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引っ越し蕎麦は懐かしい味 1


「勝矢、いる~?」

「いるぞ。久しぶりー」


 幼馴染みの真希が、玄関先からぐるっと庭を回り込み、縁側から声を掛けてくる。

 ちょうど台所用品が入った段ボールを手に移動中だった俺は、そのまま縁側へと移動した。


「まさに引っ越し作業真っ最中ってとこね。手伝いに来てやったわよ。感謝しなさい」


 偉そうに威張った真希が、エコバッグからエプロンを取り出す。


「はい、どーも。――っていうか、なんで俺が引っ越し作業中だって知ってるんだ? 俺、引っ越すこと誰にも言ってないんだけど」

「え……、あ、それはあれよ。近所の噂って奴よ」

「近所?」


 この家は、一番近い家までニ百メートルは離れている丘の上の一軒家だ。

 書道家だった祖父が拘りまくった離れ屋つき平屋の和風建築で、強い季節風を避ける為の防風林で背後を守られるように囲まれ、さらにわが家が建つ丘の周囲は田んぼや畑に囲まれている。一見して、陸の孤島風なのだ。

 遠くから家の灯りを見ることはできるだろうが、一時的な帰省か、本格的な引っ越しかなんて、判断できないような気がするのだが……。


「あーもう! そんなのどうだっていいでしょ。とにかく、片付けるわよ!」


 ほらほら早く早く! と、縁側から直接家に上がり込んできた真希に急かされて、引っ越しの片付け作業はぐんとスピードアップした。


「堅司も仕事が終わったら、引っ越し蕎麦持ってこっちに来るって。みんなで夕ご飯食べよ。あと、重い物とかあったら、堅司が来るまで置いとけばいいから」

「そっか、色々とありがとな」

「どういたしまして。この恩は、落ち着いてから勝矢の手料理で返してちょうだい」


 ふふんと、偉そうに真希が笑う。

 姉御肌な真希ともうひとりの幼馴染みである堅司には、子供の頃からずっと世話になりっぱなしで、同い年だというのに頭が上がらない関係だ。


 都会からこの地方都市に引っ越してきたばかりの頃の俺は、母親のスカートの影に隠れるような、そりゃもう臆病で気弱で泣き虫な子供だった。

 そんな弱っちい俺が、両親を同時に亡くした直後にどんな状態だったかなんて想像するまでもないだろう。

 ちょっとした風の音にびくつき、話しかけられれば怯えてぎゅっと目を閉じ、肩を叩かれただけでその場にしゃがみ込んでシクシク泣くような、そんなお恥ずかしい状態だったのだ。突然の両親の死と環境の変化に、神経がすり切れかかっていた。今となっては思い出したくもない黒歴史だ。

 さすがの祖父母も、そんな俺を扱いかねていたし、学校の教師達も同様だ。

 だが、真希は違った。


「私が校内を案内してあげるわ。放課後はここら辺で子供が安全に遊べる場所や、危ない場所を教えてあげるから感謝しなさいね。あんたの為になることなんだから、ちゃんと覚えなさい」


 子供の頃から偉そうだった真希は、しゃがんでシクシク泣く俺の手を無理矢理両手でつかんで、ずーるずーると引き摺りながらあちこち連れ歩いた。

 最初のうちは泣きながらただ引き摺られていたが、一週間経つ頃には泣きべそをかきながらもなんとか一緒に歩けるようになり、半月ほど経つと普通に手を繋いでおしゃべりしながら歩けるようになっていた。


 堅司ははじめて会ったとき、なぜか無理矢理、無表情で「やる」と俺の手に石を握らせてきた。

 なんで石? なんのために? 新たなイジメ? なにかのおまじない? とびびった俺が、うえっと泣き出すと、向こうもびっくりしたのか走って逃げていった。

 臆病な俺は、握らされた石のごつごつした感触でさえ怖かったが、なぜ渡されたのかもわからない石を手放すことはもっと怖かった。まあ、ぶっちゃけ、呪われるんじゃないかと思ったのだ。根拠はない。臆病な子供の考えることなんてそんなもんだ。

 えぐえぐと泣きながら家に帰って、祖父母に石を握ったままの手を見せながら今日あったことを報告すると、「大丈夫、呪われたりせんよ」と祖父が笑って請け負ってくれた。


「その子は多分わしの友達の孫だ。この前会ったとき、お前のことを話して、よろしくしてやってくれと頼んでおいたのさ。だからきっとその手の中の石は挨拶代わりの贈り物だろう」


 大丈夫だからと祖父に促され、恐る恐る手を開くと、そこには真っ黒で艶々した石があった。

 黒くて呪われそうでちょっと怖かったが(もちろん根拠はない)、それでも子供心に綺麗な石だと思った。


――あの子は自分の宝物を僕にくれたのかもしれない。


 そう考えた俺は、翌日、堅司にお礼を言った。


「持ってると元気になる石だ」


 だからずっと持っていろと言われて、真剣に頷いた。

 良くも悪くも、俺はおまじないの類いに弱い子供だったのだ。

 堅司の言葉を素直に信じた俺は、祖父に頼んで石をキーホルダーにしてもらって、ずっと身につけていた。後に壊れて、ナッチに修理してもらったのだが、そのときナッチに「この石、ブラックオニキスっていうんだよ」と教えられた。

