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暴走する後輩と親友の助言 下

「大さん、先輩のことは頼みましたよ。――じゃ、先輩。また来るんで、ハンコの準備しとくっすよ」

「なー」

「……うぅ」


 翌日、大さんのブラッシングを楽しげにした後で、竜也は元気に帰っていった。

 俺はといえば、二日酔いでダウンだ。

 なんとか起き出してきたが、飯の支度もできずに客である竜也に面倒を見てもらう始末。

 飲んだ量は俺の方が少なかったのに……。うぅ。




 昼すぎになってやっと酒が抜けてきて、大さんと一緒に風呂に入って酒臭さを完全に洗い流した。

 さっぱりしたところで、急に昨夜の竜也の話が気になってくる。


 あいつ、俺を社長にして会社立ち上げるって言ってたよな。

 社長さんって柄じゃないんだけどなぁ。


 なにか凄く大それたことをはじめようとしているような気がして、どんどん怖じ気づいてきた。

 そもそも、小心者で臆病な俺に社長業なんて無理だ。

 俺はスマホを手に取り、竜也に電話をかけた。


「あのさぁ、竜也。昨夜の話だけど、もうちょっと考えてからにしないか?」

『え? なんすか? 聞こえないんすけど……。あれ~、なんか電波が悪いみたいっすねー』


 わざとらしい小芝居の後、ブツッと通話を切られた。かけ直したが、シカトされて出てもらえない。

 どんどん不安になってきて、ジッとしていられない。誰かに愚痴りがてら相談したかった。

 大さんがしゃべれたら最高なのに。


「大さん、実は日本語がしゃべれたりしないか?」

「……うなー」


 大さんの尻尾はだらんと垂れ下がったままだ。

 これは、無茶言うなよと困ってる感じだな。残念。


 さて、では誰に愚痴りがてら相談するか。

 真希だと愚痴った瞬間に馬鹿ねと上から目線で威張られてダメージくらいそうだし、源爺や美代さん達だと面白がられて、若いうちになんでもやってみろと、強引に背中を押し出されそうな気がして怖い。

 となると、選択肢はひとつ。堅司しかない。

 堅司は口数も少ないし、どちらかと言えば慎重派だ。

 それにいずれは石屋の身代を受け継いで社長になる身だから、社長業に怖じ気づく俺の気持ちをわかってくれるかもしれない。

 今のこの不安を共感してもらえるだけでも、随分と気が楽になるに違いない。

 俺はさっそく堅司に連絡を取った。




     ◇  ◆  ◇




 半透明の紫色の石を曲玉の形に研磨していた堅司は、俺が作業場に顔を出すと機械を止めた。


「仕事中に悪いな」

「いや。もう仕事は終いだ。これは趣味」

「それも『いい石』か?」

「ああ。美代祖母ちゃんに頼まれてな。――珈琲でいいか?」


 作業場の隅の応接セットのあるスペースに移動して、堅司は珈琲をドリップ式で丁寧に淹れてくれた。

 俺が自分で淹れるより断然美味い! これからもちょくちょくお邪魔しよう。


 珈琲を飲みながら、昨夜の話を愚痴りつつ相談した。

 堅司は短く相づちを打ちながら、俺の話を真剣に聞いてくれる。

 俺は調子に乗って、色んなことを愚痴った。

 俺をはめた佐倉や京香のこと、会社を辞めるまでに物凄く屈辱的な扱いを受けたこと、竜也がクビになるに至った会社の現状。あれやこれや愚痴りまくった。あー、すっきり。

 その後、やっと相談事に至る。


「でさぁ、小心者で臆病な俺には、社長なんて向いてないと思うんだよ。だろ?」

「向いてるかどうかなら、向いてないだろうな」


 さっくりと同意された。……なんだろう。これはこれで胸に刺さるな。さっくり。


「だが、やってみたいと思ってるんだろう?」

「は? なんで? 俺の話、聞いてた?」

「ああ。やってみたいが、小心者で臆病……だったか? だから、社長をやる自信がないと言ってるように聞こえたが」


 違うのか? と問われて、言葉に詰まる。

 そうだったっけ? 自信があったら、やりたいと思ってるんだろうか?


