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家の改築と慌ただしい日々


 祖父が建てた家を一部とはいえ改築するにあたって、真っ先に大さんに報告した。

 大さんは俺がこの家で暮らした日々よりずっと長くこの家で暮らしてきたし、俺にとっての大さんはペットではなく家族のようなもの。報告するのは当たり前だ。


「堅司が、祖父ちゃんが建てた家に下手な大工は入れたくないって言ってくれて、腕の良い大工さんを紹介してもらることになったんだ。大工さんが入るのは、祖母ちゃんの書斎とその隣の部屋だ。この二部屋を繋げて、新しくフローリングの部屋にして俺の仕事場にする予定なんだ。それと、一応家全体をチェックしてもらって、補修が必要なところには手を入れてもらうから。その間、大さん隠れていられるか?」

「なー」


 大丈夫だよと、大さんがふっさふさのしましま尻尾をばっさばっさと振る。

 ちゃんと前足を揃えて座って話を聞いてくれているものだから、つられて俺まで正座だ。

 短い時間だったのに、しっかり足が痺れた。情けない。




     ◇  ◆  ◇




「いや~、さすがに惚れ惚れする造りですな。この屋敷は、うちの先々代の仕事だったんですよ。建材も時間も贅沢に使わせてもらって、良い仕事ができたとよく言っとりました」


 堅司が紹介してくれたのは、県庁所在地で工務店を経営している人だった。

 代々大工の家系だとかで、ハウスメーカー系の仕事ではなく、建築主の趣味満載の凝った屋敷や、古い建築物の移築や補修などを専門に行っているとかで、喜んで家の改築を引き受けてくれた。


「この家で暮らして、なにかおかしなことはなかったですかね?」

「特にはなにも。お陰様で、暮らしやすくていい家だと思います」

「そうですか。それなら先々代も安堵していることでしょうな」


 改築内容の確認、使用する建材や工期など、諸々相談して契約を交わした。

 後は大工さん任せで俺のすることはないなとほっとしていたら、竜也から仕事をはじめる上で最低限必要だと思われる機材に関する大量のカタログが送られてきた。

 どのメーカーのどの機種を選ぶか、そしてこれらの機材を購入するかそれともレンタルか。

 決定しなければならないことが山ほどある。

 うんざりしながらそれらの問題をひとつひとつ片付けていると、竜也本人が襲撃してきて、さあ会社を作るっすよと法務局などの役所関係に引っ張り回された。

 会社立ち上げに関するあれこれで、俺はもうすっかりぐったりだ。


「ひとりだったら、絶対に途中で投げ出してた」


 会社立ち上げの手順などを調べるのは全て竜也任せだったし、東京の拠点選びも竜也に任せっきりだ。

 給料を払うと言っているのだが、仕事を始められるまではいらないと、食費や交通費等の経費しか受け取ってもらえない。その分、とりあえず初任給に色をつけるつもりでいる。……が、その前に、竜也が奥さんに叱られなきゃいいけど。





 そんなこんなも一段落つき、家の改築が終わって機材の運び込みがはじまるまではとりあえず暇になったかなと思っていたら、今度は真希が襲撃してきた。


「会社はじめるまでは暇なんでしょ? ちょっと幼稚園に絵を描きに行ってよ」

「……俺の絵は商品だ。有料だぞ」

「タッくんからは無料でどうぞって言われてるわよ」

「タッくんって、竜也か?」

「そうよ。先に相談しといたの。あんたを暇にしておくとまたネガティブなことを考え出すから、暇潰しにちょうどいいって言ってたわよ」


 竜也め、後で覚えてろよ。


 真希の話によると、大規模マンションの住人が増えたことによって、地元の幼稚園関係もこども達の受け入れ数を増やす努力をしているんだそうだ。

 一石が通っている幼稚園も頑張っていて、施設を増築して受け入れ人数を増やしたそうなのだが。


「建物はできたけど、幼稚園らしい飾り付けがまだなのよね。あそこの幼稚園の跡継ぎのお嫁さんって、私の大学時代の後輩なのよ。聞いてみたら、業者に頼む余裕がないんだって。そこであんたの出番よ。こども達が喜ぶような壁絵を幼稚園の外壁に描いて欲しいの。二カ所ね」

