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大さんは泣き虫に寄りそう 下

「『心残り』が見えるんだよな?」

「本物の幽霊だって見えるわよ。あんたが怖がるから今まで言わなかったけど」


 真希があっさりと怖いことを言う。


「『心残り』も幽霊も、見えて楽しいものじゃないけどね」

「……真希でも怖い?」

「あたりまえでしょ。こっちが見えてるってわかると、寄ってきて脅かしてくる奴もいるし、しつこくつきまとわれたりもするし……。そもそも、幽霊って陰気だったり高圧的だったりすることが多いのよね。もううんざり」


 明るくて陽気な幽霊につきまとわれたら、それはそれで厄介だと思うぞ。


 今まで黙っていた反動からか、真希はべらべらと怖い体験談を語り出した。

 授業中に机の中から顔がぬうっと出てきたとか、夜ふと目覚めたら添い寝されてて、にったりと微笑みかけられたとか、うっかり目が合った幽霊にずっと目の前をうろつかれて困ったとか。


「こんな風にあんたと向き合って話してるときに、幽霊が私達の間に挟まって邪魔されてたときもあったのよ」

「……俺の顔が見えないままで話してたってことか?」

「幽霊は透けて見えるからね。あんたとダブって見えてたわよ」

「うわあ」


 正直、物凄く怖い。全身鳥肌ものだ。子供時代の俺だったら、もう勘弁してと、頭を抱えてうずくまりシクシク泣いていたところだ。

 今だって、できれば耳を塞いで逃げ出したい。が、さすがにこの歳になってそんな真似は恥ずかしいから我慢した。

 っていうか、今まで真希は、実際にこんな怖い目に遭い続けてきたんだ。話を聞いているだけの俺が、この場から、いや話をしてくれている真希から逃げるだなんて、そんな薄情な真似ができるはずがない。


「『心残り』は怖くないんだろう?」

「……人についてる『心残り』はね。……でも、あれは悲しいものが多いから、やっぱり見たいものじゃないわ」


 残していく愛する者に対する死の間際の強い感情こそが『心残り』だというのなら、やはり明るい感情であることは少ないんだろう。

 ただ、幸せになって欲しいと願うようなものならともかく、残していく者を心配する気持ちが強く出てしまった場合の『心残り』達がどんな表情をしているか想像するのは簡単だ。


「俺の両親なんか、特に酷かったんじゃないか?」

「そうね。あんたが泣く度にふたりともオロオロして辛そうで悲しそうで、見てらんなかったわ」

「俺に手を差し伸べるきっかけは、俺の両親の『心残り』?」

「まあね。ちゃんとあんたのご両親の『心残り』が安心して消えていくところも、あんたの代わりに見届けてあげたわよ。感謝しなさい」

「そっか。……ありがとな」


 ふふんと偉そうに、真希が威張る。

 今回ばかりは、威張って当然だと思えた。

 両親の『心残り』が、最後に安らいだ状態だったと聞いてほっとしたし。

 俺だけじゃなく、真希もほっとしたように見える。真希は、ずっと両親の『心残り』の最後の瞬間のことを俺に伝えたかったのかもしれない。俺が尋常じゃなく怖がりだったから、今までその機会がなかっただけで。……すみませんね、小心者で。


「そうそう。私の泣き虫が治ったのって、あんたのお陰なのよ」

「俺、なんかしたっけ?」

「私が泣くより先にシクシク泣いてたわ。目の前で先に泣かれちゃうと不思議と涙が引っ込んじゃうものなのよ。それに、後先考えずに泣いちゃうと、どんだけ周りが迷惑するかもあんたを見てて学んだわ。どうもありがとね」

「……どういたしまして」


 お礼を言われても、これっぽっちも嬉しくない。


「あー、あのさ。幽霊に悪さとかされないのか?」

「よっぽどのことがない限りは大丈夫よ。生きてる人間のほうが強いものだし」

「美代さんもそんなこと言ってたな」

「でしょ? たまに現世に影響を与えるぐらい強い奴もいるけど、そういうのはお祖母ちゃんの伝手で、本職の人が来てくれたから大丈夫だったし。それに、今はこれもあるからね」