「気づいてなかったのか……」


 堅司が呆れた顔をした。

 昔はもっと無表情だったのに、子供ができてから随分と表情豊かになったなぁ。


「そもそもお前は、自分が嫌だと思うことには絶対に頷かない」

「そっかあ? 昔から真希にどつかれて、イヤイヤ頷かされてばっかりな気がするけど」

「真希のあれは、自信の無さから怖じ気づくお前の背中を押してるだけだ。本気で嫌なときのおまえは、泣いてしゃがみ込んでテコでも動かなかっただろう? 周りがどんなに怒っても心配しても泣き止まなかった。俺はお前ほど頑固な奴を他に知らないぞ」

「……あー、いや、それは子供の頃の話で……」

「泣かなくなってからは、ふいっと逃げるようになったな。それがわかってるから、真希だって、おまえが本気で嫌がっているときは深追いしないんじゃないか?」

「そうだったっけ?」


 言われて思い返してみるが、なかなか思いつかない。いつもやいのやいの言われて、俺がやり込められて終わってるような気がするんだが……。

 そんな気持ちが顔に出ていたんだろう。堅司はしょうがない奴だと言わんばかりに苦笑した。


「お前がはめられて会社を辞めさせられた件、俺達が怒ってないと思ってるのか?」

「へ?」

「本当なら、お前をはめた女の音声データを奪い取って会社に送りつけるなり、ネットに流すなりして、その女と佐倉を社会的に抹殺してやりたいところだ。それをせずに我慢してるのは、お前がそれを本気で望んでいないからだ」

「あー、そうだったんだ」

「そうだ。それに、時期を見て反撃する気もあるようだからってのもあるがな。それと、夏美ちゃんの件もそうなんだぞ」

「え?」

「本当は今すぐ追いかけろと言いたいところだ。話し合いも喧嘩もせずに別れただなんて、普通ありえないからな。なにか互いに行き違いがあっただけなんじゃないかと俺は思ってる。……だが、それを言って追い詰めるとまたどこかに逃げて行きそうだから我慢してるんだ」

