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秋祭りと匂い消しと元部下 上


 秋祭り当日は朝から上天気だった。

 御神輿出発の祭事は十時から行われるから、真希からは人が集まりはじめる前、九時までには神社に来るようにと言われていた。

 九月末なので半袖一枚では朝晩は涼しい。

 俺は、真希に押しつけられたリリーベルちゃんが描かれた(っていうか、俺が描いたんだけど)可愛いTシャツの胸元を隠すように、ラフなジャケットを羽織って家を出た。

 

「今日のバイト代として、御神酒と作爺の和菓子たっぷり貰ってくるから。大さん、夜まで留守番よろしくな。行ってきます」

「なー」


 大さんは玄関先でふっさふさのしましま尻尾を振って見送ってくれた。

 俺が大さんを普通の猫じゃないと認めることができてから、大さんの食生活はずいぶんと変わった。

 俺とほぼ同じ食生活なのは今まで通りだが、以前は大さんの健康を考えて控えめに与えていた甘味類や日本酒を遠慮なく大盤振る舞いするようになっている。

 それとは逆に、俺が家を留守にする間の大さんの食事を用意するのを止めた。用意しようとすると、大さん自身がそれはもう必要ないんだよと言わんばかりに、「うなー」と鳴いて料理の邪魔をするようになったからだ。

 本当にいらないのかと何度も確認したが、その度に大さんは「なー」と鳴いて、ふっさふさのしましま尻尾をばっさばっさと振る。

 俺と一緒のときはつき合いで食事をとるが、そうでなければ必要ない。たぶん、大さんにとって食事や甘味は嗜好品みたいなもので、必ず必要なものじゃないんだろうと、納得することにした。

 というか、納得せざるを得なかった。


 俺が大さんを普通の猫じゃ無いと認めたあの日から、大さんはトイレに行かなくなったので……。


 たぶんこれまでは、俺が疑問に思わないよう、トイレに行く振りをしていたんじゃないかと思う。

 大さんにその手の知恵を授けたのは、たぶん祖父母だろう。

 やたらと神経質で小心者の孫の不安を極力煽らないよう、普通に食事して排泄する生き物のふりをするよう大さんに頼んだんじゃないかと……。

 祖父ちゃん、祖母ちゃん。手間のかかる孫でごめん。





     ◇  ◆  ◇





 秋祭り当日、地元の住人達は神社に参拝にくる。

 長い参道をえっちらおっちら歩いて昇ってくる人もいれば、車でさっくり神社の駐車場まで上がる人もいる。

 俺も車で行きたいところだが、手伝いの分際でさほど広くない駐車場の一画を占拠するわけにはいかないから、真希があらかじめ頼んでおいてくれた近所の家に車を停めさせてもらい、そこから徒歩でえっちらおっちら参道を歩いて神社に向かった。

 お陰で汗ばむぐらいに暑くなって、ジャケットを脱いでしまった。秋祭りのユニフォームに半袖のTシャツを選ぶなんて馬鹿じゃないかと、真希に言ってやろうと思っていたのに……。残念。


 境内に張られた簡易テントまで辿り着く。

 テント内では、折りたたみ式の長テーブルが並べられ、その上には大型のウォータージャグが四つ並んでいる。

 中身は例年通りだと、参拝に来た人のための振る舞い酒と子供むけのジュースに麦茶、それとホットの玄米茶ってところだろう。これは、徒歩で昇ってきた人達の水分補給も兼ねている。もちろん、酒を振る舞うときには、車を運転してきていないかの確認もする。


「勝矢、おはよー。時間通りね」

「おう、手伝いにきてやったぞ」


 近所の年寄り達が朝早くからお参りに来るとかで、今日ばかりは朝七時には社殿や社務所を開けている。真希と堅司もその頃からここに待機していたはずだ。

 ふたりとも、準備に動き回っていたからか、ユニフォームのTシャツ姿だ。

 真希はともかく、日々肉体労働にいそしむマッチョ系の堅司が、可愛らしいゆるキャラが描かれたTシャツを着ている姿はなかなかにミスマッチだ。これで、あのぶっとい腕に鈴ちゃんを抱っこでもしていたら、逆に微笑ましいのに。


「一石と鈴ちゃんは?」

「神事の最中に騒がれるとまずいから置いてきたわ。お祖母ちゃん達が商店街のほうに遊びにつれて行ってくれるって言ってたし」


 それは残念。一石と遊ぶふりして仕事をサボりたかったのに。

 その後、バイトの高校生男子ふたりに紹介してもらってから、ウォータージャグの前に立つ。高校生ふたりが参拝客の案内や呼び込み、俺は紙コップに飲み物を注いで渡す係だ。年上なので有無を言わさず楽なほうを選ばせてもらった。若者よ働け。手伝いの俺と違って、君達はバイト代だって出るんだからな。


 出発の祭事が近づくと、参拝客も続々集まってくる。

 朝のこの時間帯と、午後に御神輿が戻り、それに伴ってこども達の舞が奉納される時間帯が一番忙しい。

 しばらく慌ただしい時間を過ごしたが、御神輿が出発してしばらくすると、境内に留まっていた人々も自然に捌けていく。

 境内を駆け回っていた高校生達にもジュースを渡して一息つかせた。

 その際に聞いたところによると、どうやら彼らの彼女達も社務所内で巫女のバイトをしているらしい。リア充ども、爆発しろ。

 俺が高校生のときなんて、そんなうわっついた話は一切なかったのにと愚痴ったら、


「あんたは小学生の頃からそりゃもう酷い泣き虫だって有名だったからね。つき合いたいなんて思う女の子がいるわけないでしょ」


 自業自得だと真希に言われた。ホントのことだけにダメージがハンパない。


 巫女といえば、真希も独身時代は社務所内で巫女をやっていた。

 巫女の仕事は、お札やお守りを売ったり、初穂料を持って来てくれた人に御神酒と饅頭を渡したりすることだ。高校生から二十歳ぐらいまでの独身の女の子がバイトとして入ってくれている。

