暴走し続ける後輩と同行者 上
最寄り駅から電車に乗り、途中で新幹線に乗り換えて東京へ向かう。
新幹線の座席に落ち着いたところで、順調に移動中だとラインでみんなに報告した。俺の頼みを一番聞いてくれそうな堅司にごねて、竜也と真希とのグループラインに混ぜてもらったのだ。
しばらくして、ライン越しに真希から『お土産を買って来なさいよね』と威張られた。
ラインでまで命令口調なのか。普通に、お土産よろしくと言えばいいのに。
昨日の夜、美代さん経由で、作爺から老舗和菓子屋の期間限定の羊羹を頼まれていたから、他のみんなにもリクエストを募るつもりでいたのに。
仕方なく、なにをご所望ですかと低姿勢でお尋ねしてみたら、どこぞのなんとかいうケーキ店のザッハトルテを購入しなさいと命じられた。
ネット通販で買えよと口答えしようかとも思ったが、スマホでその店を調べてみたところ本当にうまそうだったので、自分の分も購入するついでに買ってやることにした。
絶対これ、一石や鈴ちゃんが喜ぶ。それに大さんも好きだろうし。この店のチョコレートも買って帰ろう。
東京に到着後、とりあえず駅のコインロッカーに荷物を預けて、竜也との待ち合わせ場所に向かった。
おじさんの聖地、ル○アールだ。
なんでわざわざル○アールで待ち合わせなんだ。まだ俺はおじさんじゃないぞと不満だったのだが、現地に行って納得した。
竜也にはおじさんの同行者がいたのだ。
「はじめまして。竜也の叔父の甲坂信治と申します」
ピシッとしたスーツ姿の男性が名刺を差し出す。
「……弁護士?」
「はい。可愛い甥の頼みですし、相馬さんの望み通りの結果をもぎ取ってみせますよ。ご安心ください」
俺の望みって、なんだっけ?
ぎこちなく椅子に座った後で、どういうことだと竜也を見たら、竜也はわかってますよと言わんばかりに頷いた。
「先輩の汚名返上っすよ」
「だよな。それで、なんで弁護士さんが必要なんだ?」
そこまで大袈裟にすることはないだろうと竜也に言うと、竜也は俺を無視して「ほらね」と甲坂さんの方を向いた。
「この通り、呑気でお人好しなんですよ。倍返しが今のトレンドなのに、放っておくとろくな仕返しもしないまま加害者を許し兼ねないんです」
「いやいや、仕返しとか物騒なことは考えてないから。ただまっとうに俺の権利を主張したいだけだし」
「先輩、まっとうに権利を主張しただけでも、充分に物騒なことになるっす」
「え?」
「一流メーカーのキャンペーンで配布しているストラップが盗作されたものだったわけですから、これは大変な事態です。しかも、このストラップの盗作疑惑でネット炎上している真っ最中ですからね。物騒なことにならないわけがないんです」
甲坂さんがにっこり笑って言った。
笑い皺が渋いその笑顔はかなり整っていて、笑うとなんだか胡散臭い感じがするところが竜也に似ている。イケメン一族なんて滅べばいい。
「あー、水面下でこっそりってことはできませんか?」
「相馬さん、甘いですよ。――まずこれを見ていただけますか?」
分厚いファイルを手渡された。
表紙に『佐倉道重に関する調査書』と書いてあってびっくりした。
「え、これ、え? 調査書?」
「調査会社に、過去に遡って佐倉のことを調べてもらったっす。色々面白いことがわかったっすよ」
全部読んでる時間がないので竜也が要約してくれた。
女関係は京香ひとりではなかったこと。そしてアシスタント達の弱みを握ってデザインを奪い取り、使い潰してきたこと。妻であるさとみさんのデザインを学生時代から盗用してきたこと。それに、学生相手のコンペの審査結果に疑惑があることとか……。
プロって凄い。よくここまで調べられるもんだと感心したが、調査会社だなんてやっぱりちょっと大袈裟なような気がした。
そう竜也に告げると、呆れ返った顔をされた。
「向こうだって先輩のこと調べてるっすよ。佐倉の奥さんがどうやって先輩の実家の住所を知ったと思ってるっすか?」
「……言われてみれば確かに。ってか、さとみさんが家に来たこと、おまえに言ったっけ?」
「薄情な先輩からは聞いてないっす。親切な堅司兄貴が昨夜電話をくれて教えてくれたっすよ。ちなみに、さとみさんの離婚が有利に運ぶように、こっちが持ってる情報を渡す約束をしたっす。良かったっすよね?」
「あー、うん。助かる。ありがとう」
地味にディスられた。
それに、なんだろう。当事者なのに、この置いてけぼり感は……。
「佐倉にアイデアを奪われてきたアシスタント達の話では、若気の至り的な弱みを握られて逆らえなかったようです。まあ、ほとんどが若気の至りへと誘導されていたようですが……。耐えきれずに夜逃げするように会社を辞めた者がけっこう居ますよ」
「先輩のことも利用しようとして、京香をつかって画策していた節があるっすよ。ことごとく先輩がスルーしたみたいっすけど」
