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ぶらぶら散歩で新しい仕事 下

「祭りまでもう一ヶ月切ってますよ? これ、去年のポスターですけど」

「そうなんですよ。色々あって、準備が遅れてしまいましてな」


 目の前にあるのは、去年の秋祭りのポスターだ。

 俺が子供の頃は、商店街主催で小中学生相手に秋祭りのポスターのコンクールを開き、優秀な作品を使っていた。が、昨今のこども達は、ろくな景品もないコンクールには見向きもしないらしい。

 仕方なく、ここ数年はパソコン作業が得意な子にバイト扱いでポスター制作を依頼していたが、その子も今年は進学で地元を出て行ってしまったのだとか。


「基本になるデータがあるから、おじさん達でもなんとかなるよと気軽に言われたんですが……。これが、なかなか訳がわからず……」


 理事長は、封筒の中から物凄く癒そうにUSBメモリーを指先でつまんで取り出した。

 帳簿付けなどで日々パソコンを使っていても、デザイン系のデータを使ったことはないらしい。そもそも、ファイルを開こうにも、必要なソフトすらパソコンに入ってないのだろう。

 いっそのことプロに頼むかと調べてみたら、その料金は予算を超えていて、この赤字分を誰がどうやって補填するかと頭を悩ませていたところに、ちょうど俺が帰ってきたという知らせが入ったのだと理事長が言う。


「勝矢さんは、確か子供の頃、何度か秋祭りのポスターを書いてくれたことがあったでしょう? 学校の行事のパンフレットなども作っていたと聞くし。それに、東京ではデザイン系の仕事をやっていたとか。ちょちょいのちょいとお願いできませんかね?」


 リアル揉み手で頼まれて、俺は苦笑するしかなかった。

 これまでの関係やこれからのつき合いを考えれば、これは断らないほうがいい頼みだ。

 引っ越し蕎麦を頼んだ日や今日の大量の差し入れも、このお願いの為だったのだろう。

 元データがあるなら、ちょちょいのちょいとやることは可能だし。ここはひとつ気楽に引き受けて、恩でも売っておくか。


「わかりました。今ちょうど暇だし、ちょちょいのちょいとやってみますよ」

「そうですか! 助かります! ありがとうございます! ――それでですね。もうひとつ、お願いがあるんですが」


 理事長が再び揉み手で頼んでくる。

 この流れで断れるわけもなく、俺は苦笑しつつ頷いた。




     ◇  ◆  ◇




 この秋祭り、元々は青年団が神輿を担いで町を巡った後で、手首や足首に鈴を付けたこども達が神社の境内で踊りを奉納するだけの、小さな神社にありがちな小規模な行事だったようだ。

 その当時は、初穂料を手に集まった人達に酒や料理を振る舞う程度だったのが、商店街や役所が関わるようになってから町ぐるみのお祭りになってしまったのだと聞いている。

 今では神輿行列は祭りの目玉として賑やかに練り歩くようになったし、こども達の踊りも境内だけじゃなく、駅前広場やアーケード街の中でも披露している。

 祭りの期間中、神社の参道や駅前にはテキ屋が並び、駅前の特設ステージでは近隣の学校の生徒達の合唱や吹奏楽、老人会の踊りや有志によるバンドなど、様々な催しものも企画されている。元々が人口の少ない地域なので、ステージ自体が小さく、見るのは身内や近所の人達ばかりというアットホームな催しだ。その分、観客との距離も近く、演者に対するかけ声も温かで、毎年これを楽しみにしている人達も多いらしい。

 地元民と新しく参入したマンションの住民達との祭りに対する温度差が気になるところだが、そこら辺は商店街のほうでお祭り限定商品を売り出したり、スタンプラリーをしたりと、色々工夫しているようで、楽しいイベントとして定着するよう頑張っている最中だという。




