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暴走する後輩と親友の助言 上


 大さんと竜也が衝撃の対面を果たした後、俺達は神社から貰ってきた漬け物と日本酒でまったり飲みはじめた。

 もちろん、大さんの酒のつまみは和菓子だ。今もお土産に貰ってきた好物の餡子の団子を一個ずつ美味しそうに食べている。


「背中にチャックはついてないみたいっすね」


 そんな大さんをじっくりと観察して竜也が言った。


「チャック?」

「前に先輩がこんな猫種を見たことないかって、あれこれ話してくれたっしょ? あれって、大さんのことっすよね? 確か、あんとき、小型の宇宙人が入ってるんじゃないっすかって、答えたような気がするんすけど」

「ああ、そういやそんなこともあったな」


 大さんのことは秘密だったから、世間話のついでにさりげなく聞いたつもりだった。まさか、覚えていたとは……。


「おまえ、記憶力いいなぁ」

「先輩の言ったことなら大抵覚えてるっす」

「それ、キモイって……。あ、そういや、泊まりってことは有給取ってきたのか?」

「いえ。違うっすよ。いま俺、無職っすから」

「マジか? なんでまた」

「先輩のいない会社にいてもつまらないっすから」

「そんな理由で会社辞めるなよ~」


 思わず俺は頭を抱えた。

 そんなことを言われたら、ちょっとだけだけど責任感じるじゃないか。調子に乗るから絶対に言わないが。


「先輩が辞めてから、あの会社マジでつまらなくなったんすよ」


 竜也が言うには、俺が突然会社を辞めた後、俺が率いていたチームはバラバラに解体されてしまったのだそうだ。

 抱えていた仕事のこともあるし、サブリーダーである竜也がトップに立つ形で継続されるだろうと思っていたから、これにはちょっと驚いた。


「うちの稼ぎ頭の佐倉さんの腰巾着で、笠原ってのがいるんすけど、覚えてます?」

「なんとな~くなら覚えてる」

「あいつが、新しくチームリーダになったんすよ」


 笠原が新しく立ち上げたチームに、他のチームからそれぞれ中堅処を引き抜き、その抜けた穴にかつて俺のチームに所属していた人材は使われた。

 俺が抱えていた仕事はそのまま笠原が引き継ぐことになったが、その仕事がうまく回らなかったのだと竜也が愚痴る。


「そこそこ評価の高い中堅処ばっかりひっぱってきただけじゃチームは成り立たないっすよ。みんなそれなりにプライドあるから意見がぶつかってばっかで、誰も譲らないし」


 リーダーである笠原は突出した才能がないことで皆に舐められ、チームの潤滑剤になってくれるようなアシスタント役に回ってくれる者やムードメーカーもいない。ぎすぎすして、仕事がうまく回らずに客先からも色々と苦情が来るようになってしまった。


「……おまえはどこのチームに回されたんだ?」

「笠原のとこっす。でも、仕事はさせてもらえなかったっすよ。最初から窓際扱いで。苦情も言ったけど、鼻で笑われたっす。この扱いが嫌なら、会社を辞めて、独立した先輩に面倒見てもらえばいいだろうって。なので辞めました」

「辞めましたって……」


 あまりのことに、俺は言葉に詰まってしまった。

 笠原が佐倉の腰巾着なら、竜也は俺の腰巾着だ。だからこそ、こんな目にあったんだろう。


 たぶん笠原は佐倉から、俺が辞めることになった事情を聞いているはずだ。

 女を使って俺をはめたことまで聞いたかどうかはわからないが、俺がセクハラ(冤罪だけど)で辞めされられたことは確実に聞いているに違いない。もちろん、独立するために会社を辞めたのだというのが、対外的な影響を考慮しての嘘だということも知っているはずだ。

 その上で竜也に、会社を辞めて、独立した俺に面倒をみてもらえばいいと言ったのだから酷い。

 俺は独立なんてしてない。竜也の受け入れ先はないのだから……。


「あ、気にしないでください。俺、元々辞める気だったんす。先輩が会社を立ち上げたら、どんな手を使ってでも絶対に雇ってもらうつもりだったんで」


 竜也が、へらっとわざとらしい顔で笑う。

 いや、気にするから!


