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神社からの眺めと優しい瞳 4

「私も知らないわ」


 あっさりとした美代さんの返事に、俺はガクッとなった。

 さっきの俺の覚悟を返してくれ。


「仕方ないでしょう。師匠は最後まで口を割らなかったんですもの。でもまあ、なんとなくならわかるわね」

「それでいいから教えて」

「あの家にある祠の土地神様の……眷属? いえ、守り神……かしら?」

「土地神さま関係のなにか、なのか。じゃあさ、家の土地神様って、なんて名前の神さまなんだ?」


 何気なく聞いたら、美代さんはピタッと固まった。

 ん? この反応、少し前にも見たぞ。


「と、土地神様は土地神様よ」


 なんとか復活した美代さんがぎこちなく答える。

 このパターンは祖母の『家は家、余所は余所。大さんは大さんだよ』と一緒だ。……あやしい。


「……元宮司がそんな適当なこと言っていいわけ?」

「いいのよ。とにかく、あれは土地神さまなの! 大さんはね、その土地神さまをずっと守っていたのね。で、師匠が土地神様の祠をきちんと祭るようになってから、師匠の側に現れるようになったのよ」

「でも大さんって祖父ちゃんが独身時代から側にいたんだろ? 祖父ちゃんがあの家に引っ越したのは結婚後だったんじゃなかったっけ?」

「祠があるから、あの丘に引っ越したのよ」

「ああ、そういう流れか。じゃあ大さんは祖父ちゃんと会うよりずっと前から生きてるんだ」

「生きてる……というより、存在していたと言ったほうがいいかもしれないわね。師匠と出会う前は、たぶん、こんなに可愛い形は持っていなかったはずだし……」


 美代さんに視線を向けられた大さんは、鼈甲色のくりっとしたまん丸の目で美代さんを見上げて、なあに? と言わんばかりに首を傾げた。愛くるしいな、おい。……でかいけど。


「それ以前はどんな形だったかわかる?」

「さあ? はっきりとはわからないわ。……ただひとつはっきりしてるのは、大さんは、堅司くんが臭がるあの石とは真逆の存在だってことよ。それなら、さすがの勝矢くんだって怖くないでしょ?」


 よかったわねと微笑まれて、俺は苦笑した。


「……あのさぁ、美代さん。真逆って言われてもさ、そもそも俺は、あの臭い石がどういう謂われの物なのかも知らないんだけど」

「あっ」


 美代さんがピタッと固まる。

 復活するまで、じっと待っていると、しばらくして凄く困った顔で首を傾げた。


「あの石の由来を知りたい? たぶん、勝矢くんにとって、とっても怖い話になってしまうと思うのよ。それでもいい?」


 よくないです。


 でも、知りたい。大さんや堅司とこれからも関わっていく上で、知らなきゃいけない話なんだろうとも思う。

 だから俺は頷いた。


「そう。わかったわ。……堅司くんが持ち込んでくる石の中で、神社内に置いておくだけで浄化される石は『心残り』が籠もっている石なのよ」

「『心残り』って人につくものじゃないんだ」

「人の側にあることができる『心残り』は、その人に受け入れられているものだけよ」


 家族、友人、恋人等、生前から良い関係を築いていた者同士の場合は、お互いに通じ合うものがあるから自然に引き合い、寄り添い合う。だが、一方的な『心残り』の場合は、弾かれることの方が多いのだと美代さんが言う。


「ストーカーの一方的な恋心とか、恨みや憎しみみたいな負の感情の『心残り』は、生者に受け入れられることは殆どないわ。しょせん『心残り』は魂の欠片だから、生者の魂の強さにはかなわないものなのよ」