京香は新しい洋服やバッグ、人気のレストランの話しかしなかったから、会話していても右から左に聞き流していた。俺のスルースキルまじ有能。
「佐倉は、デザイナーではなくディレクターが向いていたようですね。手に入れたアイデアをうまく商業展開し、有効利用することに関しては一流ですよ。さっさと自分の才能に見切りをつけて方向転換していれば、これほど複数の犯罪行為に手を染めずにすんだんでしょうに」
「佐倉はそこまで酷いことをしてるんですか?」
俺がびっくりすると、甲坂さんもびっくりしたようだった。
「竜也、言っちゃなんだが、お前の先輩……」
「それ以上言わないでください。わかってます。この人、馬鹿なんです」
あ、酷い。
竜也の言葉に、甲坂さんまで頷いた。
「きっと周りの人達が先回りして甘やかすから、こんな危機感のない大人になったんですよ。この人、田舎で一部の人達から『坊ちゃん』って呼ばれてるんですよ」
竜也の言葉に、甲坂さんがぷっと小さく笑った。……酷い。
これ、ばらしたの絶対に真希だ。畜生、お土産買って帰るの止めようかな。
「竜也、お前も甘やかしてる内のひとりなんじゃないのか? ところでさっきから気になってたんだが、どうして相馬さん相手だとおかしな口調になるんだ?」
「先輩に対する尊敬の意を表してるんです」
「そうかあ?」
嘘だ。小馬鹿にされてるような気がする。
その証拠に、甲坂さんだって疑問口調だ。
「まあ、それは置いておくとして……。相馬さん、佐倉はあなたに対しても複数の犯罪行為を犯しているんですよ」
「え、俺ですか」
「はい。簡単に言ってしまうと、女性と共謀しての詐欺に名誉毀損、著作権の侵害ってところですね。猫のストラップに関してはすでに商標登録されてますが、こちらの著作権を証明できるのでこれは無効にできます。充分に刑事事件になる案件です」
「そうなんですか……」
なんだか、本当に大事になってきた。
臆病で小心者の俺にはちょっと荷が重い。
「というわけで、徹底的にいきますから」
「あー、あんまり大袈裟にはしたくないんですけど……」
「ならば、示談金で手を打つことにしますか? 先方も犯罪者にはなりたくないでしょうし、けっこうな金額を引き出せますよ」
「示談金……」
想像もしていなかった言葉が出て、俺はぼけっとしてしまう。
そんな俺を見て、苦笑した竜也が隣りに座る相馬甲坂さんの腕を叩いた。
「叔父さん、とりあえず、極力騒ぎにならない方向で収めて。その方が企業側も喜ぶだろうし。で、その分、示談金がっぽりで。――先輩は、自分の名前が表に出ることを覚悟するっすよ。ネット炎上してる以上、もうしょうがないんで。それがどうしても嫌ならデザイナーとして表に出す名前を決めるっす。芸名とかペンネームみたいな感じで」
そうすれば少しはマシでしょうと言われて、俺は渋々頷いた。
「そうだ。甲坂さんへの手付金はどうなってるんだ? おまえが立て替えてくれてるのか?」
「違うっすよ。成功報酬っす」
「この案件、負ける要素がありませんからね。儲けさせて貰いますからご心配なく」
にっこりと嬉しそうに笑う甲坂さんの胡散臭い笑顔がちょっと怖かった。
「ところで先輩、確か乗り物の中でもの食べるの苦手っしたよね? 昼食食べたっすか?」
「いや、まだだ」
「じゃ、時間もないし、ここでなにか食べるっす。先方と話し合いの最中に腹が鳴ったら困るっすから」
言われるまま、サンドイッチを注文した。
小腹が空いているからと、竜也と甲坂さんもふたりで一つ頼んでいた。
「ところで、話し合いの相手って、誰にアポ取ったんだ?」
「専務っすよ」
「はあ?」
当たり前のようにさらりと言われた言葉に耳を疑った。
専務って、なんでそんな上の人間に声を掛けてるんだ?
「なに驚いてるんすか。先輩は誰と話し合いをするつもりだったんすか?」
「え……そりゃ、佐倉とか人事部長とか……」
「佐倉が正面から話し合いに応じるわけないっすよ。それに人事部長は佐倉と繋がってるっすよ」
以前、佐倉が使い潰したアシスタント達の件で、会社にとっての汚点にならないよう後始末をしてきたのは人事部長らしい。
「だったら、営業部長とか……」
「そこも佐倉と繋がってるっす。なんせ、稼ぎ頭っすからね」
「今回の猫のストラップの件は、飲料会社も関わってきますからね。企業としての対応を考えられる立場の人に直接話をした方が手っ取り早いので」
きっと大騒ぎになりますよと、なぜか甲坂さんが楽しそうに言う。
確かに大騒ぎになるだろうな。
騙された被害者側だとしても、飲料会社としては盗作された景品を配布していたなんて企業イメージを悪化させかねない問題だ。ことは企業同士の補償問題に発展するだろう。相手が大企業なだけにどうなるか空恐ろしい。
「向こうがどういう反応を見せるか、楽しみっすよ」
「まったくだね」
叔父と甥が見つめ合って、にこにこと胡散臭く笑う。
臆病で小心者の俺は、こんな大事になるはずじゃ無かったのにと後悔ばかりしていた。