 さて、理事長の頼みは、ポスターやパンフレットに使う商店街のキャラクターをデザインすることだった。

 ブームはとっくに終わり、すっかり定着してしまっている『ゆるキャラ』という存在に、どうやら憬れがあるようだ。

 我がリリーベル商店街のゆるキャラを、この機会に是非デザインしてくださいと頼まれてしまった。


 リリーベル、つまりは、すずらん。


 かつて鈴蘭の形をした外灯が日本全国で流行った時期があったらしく、そのせいか、その外灯の形を由来とした『すずらん商店街』も全国至るところにある。

 故に、たぶん、すずらんを由来としたゆるキャラもきっと全国至るところにいるんだろう。

 うっかりどこかのゆるキャラと似たようなデザインをして、パクリだと疑われる可能性は……ないか。そもそも、こんな小さな商店街のゆるキャラが、この地域以外で注目されることなどないのだから。

 なので、適当に思いつくままデザインしてみることにした。


 家に帰り、設置して以来放置していたパソコンの電源を入れる。


 リリーベルという名の響きからして、やっぱり女の子のゆるキャラにすべきだろう。

 鈴蘭の葉の形をイメージした緑の髪のツインテールを、やはり鈴蘭の花をかたどった小さな髪飾りでくくる。緑色の立て襟のノースリーブブラウスに、鈴蘭の花をかたどったふんわりと丸く、そして裾をきゅっと絞った形の白いミニスカート。

 このイメージを、だいたい三頭身ぐらいの、シンプルなラインで構成されたイラストに落としていく。

 着色もべた塗りで、色数も少なめに。小さな子供が簡単に真似したり、塗り絵で遊べるようにとイメージして仕上げてみた。


「よし、こんな感じか」

「なー」


 プリントアウトしたイラストを眺めていると、足元で大さんの声がした。


「あっ、ごめん大さん。夕飯準備してなかったな」


 時計を見ると、もう八時過ぎ、いつもの夕食の時間をとっくに過ぎている。時計を見た途端、胃が空腹を訴えてぐーっと鳴った。

 謝る俺に、大さんは、いいんだよと言わんばかりに、ふっさふさのしましま尻尾をばっさばっさと振りながら、すりっとすりよってきた。



 百合庵の折り詰めと貰ってきた総菜類で夕食を済ませた後に、今度はポスターをつくってみる。

 去年までポスターを制作してくれていた子のデータを見てみたが、ちゃんと次に作る人のことを考えて、日付等や写真を入れ替えれば作れるようにしてあった。商店街のおじさん達に基本的な知識さえあれば、スムーズに引き継ぎできていたはずだ。残念。

 せっかくなので、そのデータを下敷きに、色々手を加えて作ってみる。

 文字は奇をてらわず、見やすさを優先する。特に日付と神輿が練り歩く時間帯に関しては、遠くからでも読みやすいよう、元データより大きめの文字にしてみた。ちょこちょこ文字や写真の配置や大きさを変えてバランスを整えた後、最後にゆるキャラのリリーベルちゃんをポスターの隅っこに配置して終わりだ。

 家にあるプリンターでは大判印刷はできないから、何枚かに分けてプリントアウトしたものを貼り合わせて見本にする。

 これを明日、商店街のおじさん達に見て貰ってOKが出たら、近場の出力センターで出力して貰うことになる。


「こういうの作るの久しぶりだなぁ」


 出来上がったポスターを眺めながら呟く。

 何人か部下を使うようになってからは、企画を進行したりアイデアを出すことはあっても、具体的な作業は部下達に任せるようになっていた。

 チームで力を合わせて完成させるのも楽しかったが、こうしてひとりで一から作り上げていったほうが達成感がある。


 子供の頃から、この手のことが大好きだった。

 好きになったきっかけは、たぶん祖父の仕事だ。

 学校や企業などに依頼された式次第やスローガン等を、祖父が毛筆で決まった大きさの紙にバランスよく書き込んでいくのを見ているのが楽しかった。

 最初から最後まで計算され尽くした文字列のバランスが綺麗だと思った。

 自分でも真似してみたが、どうしても祖父のように文字が綺麗に並ばない。仕方なく、文字の配列を計り、定規で線を引いてから文字を書き込んで、すっきりと収まるべき場所に収まった文字列に満足していたものだ。

