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大さんは泣き虫に寄りそう 上


 商店街で頼まれた仕事をすべて終わらせてほっとしていたら、これもお願いできないかと追加の仕事を頼まれた。

 秋祭りの一週間前から配布しはじめる、催し物のタイムスケジュール等が記載されたチラシだ。

 いつもは、POP書きが得意な商店主が手書きでちまちま作ってから大量にコピーしていたようなのだが、さすがに面倒になったのだろう。この機会を逃がさず、きっちり俺に押しつけてくださいました。どうもありがとう!


 実際、手書きでちまちま書くより、俺が作った方が早いし楽だし綺麗だろう。

 こうなると、これからは確実に毎年同じ作業を頼まれることになる。諦めた俺は、来年からも手直しして同じデータを使えるよう、仕事部屋にしている和室でパソコンに向かって基本のスタイルを作りはじめた。

 その作業に熱中していると、ふと表のほうで車のエンジン音がする。

 誰が来たんだろうと縁側に向かうと、大きな紙袋とバッグを両腕に引っかけた上で、鈴ちゃんを抱っこしている真希が姿を現した。

 その姿に、母親って体力勝負なんだなと思う。


「勝矢、いま暇?」

「そういう質問にはまずスマホを使え。来てから聞いたって意味ないだろ?」


 暇じゃ無いといっても、自分の用事につき合わせる気満々のくせに。


「秋祭りのチラシを作ってたとこだ。今日中とかの仕事じゃない。で、今日はなんの用?」

「ちょっと頼み事があってね。その前に……。――大さ~ん」

「……なー」


 仕事部屋の俺の足元で昼寝していた大さんが、眠そうにちょっとよたよたしながら姿を現す。


「お願い。この子の相手してくれないかな?」

「なー」


 大さんはふっさふさのしましま尻尾をばっさばっさと振って、茶の間に寝そべった。


「ほぉら、鈴。おっきい猫の大さんよ。鈴と遊んでくれるって」

「……にゃーにゃ?」


 真希の胸にべったり顔を付けたままじっとしていた鈴ちゃんが、揺さぶられてそっと顔を上げた。

 どうやら長いこと泣いていたみたいで、目元と鼻が見事に赤くなっていて痛々しいぐらいだ。


「にゃーにゃ、にゃーにゃ」


 そっと縁側に降ろされた鈴ちゃんは、よろよろと大さんの元に歩いていって、大さんのモフモフした毛皮に思いっきり全身でダイブする。

 もっふもふの毛皮に顔を埋めて、居心地が良いようしばらくもぞもぞしてから、小さな手で大さんの毛をぎゅっと握った。

 大さんは怒るでなく、大人しく鈴ちゃんを受けとめて、ジッとしている。


 う、うらやましい。俺もあの小さなサイズになって大さんを全身でもふもふしたい。

 それにしても、鈴ちゃんと大さん、セットで可愛いなぁ。

 思わず写メを撮ると、ほぼ同時に真希もシャッターを切っていた。


「……その写真、インスタグラムにアップするなよ」

「なんでよ。別にいいでしょ」

「よくない。大さんを全世界に配信するつもりか」

「あ」


 それはまずいと、真希も納得してくれたようだ。

 スマホをバッグにしまうと、勝手に縁側から茶の間に上がってくる。


「珈琲。ホットで」

「……わかった。鈴ちゃんはあのままでいいのか? タオルケットでもかけとこうか?」

「そうね。お願い。……よかった。やっと寝てくれたみたい」


 俺が日々シャンプーしてブラッシングも欠かさない大さんの上等な毛皮に、鈴ちゃんは一瞬で落とされたようだ。

 大さんの毛をぎゅっと握っていた小さな手が、すっかり緩んでいる。


 鈴ちゃんを起こさないよう、そっとタオルケットを掛けてやってから、台所で珈琲を淹れてカップを手に茶の間に戻る。

 珈琲を飲んでまったりしつつ、大さんにもっふり埋もれた鈴ちゃんの寝姿をひとしきり愛でてから用件を聞いた。


「で、頼みってなに?」

「ああ、そうそう。これなんだけどね」


 真希は紙袋を引き寄せて、中から白いTシャツと十二色セットのペンを取りだした。


「これ、布用のペンなの。これでTシャツにリリーベルちゃん描いて。秋祭りで使うから」


 秋祭りのとき、真希は実家の神社で、参拝に来る人達への振る舞い酒やジュースを配る手伝いをする予定なのだそうだ。そのときにスタッフのみんなが着るTシャツに、この度めでたくリリーベル商店街のゆるキャラとして発表されたリリーベルちゃんを描いて、スタッフの目印にするつもりなのだとか。