「あー、その、あのな、竜也」

「なんすか?」

「まず最初に謝っとく。悪かった。ごめん」


 頭を下げると、らしくないっすよと竜也に笑われた。


「俺が勝手にやっただけなんすから、先輩は気にしなくていいっす」

「いや、気にする。お前にだけは本当のことを言っとくべきだった」


 こいつのこれまでの言動と性格を思えば、こうして後を追いかけてくる可能性があるってことぐらいわかっていたはずだ。

 会社を辞める際、自分のことでいっぱいいっぱいだったせいで竜也を気遣う余裕がなかったことが悔やまれる。

 確かあのときは、落ち着いたらこっちから連絡するから、なんて適当なことを言ってはぐらかしたような気がするし。


 反省した俺は、会社を辞めることになった本当の理由を竜也に打ち明けた。

 もちろん、それが冤罪だったことも。


「……先輩って、ほんっと馬鹿っすね。ナッチ先輩と別れたとか言いだしたときも馬鹿だと思ったっすけど、この件に関してはもっと馬鹿っすよ」


 馬鹿の極みっす、と竜也にビシッと指をさされた。


 ……会う人ごとに馬鹿馬鹿言われるのにも、なんか馴れてきたぞ。


「なんで俺にひとこと言ってくれなかったんすか。俺なら、先輩がクビになる前になんとかしてやれたかもしれないのに……。そもそも先輩は、根回しとか腹芸とか、その手の交渉事は全般的に苦手でしょ? 自覚してくださいよ。一人で立ち向かおうとする前に、ちょっとは周りを頼ることも考えるべきっす」

「……頼ったからって、どうにもなんなかったと思うぞ」

「なるっす。今からでもなんとかできるっす。――先輩は、こんなことで終わっていい人じゃないです」


 珍しく、竜也が真面目な顔になる。


「その嘘つき女がしゃべってる証拠のデータ、俺に渡してください。すんなり会社に戻れるよう、段取り付けてきます」

「あー、あのな竜也。もういいんだ」

「よくないです!」

「良いんだよ。俺はもうあの会社で仕事したくない」


 辞める前から仕事に対するやり甲斐を見失っていたが、それだけじゃない。

 辞める際のやり取りで切り捨てられる側に立ってしまったことで、会社に対する信頼みたいなものを無くしてしまった。


「あの会社から、俺の作品を発表したいとは思えないんだ」


 素直な気持ちをつげると、竜也は一瞬ムッとしたような顔になり、やがて脱力して、深く溜め息をついた。


「汚名返上したくないんすか?」

「それは、今すぐじゃなくていい。佐倉の奥さんの出産が済んで落ち着いた後だ」

「……わかったっす。先輩がそうしたいんなら仕方ないっす。でも、そのときが来たら、俺にちゃんと言うっすよ。とことんとっちめてやるっすから」

「あーはいはい。わかったよ」


 いつの間にか空になっていたグラスに日本酒を注ごうとしたが、止められた。

 我慢してやったんだから、とっておきのウヰスキーを出せと脅されて、仕方なく秘蔵のコレクションの封を切った。


「もう東京では仕事しないんすか?」

「あー、そうだな。こっちで、大さんと一緒にまったり生きていくつもりだ」

「なー」


 よしよしと撫でごたえのある大きな頭を撫でると、大さんは嬉しそうに目を細めた。


「わかったっす。それならそれで、やりようもあるっす。じゃあ先輩、さっそく俺を先輩の会社に雇うっす」

「はあ? 雇うって言われても、俺、会社なんて立ち上げてないんだけど」

「嘘ばっかり。このゆるキャラ、デザインしたの先輩っすよね?」


 竜也はリリーベルちゃんが描かれたTシャツの胸を軽く叩いた。


「駅に貼られてあるポスターや配られてる祭りのチラシも先輩の仕事っすよね? 一目でわかったっすよ」

「……わかるなよ」


 ポスターやチラシは、去年までのデータや見本を元に作り上げたのに、なぜ俺がつくったとわかったんだ?

 無くて七癖ってやつで、なにか特徴でもあるのか?