「壁に絵なんて、描いたことないんだけど……」

「そこら辺のノウハウは幼稚園の先生で知ってる人がいるから大丈夫。最悪、下絵さえ描いてもらえれば、塗るのは先生達でやるからって言われてるし。動物とか花とか魚とか、こども達が好きそうなモチーフでちゃっちゃと描いちゃってよ。あんた、そういうの好きでしょ?」


 まあ、ぶっちゃけその手のイラスト描きは大好きだ。

 ひとりで全部やらされるのなら断るところだが、手伝ってくれる人達がいるのならなんとかなるだろう。


「やってもいいが、まるっきりただってわけにはいかないぞ。ただならうちもって、次から次に頼まれても困るしさ」

「将来あんたに子供ができたら、優先的にあそこに受け入れてもらうってことでどう? あそこ、マンションできてからけっこう倍率高いのよ。それに、あんたに口を利いたことで、家の鈴もきっと優遇してもらえるし」


 結婚相手もいないのに、子供の話をされてもなぁ。

 なにかもの悲しい気分になったが、可愛い鈴ちゃんの為なら、まあいいか。


 そんなこんなで引き受けてしまった壁絵描きは、思いがけず楽しいものになった。

 実際に幼稚園に行って、絵を描き込むことになる壁を見せてもらってサイズを計り、園長先生の希望を聞いた上で下絵を何枚か描いて選んでもらった。

 その結果、道路側の壁には動物たちと花や木々をモチーフにしたもの、中庭には魚と虹をモチーフにしたものを描くことになった。


 こども達がいない土曜日に俺がひとりで壁に下絵を描き、日曜日には有志の先生方や保護者達が集まった。

 もちろん、真希や堅司もいる。

 けっこうな人数が集まり、それぞれが持参した脚立や筆を使ってわいわいと賑やかに色を塗っていく。

 そのお陰で俺は監督役をこなすだけでよかった。

 現場監督としてあれこれ口出しをしていると、何度か保護者達に声をかけられた。


「久しぶり、帰って来たって本当だったんだな」

「東京で泣かされてきたんじゃないか?」

「勝矢くん、相変わらず絵が上手ねぇ。羨ましいわ」


 子供をこの幼稚園に通わせている、地元に残った同級生達だ。

 みんな結婚して子供を作って、地に足をつけて暮らしている。

 そんな彼らを見ていると、東京でなにもかも無くして逃げ帰ってきた我が身がちょっと情けなくなった。


 っていうか、みんな結婚するの早いよ!

 東京だと、まだ結婚してない奴のが多い年代なんだぞ!

 俺だけが独り身なわけじゃないんだからな!


 なんて負け惜しみを心の中で叫んでむせび泣きつつ、顔に笑顔を貼り付ける俺。惨めなり。


「やっぱ、地元民ばっかりだと、保護者会の集いも和気あいあいとしたもんだな。向こうの知り合いは、この手の作業とか嫌がってたけど」

「そうでもないわよ。特に今日は、強制じゃなくてこの手のことが好きな人達だけが集まってるし……」


 途中、さぼりたいのか近寄ってきた真希に話しかけると、真希は肩をすくめてみせた。


「新しい住人の中にはけっこう困った人もいるのよね」

「困ったって、どんな風に?」

「お迎えの時間になっても迎えに来ないとか、着替えを用意してくれないとか、まあ色々ね。幼稚園の方で善意で対応してくれてるみたいだけど、中にはそれに甘えて余計に酷くなる人もいるんだって」