 書いた文字の上手い下手には拘らず、文字の配置ばかりを気にする俺に、祖父が首を傾げていたのを覚えている。

 その後、小学校で描いた絵やポスターなどが何度か表彰され、その度にいつもは厳しい祖母から手放しで褒め称えられ、俺は調子に乗った。

 祖母に勧められるまま子供会主催の夏祭りのポスターを描き、それがまた誉められてもっと調子に乗った俺は、学校のちょっとした冊子を自らすすんで書くようになった。

 さすがに元教師だけあって、祖母はやる気をださせるのが上手かった。決して俺がちょろかったわけじゃない。……と思う。


――好きこそものの上手なれ、だな。将来は、そっちに道のすすむのも有りかもしれないね。


 祖父にそう言われて、じゃあそうしようとデザイン関係の仕事を目指すようになった。……あれ? ちょろいんじゃなく、単純だったのか?


「とにかく仕事は楽しくないとな」


 会社勤めをしていた最後の頃は、やり甲斐を感じなくなってしまっていたが、この数時間はけっこう楽しかった。

 時間を忘れて熱中できたのは、本当に久しぶりだ。


「ここでデザイン会社を立ち上げるって手もあるか。――大さん、どう思う?」

「……なー」


 作業中、ずっと俺の足元で丸くなって寝ていた大さんは、急に話しかけられて目をしょぼしょぼさせながら、ふっさふっさのしましま尻尾をゆ~らゆ~らと振る。


 うん、これは俺の質問ちゃんと聞いてない。適当に返事しただけだな。


 この数日で、大さんがなに言ってるかけっこうわかるようになってきたような気がする。

 いいことだ。




 翌日、商店街の集会場所になっているという百合庵にまた顔を出して、リリーベルちゃんとポスターの見本を見てもらった。


「おおっ、これはいい」

「可愛いですねぇ。孫が喜びそうだ」


 両方とも一発OKの修正なし。

 特にリリーベルちゃんは好評で、今後も商店街のあれこれに使いたいからと、表情やポーズを変えて何パターンか描いて欲しいと頼まれた。


「ポスターのほうはバイト代程度ですが、こちらのリリーベルちゃんのほうはそれなりのお礼を考えていますので。いや、可愛いキャラクターをありがとうございます」


 特に礼はいらないと断ったのだが、この先も長く使えるものだからと押し切られた。

 お礼の中身は次の商店会主達の会議で決めるそうだ。




「たぶん、店ごとに手書きの商品券になると思うぞ。うちの商店街、アーケードの補修をやったばっかりで貧乏だからな」


 帰り際、百合庵の信さんがこっそり教えてくれた。


「それでいいよ。これからはなるべくこっちで買い物するつもりだから使えるし」

「そりゃよかった。――ああ、そうだ。今度、毛筆で家のメニューも書いてくれよ。ちゃんとバイト代出すから」

「いいけど……。でも、信さんも祖父ちゃんから書道習ってただろ。自分で書いたら?」

「いやいや。なかなか満足いく字が書けないんだ。自分で書くとどうしても不揃いなところが気になって、メニュー見る度に嫌な気分になるし」

「あー、信さん完璧主義者だもんな。――だったら、いっそのこと毛筆っぽいフォントを使う手もあるよ。活字なら、文字のばらつきもないしさ」

「おっ、そりゃいいな。今度見本見せてくれよ」

「了解。フォントも何種類かあるから、見比べてみて。それと、メニューの原稿も用意しといて」


 次に訪れる日を決めてから、百合庵を後にした。


 商店街の店にちょこちょと営業をかければ、この手の仕事を得ることは可能かもしれない。

 もっとも、安定した収入は見込めないし、お小遣い稼ぎ程度にしかならないだろうが。


「でもまあ、それもいいかな」


 ちゃんとした仕事を見つけるまでの、間に合わせの仕事としては悪くない。

 暇を持て余して、スマホゲームにはまるよりは建設的だ。

 営業をかけるとしたら、リリーベルちゃんやポスターがみんなの目に触れて、俺の仕事が周知されてからのほうがいいだろう。

 さて、どこの店にどんな仕事があるだろう?

 そんなことを考えながら、俺は商店街をぶらついた。


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