 いわゆるパワーストーンの一種で、魔除けと、持ち主の意志を強くする効果があるらしい。

 堅司は本当のことを言ってたんだなと十年越しで感謝したものだ。


 どうしようもなく臆病で気弱で泣き虫だった俺だが、真希と堅司のお陰でなんとか地元のこども達にも受け入れられ、なかなか楽しい子供時代を過ごせた。

 大学進学で俺が上京した後もふたりは地元に残り、ごく自然につき合うようになったとかで二十三歳で授かり婚して、今では二児の子持ちだ。


「堅司といっしょに、一石(いっこく)(りん)ちゃんも来るのか?」

「あの子達はお祖父ちゃん達に預けてあるわ。どれぐらい散らかってるかわからなかったしね」


 散らかってるところに子供を連れてくると、片付かないどころか逆に倍散らかるのだそうだ。

 片付いたら連れてくると言ったので、こども達の好きなお菓子を作って待っていると約束した。

 一石には何度か会ったが、鈴ちゃんは写真でしか見たことがないから会うのが楽しみだ。


「で、なんでいきなり戻ってきたの? 夏美ちゃんが側にいなくて寂しくなっちゃった?」

「……ナッチとは別れた」


 厳重に梱包していた食器類を取り出しながら、真希が嫌なことを聞いてくる。

 俺は渋々ながらも本当のことを白状した。


「ちょっ、なに馬鹿なことしてんの。どうせあんたが、遠距離恋愛が寂しいからって短気起こしたんでしょ」

「違う。遠距離になる前に別れたんだ」

「ってことは二年前? なんで教えてくれなかったのよ!」

「いや、だってさぁ……」


 長期休暇になるとナッチと一緒に帰省したりもしていたので、真希達もナッチのことはよく知っている。

 ナッチカッチと呼び合う俺達は、よくバカップルと笑われてた。捨てられただなんて、みっともなくて言えるわけがない。

 それに、ちょうどその頃、鈴ちゃんを妊娠したばかりだった真希は体調を崩し入院していたのだ。母胎と赤ちゃんを守るために、ちょっとの刺激だって与えたくなかった。


「夏美ちゃん、インスタグラムでは特に変化なかったから安心してたのに……」

「あいつ、元気にやってる?」

「そうね。……見てないの?」

「なんか、ストーカーみたいで気が引けて見れなくてさ」

「相変わらず小心者ね」


 ナッチは以前からウェブで情報を発信していたが、それはあくまでも彫刻家としての活動の一環だったから、恋人である俺のことにはまったく触れていなかった。

 だから、俺が白状しなければ別れたこともばれないだろうと思って今までずっと黙っていたし、ナッチのことを聞かれるのが怖くてここ最近は帰省もしていなかった。


「だったら、なんで急に帰って来たの? 寂しがり屋のあんたのことだから、てっきりひとりが嫌で戻ってきたんだろうと思ったのに、二年も前からひとりだったなんて……」

「……いや、ひとりじゃなかったけど」

「夏美ちゃんのあとにも彼女いたんだ」

「ああ。……彼女って言うか、その……美人局に引っかかった?……みたいな感じなんだけどさ」


 大人になった俺は、子供の頃から考えると信じられないぐらい図太く成長した。

 が、小学校時代に築いた人間関係に係わると、昔の臆病な子供の顔がどうしても出てくる。

 まあ、ぶっちゃけ、姉御肌の真希に叱られるのが怖くて、ついついビクビクしてしまうのだが。


「美人局ですって?!」

「ちょ、待って、真希。その皿、ボーナスで買った一点物! 俺が持ってる皿で一番高い奴だから勘弁して」


 きっと目をつり上げた真希の手が皿を持ったままブルブルと怒りで震えている。

 俺は慌てて大切な皿を確保してから、怒りに震える真希に八つ当たりされる前にと、そっと食器類を遠ざけた。


「いいから、詳しく話しなさい!!」 

「……はい」


 淋しさのあまりに犯した失敗なんて、できれば知られたくない。

 知られれば間違いなく叱られるだろう。

 それに情に厚い真希は、俺のために心を痛めてくれるはずだ。

 それが一番嫌なのだが、これは避けては通れない道だった。

 昔からそうなのだが、真希にはなぜか隠し事は通じない。

 その場では適当に誤魔化せても、どうしたわけか後々必ずばれて、なんで隠すのだと叱られるのが常だった。

 やらかしたことで叱られて、隠したことで叱られて。二度叱られるぐらいなら、ここで白状しておいたほうがマシだ。


「あー、でもさ。できれば、あんま怒らずに聞いて欲しいんだけど?」

「内容によるわね」


 それでも渋る俺を、さっさと言えと真希が促す。

 俺はほんのちょっとでも真希がクールダウンするよう、冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して勧めながら、できればもう二度と触れたくなかった失敗を、もう一度最初から思い出していた。


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