 巫女装束は伝統的な白衣に緋袴で、これを着ると二割増しで綺麗に見えると女子に人気のバイトになっている。そんな女の子目当てで男の子達も社務所に買い物にやってくるので、神社としては有り難い話らしい。

 ちなみに、独身時代の真希はけっこう人気があって、真希の前の行列だけ妙に長かったりした。

 結婚して巫女を退いたときには、ファン達が泣いて惜しんでくれた。……と、真希が自分で言っていた。ホントかよ。


 交代で昼休憩を取った。

 参拝客は混雑するほどではないものの、途絶えることなくやってくる。

 

「以前より、参拝客多くなってないか?」

「新しく増えた住人達が、こういう古くからの祭事を面白がってけっこう来てくれてるみたいだな」


 参道にテキ屋が並んでいるのもいいらしい。こども達を遊ばせがてら、ここまで足を運んでくれるのだと堅司が教えてくれた。


「ふうん。神社なんて、時代と共に廃れて行くものだと思ってたけどな」

「昔と違って熱心にお参りする人は少なくなったようだが、気軽な観光スポットみたいな感じに立ち寄る人の数はかなり増えたようだ」

「観光地ねぇ。そんなんでいいのか?」

「いいんだ。この神社に来くれば、ちょっとした匂いは取れるからな」

「……匂い?」


 ふたりして玄米茶を飲みつつ、世間話をしていたつもりがなにやらおかしな話になってきた。 


「あー、それって、もしかして、石と同じ?」

「ああ」


 怖々聞くと、堅司は参拝客を眺めながら頷く。


「呪われてる人がわかるとか?」

「呪われているというか、酷く恨まれてる人ならわかるな」


 生きている人からの妬みや嫉妬、逆恨み等を身に纏っている人は臭いのだと、堅司が言う。

 そして、その手の臭いは、軽いものなら神域を訪れることで払うことができるらしい。


「並外れて性根が歪んでいる人や善良な人なんかもわかる」

「へえ。……知り合う前に相手のことがわかるんなら、人づきあいが楽でいいな。ヤな奴とは最初から友達にならなきゃいいんだしさ」

「そんなに簡単なもんじゃない」


 本来の性質と表面上の性格が極端に違う人もけっこういるから、戸惑うことも多いのだと堅司が苦笑する。

 性根が歪んでいても表面上は普通にしている人も多いから、下手に避けたりするとやぶ蛇になって、逆に寄ってこられることもあるらしい。


「人の匂いもわかることは真希にしか言ってないから、黙っててくれな」

「わかった」


 普段から堅司の言葉数が少ないのには、そこら辺の事情が絡んでいたのかもしれない。

 人の性根の善悪が匂いでわかるなんてことが知られたら、確かにちょっと大変だ。

 そもそも、誰だってある程度は裏表があるはずだ。……っていうか、あるよな? 顔で笑ってても、心の中でぶつくさ文句言ってたりするよな? 俺だけじゃないよな?


 とにかく、まあ、腹の中と表の顔が違うことを、他人には知られたくないと思う人が殆どだろう。

 それがわかる人がいたら、俺だったらきっとその人を避けてしまうような気がする。

 あ、堅司のことは避けないけどな。子供の頃からの親友で情けないところも全部知られてるから、今さらだし。


 取引相手の性根を知ろうと利用したがる人もいそうだ。

 逆に、邪魔だと思われて危険な目にあう可能性だってある。

 たとえば詐欺師だったら、堅司みたいなギフト持ちを天敵だと思うに違いない。


 色々考えてたら、怖くなってきた。

 

「絶対に、誰にも言わないからな」


 もう一度しっかり誓ったら、堅司は嬉しそうに頷いた。


 今このタイミングでこの話をしたのは、ここ最近の俺が色々なことを知ったと真希から聞いたからだろう。

 今の俺になら、もう話しても大丈夫だと判断してくれたのだ。

 まあ、今までの俺が情けなさすぎたせいで、これまで話したくても話せずにいたんだろうけど。……どうもすみません。


 真希にしか言わずにいたことを話してもらえたのは、堅司から俺への信頼の証だ。

 それが凄く嬉しい。


 幼馴染みとの友情を確認し、ひとりにんまりしていた俺は、参拝客が歩み寄ってくるのに気づくのが遅れた。


「あ、すみません。日本酒、ジュース、麦茶に、温かい玄米茶がありますよ。なにがいいです……か?」


 慌てて立ち上がり、目の前に立つ参拝客の顔を見て思わずフリーズする。

 参拝客は、そんな俺を見て、にっこりとわざとらしい笑みを浮かべた。


「カッチ先輩、俺、来ちゃった♪」

「今すぐ帰れっ!!」

「参拝客になにいってんのよ!」


 条件反射で怒鳴ってしまった俺は、背後から真希に頭をはたかれた。


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