 真希は手首にはまった天然石のブレスレットを掲げて見せた。


「パワーストーン?」

「堅司が言うところの『いい石』よ」

「もしかして、堅司の手作り?」

「そ。私と特に相性のいい石を探して作ってくれたの。これを身につけるようになってから、近くに寄ってこられることがなくなったのよ」


 凄いでしょと、真希が得意そうに微笑む。


 幼馴染みのふたりがつき合っていると知ったとき、少しの淋しさと、なんでこのふたりがそんな関係になったんだろうという疑問を抱いたものだ。

 田舎故、他に相手がいなかったのかもしれないと、今から思うと随分と失礼なことを考えていたが、やっとその理由の一端が見えたような気がした。


 俺が知らされていなかった、ふたりのギフト。

 ふたりは、俺の知らないところで、ギフトを持って産まれたせいで生じる苦しみや悩みをずっと共有し合ってきたんだろう。

 寄り添い合うようになるのも当然だったんだ。


「それ、鈴ちゃんにも?」

「もちろん身につけさせてるわ。でも、見えるのはどうしようもないから……。悪いのに出くわしちゃうと、怖がって泣いちゃうのよね」

「……可哀想だな」


 避けようがない事態だけに、泣かされる本人も慰めることしかできない家族も、みんな可哀想だ。


「一石もね、鈴が可哀想だって言って、鈴の為に『いい石』を探してるみたいよ。ほら、この前きたとき、あんたのお守りの石を欲しがってたでしょ?」

「ああ、あれ、鈴ちゃんの為だったのか」

「そうよ。あ、でもだからって鈴にあげちゃ駄目よ。あれは、あんたと特に相性がいい石なんだから」

「そっか。――なあ、神社にいれば、そういうの寄ってこないんじゃないのか?」

「逆よ。むしろ癒されたくて寄ってくるみたい」

「そうなのか? なんかこう、結界? みたいなので弾きそうなもんなのに……」

「弾かずに受け入れちゃうのよね。まあ、あそこで悪さはできないみたいだけど」


 そういや、堅司がいうところの『臭い石』も境内に運び込めるんだったっけ。

 日本の神さまっていうか、あの神社の神さまって随分と鷹揚なんだな。


「その点、この家は助かるのよね」

「なにが?」

「この家っていうか、ここの敷地って、悪いのが入ってこられないみたいなの。だから私みたいなのも安心していられるのよ」

「え? マジか?」


 そんなの初耳だ。

 もし知ってたら、子供の頃、家の中の薄暗がりを怖がらずに済んだのに……。



「もしかして、あの土地神様の祠のお陰とか?」

「さあ? お祖母ちゃんに聞いてもとぼけられて教えてもらえないのよね。私は、ずっと大さんが守ってくれてるんだと思ってたけど」

「大さん、凄いな!」

「……」


 思わず興奮して大さんを見ると、大さんは鈴ちゃんを起こさないようにか、声を出さすに口だけ動かして返事をして、ふっさふさのしましま尻尾を小さく揺らした。


「大さんにくっついてると、不思議と気持ちが落ち着くし安心するのよね。あんたがこの家に引き取られるまでは、私も鈴みたいに大さんに慰めてもらってたもんよ」

「俺が来たせいで遠慮させちゃたか」

「違うわよ。慰めてもらわなくても大丈夫になっただけ。それに、昔のあんたって、やることなすことおかしくって、よく笑わせてもらってたから慰めてもらう必要なんて無くなっちゃったし」

「……俺、そんなに変なことしてたっけ?」

「してたわよ。天井の隅でなにか動いたとか、庭で黒い影が見えたとか、葉っぱが変なふうに揺れたとか言っちゃあ、布団に潜り込んでシクシク泣いてたじゃない。ここには悪いものも怖いものも、な~んにもいないし、大さんだって側にいてくれたのにね。見えてる私からしたら、もうおっかしくておっかしくて、ホント笑いを堪えるのが大変だったわ」


 とうとう堪えきれなくなったのか、真希は、くっくっくと思い出し笑いをする。


「……俺、道化だったのか」

 

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。


 周囲の大人達はきっとみんな知ってたんだろう。

 教えてくれればいいのにと思わないでもないが、もし教えてもらったとしても、あの当時の俺では理解できたかどうか。

 っていうか、あの頃の俺は尋常じゃない怖がりだったから、家の中には怖いものがいないのなら、もう外には出ないと引きこもってしまったかもしれない。

 いや、きっと間違いなく引きこもってしまったに違いない。

 それを恐れて、祖父母も内緒にしていたのかも……。


「は、恥ずい」


 臆病な小心者故にやらかしてきた子供時代のあれやこれやが、今になってとてつもなく恥ずかしい。

 羞恥心から真っ赤になった俺は、久しぶりに頭を抱えて丸くなった。

 ……さすがにシクシク泣いたりはしなかったけどな!

 

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