「確かにリリーベルちゃんをデザインしたのは俺だし、ポスターやチラシも手がけたけどな。会社は立ち上げてない。バイトみたいなもんだ。バイト代は、手書きの商品券だ。凄いだろう」

「手書きっすか……。それは渋いっすね。でも、つまりはここでも需要はあるってことっすよね? 会社やりましょ」

「やらないよ。……ちょっと考えてみたこともあるが、けっきょくやめた。地元の印刷業者から仕事奪いたくないからな」


 基本的に生活には困ってない俺が、とりあえず仕事するかと軽い気持ちで引き受けたから、秋祭り関係の仕事は手書きの商品券というイレギュラーな報酬形態で、本当にバイト代程度しか貰わずにすませてしまった。

 そんな風に、あまり報酬を重視していない俺が仕事に参入すれば、狭いコミュニティーの中で細々と営業している会社にとって大打撃になるのは間違いない。

 それは軽い気持ちでやっていいことじゃない。


「わかったっす。地元の仕事じゃなきゃいいんすね? 俺が東京で営業して仕事取ってくるんで、先輩はここで作業するっす」

「は?」

「俺も実はできれば東京から離れたくなかったんで、ちょうどいいっす。これがこれなんで」


 竜也は、小指を立ててから膨らんだお腹をさする、という使い古されたジェスチャーをしてみせた。


「え、香耶ちゃん妊娠中?」

「えへへ~。俺も一児の父になるっすよ」

「入籍は?」

「とっくに終えてるっす。籍だけ入れたんすよ。――ちょうど、先輩がナッチ先輩と別れたとか馬鹿なことを言い出した頃だったんで言えなかったんすけど」


 それはそれは、お気遣いありがとう!


「そっか。おめでとう。遅ればせながら、そのうち結婚祝いを贈るから」

「そのうちじゃ無く、今ください。ちなみに、結婚祝いは就職先っすよ。先輩が社長、俺は社員。ふたり仲良く頑張るっす」

「……いや、頑張らないから」

「佐倉の奥さんの赤ちゃんには気遣いしてるのに、俺の奥さんの赤ちゃんには気遣いしてくれないっすか? 産まれたときにパパが無職だなんて、俺の赤ちゃん可哀想……」


 うううっと、竜也がわざとらしく泣き真似をする。


 うるさいと一蹴したいところだが、妊娠中の香耶ちゃんやお腹の赤ちゃんのことを思うと、ぐぬぬっとなってためらってしまう。ぐぬぬ。


「新しい会社を立ち上げるだなんて、香耶ちゃんが聞いたら不安がるんじゃないか?」

「大丈夫っすよ。家の奥さんなら、むしろ燃えるっす」

「ああ、そういやそうだったっけ」


 竜也の奥さんである香耶ちゃんも、俺の大学の後輩だ。

 子供の頃に吃音癖があったとかで、口数が少なく引っ込み思案な印象を抱いていたが、竜也に言わせると違うらしい。

 内弁慶なだけで、実際は暑苦しい体育会系なのだとか……。

 そういう性格なら、事情を知ったら、負けちゃ駄目ですよと応援しそうだ。


「……俺が会社立ち上げたって、そうそう仕事取れないだろ?」

「大丈夫っすよ。俺、前の会社のクライアントから、直接声をかけられてるっすから。先輩が会社立ち上げたら、そっちに仕事頼むからって」


 笠原がリーダーになってからの仕事のやり方に、クライアント達はもううんざりしているらしい。

 喜んで俺に仕事を頼むはずだと、竜也は言うが……。


「俺が仕事を盗ろうとしてると知ったら、前の会社が俺の解雇理由を公表して引き止めにかかると思うぞ」


 セクハラ(冤罪だけどっ!)で解雇された男に仕事を頼みたいとは思う会社があるとは思えない。


「大丈夫っす。そこら辺は、俺が上手くやるっすよ。先輩と違って、根回しは得意っすから」


 大船に乗ったつもりで任せるっす、と竜也が胸を叩く。


「大船ねぇ」


 逆に大海をさまよう小舟のような気持ちになった俺は、大さんの背中を何度も撫でてなんとか気持ちを落ち着かせようとしていた。


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