁を求めに行くなんて、小心者の俺にとっては物凄くハードルが高い行為なのだ。
だからこそ、手ぶらじゃ無理だ。
さすがに花束と指輪持参で行くのは滑稽過ぎるから、花束代わりの手描きの皿を用意してみたのだが……。
実物が手元に届いたとして、この俺にナッチの元に出発する勇気があるだろうか?
「……助けて、大さん。――うおっ」
思わずいつもの口癖を呟いたら、いつの間にか近づいて来た大さんに、いつにない勢いでドスッと頭突きされて転がされた。
起き上がると、「カッチ、勝負だ!」と一石まで思いっきりぶつかってくる。
……ぶつかり稽古か? 俺は弟子入り希望してないぞ。