「……描いてって。……いくら出す?」

「あんた、この私から金を取ろうっていうの?」

「労働には対価が必要だろ」


 俺の姉貴分を自認する真希に高圧的な態度で言われて一瞬びびったが、俺は負けずに言い返した。


「それもそうね。だったら、実家のお祖父ちゃんの和菓子を月一で貢いでやるわ。どう? ありがたいでしょ?」

「それ、作爺からだだで貰うつもりだろ?」

「神社の仕事で使うんだから問題ないでしょ? それに、商店街の仕事だって、手書きの商品券で引き受けたって聞いてるわよ。まさか、この私にだけ金を払えとは言わないわよね?」

「わかったよ。描きます。描きゃいいんだろ。和菓子は餡子系でよろしく。大さんの好物なんだ」


 はい、負けました。下克上ならず。子供時代からの力関係はなかなか根深いものがあるな。


「何枚描けばいいんだ?」

「私と堅司とあんたと高校生がふたりで五枚ね。予備も二枚ほど買ってあるからよろしく」

「……俺の分もあるのか」

「当然、手伝うでしょ?」


 高圧的な口調に、俺は戦いを放棄した。

 はいはい、手伝えばいいんでしょ。手伝いますよ。

 子供の頃から、ずっとこんな風に脅されて手伝わされてきたんだった。しくしくしく。


 はじめて見る布用のペンとやらを手に取り、近くにあった手ぬぐいに試し書きしてから、さっそく予備のTシャツにリリーベルちゃんを描き込んでいく。


「布がよれないように、そっち押さえてくれ」

「え、直接描いちゃうの?」

「うん。この程度なら楽勝。理事長に頼まれて、リリーベルちゃん山ほど描いたばっかりだから馴れてるし」


 黒のペンで、Tシャツの左胸に十五センチぐらいのオーソドックスなパターンのリリーベルちゃんを描いてみる。

 思ったより描き心地は悪くない。


「あ、色を塗るのは黒が乾いてからの方が良いと思う」

「そっか。じゃあ、とりあえず他のを描くか」


 ちょっと拗ねた顔や悪戯っぽい笑顔、全部に違う表情のリリーベルちゃんを描いてみた。


「相変わらず上手ね。なんで男のくせにこんなに可愛い絵が描けるのかしら」

「日本全国の男の絵描きに同じこと聞いてこい」

「はいはい。――そういえば、お祖母ちゃんに大さんのこと聞いたんでしょ? 正体わかった?」


 俺の苦情をさらりと受け流した真希が身を乗り出して聞いてくる。


「正確な正体はわからないって。家の祖父ちゃんが真実を隠したまま死んだみたいでさ。……家の土地神様関係のなにからしいけど。付喪神がどうとかも言ってたな。最終的に、俺の守り神ってことで落ち着いた」


 どや顔で宣言したら、呆れた顔をされた。


「馬鹿ね。それ、お祖母ちゃんにはぐらかされたのよ。笑顔でのらりくらりと誤魔化すのが得意なんだから」

「う~ん、はぐらかしてるようには見えなかったぞ」

「そう? ……ああ、でも、そっか。色々言えないこともあるから……」

「なにが?」

「なんでもないの。ほら、手が止まってるわよ」


 さくさく描きなさいと命令されて、はいはいと大人しく条件反射で従ってしまう我が身が悲しい。パブロフの犬状態だ。


 しばらく無言で作業を続けていると、「……あーちゃ」と鈴ちゃんの小さな声がした。


「起きた?」

「ううん。寝言。お祖母ちゃんと遊んでる夢でも見てるんでしょ」

「そっか。……鈴ちゃん、目元真っ赤だったな。冷やしたほうがよくないか? 濡れたタオル用意しようか」

「ありがと。でも大丈夫よ。いつものことだし」

「鈴ちゃん、泣き虫さんだったか」

「そうよ。昔のあんたと一緒。……お母さんに言わせると、昔の私にそっくりだって話だけどね」

「昔の? 真希が泣いてるところなんて見たことないな」


 記憶の中の真希は、大抵威張ってるか、怒ってるかのどっちかだ。


「あんたに会う前の話。しょっちゅう泣いて、お祖母ちゃんに慰められてたわ。たまに、あんな風に大さんにも慰めてもらったわね」


 真希が懐かしそうに、鈴ちゃんと大さんを見つめた。


「意外だな。真希も泣き虫だったのか」

「そうよ。でも仕方ないでしょ。あのお祖母ちゃんだって、子供の頃はよく泣いてたって言ってたし」

「美代さんも?」

「ええ。これのせいで、見たくもないものが見えるんだもの。ある程度、成長して受け流せるようになるまではしょうがないことなの。――私達のギフトの話、お祖母ちゃんに聞いたんでしょ?」


 真希が自分の目を指差す。


 あ、これ怖い系の話だ。

 その瞬間、俺の背筋を、ぞわぞわっと怖気が這い上がっていった。


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