「またって、いつ俺が逃げたよ」

「ここに逃げ帰ってきたんだろう? なにもかも嫌になって……。一からやりなおすだなんて、後付けで考えついただけなんじゃないのか?」



――さっくり。



 普段あまりしゃべらない奴の言葉は重くて鋭い。さっくりと胸に刺さる。

 東京での暮らしの基盤を全て失ったから、こっちでやり直そうと田舎に帰ってきたつもりだった。

 逃げ帰ったつもりはなかったが、思いがけない指摘に狼狽えてしまうのは図星だったからか。


 まあ確かに、引っ越しのときの荷造りの早さは、我ながら目を見張るものがあったな。その分、荷解きには時間がかかったけど……。

 ああ、そっか。ただ逃げ出したかっただけだから、そういうことになったのか。納得した。


「自覚があってやってるんだと思ってたが、その顔だと本当に気づいてなかったんだな」

「……だな」

「しょうがない奴だ。――おかわりいるか?」

「くれ」


 俺は大人しく珈琲カップを差し出した。

 堅司はお湯を沸かして、じっくりと丁寧に珈琲を淹れてくれた。


「なあ、勝矢。ここからだけは逃げないでくれ」


 おかわりの珈琲と一緒に、そんな言葉も渡された。


 ここ。

 俺が育った場所。

 両親と祖父母が眠る墓と、幼馴染みとその家族、そして大さんがいる場所。

 ここから逃げたら、俺は本当にひとりになってしまう。


「あー、逃げない……ように頑張る」


 今まで自分にそんな悪癖があると自覚してなかっただけに、逃げないとは断言できない。

 でも、自覚したんだから、追い詰められて逃げる前に、とりあえず脇道にそれる努力ぐらいはできるはずだ。


「そうか。頑張れ。手伝えることがあるならなんでもするから」

「ども」

「じゃあ、問題を整理するか」

「問題って、なんだっけ?」

「社長になる自信がないなら、その原因をはっきりさせて、ひとつづつ潰さないといけないだろう?」

「あれ? そんな話だったっけ? 社長に向いてないんだから、やらなきゃいいだけの話じゃないのか?」


 俺がそう言うと、堅司は呆れた顔になる。


「やりたい気持ちはあるんだろう? だから即決で断らずに、今ぐずぐず悩んでるんだ。俺は、その悩みを解決しようと言ってるんだ」

「……そっか」


 いや-、堅司がこんな理路整然と話す奴だとは知らなかった。

 無口だからって、なにも考えてないわけじゃない。いつも心の中では色々考えていたんだな。

 言葉も表情も豊かになったのは、やっぱり子供の存在が大きいんだろうか。

 子供に自分の気持ちを伝えるのに、表情と言葉は大事だもんな。

 親になる為に、色々と努力しているんだ。


「まず、仕事にやり甲斐を感じられるかどうかだ。向こうの会社では、やり甲斐を感じられなくなっていたんだろう?」

「あー、うん。それは大丈夫……だと思う。秋祭りで、色々作って楽しかったし……」


 そう、秋祭りの仕事は自分でも意外なほど楽しかった。

 東京での仕事となにが違うんだろうと考えてみたが、答えはあっさりと出た。

 チームで仕事するか、個人で仕事するかだ。


 チームのみんなでアイデアを出し合い、俺がそれをとりまとめて行く。チームとしての一体感や達成感があって、それはそれで楽しかった。

 だが俺には指導者としての適性がなかったようだ。

 だから、部下達を育てることに飽きてしまったんだと思う。そのせいで、チームでやる仕事にやり甲斐を感じなくなってしまっていたんだろう。

 元々俺がデザインの仕事を志すようになったのは、自分の作品を祖母に誉められたからだ。

 みんなで作り上げた作品じゃなく、自分ひとりの手でチマチマと作業して作り上げた作品を誰かに認めて欲しいし、喜んでもらいたかった。


 やたらと子供っぽくて恥ずかしいが、これが俺の本音だ。

 照れながら、そんな説明をすると、堅司は深く頷いた。


「なら、そこは問題ないな。じゃあ、次は資金面だな。――事務所は借りるのか?」

「あー、自宅で充分」

「そういえば、お前のところ、離れもあったな」

「離れは……やめとく。いちいち移動するの面倒だし。今つかってる祖母ちゃんの書斎と隣の空き部屋を繋げれば面積的には充分だし。あー、でも竜也が東京で仕事を取ってくるんなら、向こうにも事務所はいるな。ライトテーブルとそれなりのスペックの出力機とパソコンとカメラもいるか……。一からやるとなると、けっこう細々入り用だな。それに、こっちと向こうで同じものを用意したほうがいいだろうし……。でも、まあ、レンタルって手もあるし、資金的には大丈夫。俺、高給取りだったから、貯金けっこうあるんだ。両親の遺産には手を出さずになんとかなると思う」

「そうか。……出力機ってのは重量はどれぐらいだ。木造建築で支えられる程度か?」

「あー、その問題もあるか。長い目で見ると、床を補強しなきゃ駄目かも」

「だったら、俺が腕のいい大工を紹介する。あの家には下手な大工は入れたくない」

「さんきゅ。頼むよ」


 と言ったところで、はたと気づく。

 ここまで具体的な話をするとなると、俺が社長になるって決定してないか?

 俺が怪訝な顔をしたのに気づいた堅司が苦笑した。


「おまえは本当に往生際が悪いな」

「いや、だってさー」

「心配いらない。昨日のやりとりやさっき話を聞いた限りでは、竜也くんはおまえのことがよくわかってるようだ。それに、おまえの作品に惚れ込んでいるんだろう? おまえが作品作りに専念できるよう、表向きのことは彼がフォローしてくれるさ」

「だと良いけど……。――あ、昨日、あいつなんか匂った?」


 昨日から堅司が妙に竜也に好意的な態度を取っていることを思いだして聞いてみたら、予想どおり堅司は頷いた。


「そう強いものではなかったが……。今までの経験則から考えるに、たぶん彼は、誠実な性質を持ってると思う」

「誠実? あいつがぁ? あいつの態度って、なんかこうわざとらしくて、誠実とかイメージ合わないんだけど」

「性格と性質は違う。表面上の態度はともかくとして、根っこのところで信頼できる人間だと、俺が(・・)思うだけだ」

「堅司がそう思うのか……」


 だったら、信じても大丈夫そうだな。


「わかった。俺の不安と重責は半分あいつに持たせることにする。それでなんとかやってけるかもな」


 竜也にはこれから産まれてくる子供もいるのに、うまく行くかどうかもわからない会社をはじめてもいいのか? なんてこともけっこう不安だったのだ。

 が、そもそもの言い出しっぺは竜也だ。そこは自己責任ってことにしてもらおう。

 万が一のことがあっても、あいつが新しい仕事を見つけるまで援助することだってできるんだから。


「そうしてもらえ。それと、これからは、ひとりで逃げ出す前に俺か真希か、とにかく信用できる誰かに相談しろ。みんなで考えれば逃げるよりマシな方法が見つかるかもしれないからな」


 わかったか? と、堅司がぶっとい腕を組んで、ちょっと高圧的な口調で聞いてくる。

 あれ? もしかして俺、いま怒られてる? って勘違いするぐらいの勢いだ。


 これも子育てしているうちに得た技のひとつなんだろうか?

 子供がこれをやられたら、怖くて逆らう気力も起きずに、はいと素直に頷くことしかできないだろう。

 まあ、子供でなくても負けるけどな。


「……善処します」


 そして俺は、マッチョな親友の本気の威圧に屈したのだった。


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