 連絡をしても迎えに来ずけっきょく泊まりになったりとか、汚れた服を幼稚園側の予備の服で着替えさせたらそれを返してくれなくなったりとか。


「それに、児相に連絡したほうがよさそうな案件もあるの」


 噂で聞いたんだけどね、と珍しく真希が暗い声になる。




 ギフト持ちの俺の幼馴染み達。

 ふたりは、普通の人間には見えないものを見て、感じないものを感じることができる。

 そのせいで、噂でしか語られないことの真実を知ることもあるのかもしれない。

 でも、知ったからといって、なにかができるわけじゃない。


 ふたりが見て、感じるものは、普通の人には見えないし、感じないものなのだから。


 そんなあやふやなものを理由に他人のプライバシーに踏み込めば、頭がおかしいんじゃないのと断罪され、法に訴えられるのは彼らのほうだ。

 田舎の狭いコミュニティーで暮らし、子供を育てていく以上、そんな危険はおかせないだろう。


 真希の暗い声に、俺はそんなことを思った。


 そこんとこ、どうなんだ? と聞いたところで、生意気言ってるんじゃないわよと真希に怒られそうなので黙っていたが……。




「……いろんな人がいるんだな」

「本当にね。身近な人だったら声をかけたり手を差し伸べることもできるけど、たまに見かける程度の人だと、さすがになにもできないし……。――だからね。せめて環境から明るくしていければいいなって思ったの」

「それで、これか?」


 俺は壁絵を指差した。


「そうよ。朝一番に、明るい壁絵が目に入ったら、ちょっとは気分も上向きになるでしょ?」

「そうだな。そうなればいいな」

「当然そうなるわよ。勝矢の絵は、本人と違ってとっても可愛いからね」

「そりゃどうも。――真希はいい奴だな」


 当たり前でしょと、真希は偉そうに威張った。




 昼休憩を挟んで作業は順調に進み、後片づけも含めて午後四時には終了した。

 まあ、ちょこちょこはみ出したり滲んだりしてる部分もあるが、保護者の手作り感が出ていて微笑ましいばかりだ。


 現場監督の俺が作業終了を宣言すると、あちこちからお疲れ様でしたの声と拍手の音がした。

 みんなが満足げに出来上がった壁絵を見ている。

 明日、こども達がこの絵を見てどんな顔をするか、想像しただけでなんだか楽しい気分になる。

 こっそり見に来ようかな。

 その場合、不審者だと通報されないよう、あらかじめ先生達に連絡したほうがいいかもしれない。


 これから何年かの間、俺の絵がこども達の目を楽しませることになる。

 この喜びはプライスレスだ。

 引き受けてよかったと思えることが嬉しい。


「みなさん、慰労会を兼ねて簡単な軽食を用意したので、よければ少し休んで行ってください」


 幼稚園の園長先生に誘われるまま集会室に行くと、テーブルの上にはオードブルや菓子類、ビール等のドリンク類が並べられていた。

 基本立食で、座りたい人は自分でパイプ椅子を持ってくるという方式らしい。

 この手の集まりの際にはお決まりの行事なのか、保護者達はそれぞれ親しい者同士が集まって、さっそく賑やかに飲食しはじめた。


「やった! ビールもある。堅司はお茶でいいわよね?」

「ああ」


 さすが真希。有無を言わさず運転手を旦那である堅司に押しつけやがった。

 大人しく従う堅司は、決して尻に敷かれてるわけじゃない。俺の親友は優しいだけだ! ……と思う。

 

「勝矢はどうする?」

「俺、車だし」

「じゃ、お茶ね」


 はい、と手渡されたペットボトルには、小さなビニール袋がキャップに引っかけられていた。

 たぶん、なにかのキャンペーンのグッズなんだろう。

 キャップを開ける前に邪魔なそれを取って、とりあえず袋を開けて中身を見てみる。


 中から出てきたのは、猫のストラップ。

 サバトラ柄の猫が釘バットを持っていた。

 物騒だし、目つきも悪いが、愛嬌があってなかなか可愛い猫だ。だけど……。


「……なんでこれが、ここにあるんだ?」


 この猫には、物凄く見覚えがある。


 混乱した俺は、手の中の猫をぼけっと眺めていた。


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