 弾かれただけで消滅してしまうものもある。本来『心残り』は、寄りつくものがなければ存在できないほど儚い存在なのだ。


「全てそうやって消滅すればいいんだけど、たまにね。行き場を無くした『心残り』が、同じ波長の『心残り』と引き合うことがあるのよ」


 同じような寄る辺のない『心残り』同士ならば、少々時期が後ろにずれ込むだけでいずれは消える。

 だが、『心残り』が形在るものに寄りつくこともある。


「生者の憎い、苦しい、辛い、恨めしいといった強い負の感情が染みついてしまった物を核として、共鳴する『心残り』達が集まって集合体を形成してしまうの」

「……それが、あの臭い石?」

「あれじゃないわ。こちらは境内に置いておけば自然に浄化するようなものだから。……事故や災害現場にあった石や砂利が核になることもあるのよ。遺族の悲しみや悔しさ、苦しみが核になって……。浄化されるとこちらとしてもほっとするわね」


 石以外にも、家や自動車、宝石や人形など、核になるものはざまざまらしい。

 人形……呪いの人形か。普通に怖いぞ、おい。


「じゃあ、あの臭い石はどうやってできるんだ?」

「……あれは、核になっているのが人間の魂そのものなのよ」

「!!」


 ぞわっと全身に鳥肌が立って絶句した。

 大さんが、固まっている俺の手を舐めて、大丈夫? と顔を見あげてくる。


「あ、ああ。大さん、ありがとな。うわっ、こわっ。いや、それ怖いって。じゃあ、いま神社の裏手には本物の幽霊がいるってことだよな!?」

「そうね。――苦しいとか辛いとか、自分の死に気づかず、ただ死の瞬間の苦しみに囚われているだけの魂なら、ここでも浄化できるの。でもね、憎い、恨めしいと生者に対する憎しみを募らせている魂は駄目。神域の慰撫にもなかなか癒されてはくれないのよ。生きている人間でも、自分のことばかりで人の言葉に耳を貸さない人っているでしょう? ああいう魂って、生者としてのしがらみがない分、怖いものがないから余計に酷くなるのよ」


 困ったものよねぇ、と美代さんがのんびりした口調で言う。

 その肝の太さが羨ましいです。ほんと。

 そういう石に関わっていられる堅司も凄いな。尊敬するよ。ほんとほんと。


「憎い、恨めしいと負の感情を持った魂に、同じ負の感情を持った『心残り』が吸い寄せられて吸収されると、力を増してしまうものなのよ。そういう石が道路脇にあれば事故が増えるし、庭石になれば、その家の人達の精神状態は悪くなるし病気にもなりやすくなるわ。人形や宝石も同じね」

「あー、嫌だ。こわー」


 怖い怖いと呟きつつ、俺は大さんをもふもふした。もふもふは最高の癒しだ。

 大さんはぐるると喉を鳴らしている。

 

「じゃあ、大さんは? 臭い石と真逆だっていうんなら、大さんも元は人間の魂なのか?」

「それは違うの。祈りとか人を思いやる気持ちとか……そういった感情が核になって、似たような感情の『心残り』が吸収されたんだろうとは思うんだけど……。そうねぇ、人に大事に使われた道具が百年を経て付喪神に至るというでしょう? そんな感じで、祈りに関わりのあるものが核になっていると思ってちょうだい」

「付喪神だったとしたら、大さんにも本体があるのかな」


 なにげなく呟いたつもりだったのだが、美代さんがピタッと固まった。

 このパターン、なんとなくわかってきたぞ。俺に知られたくないことに触れられるとこうなるんだな。


 ギフトのことだけじゃなく、美代さん達はまだまだ俺に内緒にしていることがあるらしい。

 これって、やっぱり俺が臆病な小心者のせいなんだろうか?

 となると、内緒話は怖い話ってことになるのか?


 知るのも怖い。知らないでいるのも怖い。

 でも、知っている人達がわざと内緒にしているのならば、まだ知らなくてもいいような気がしてくる。

 俺が知るべきことなら、知る必要があるときが来たら、必ず彼らは教えてくれるはず。

 ここは、彼らの判断に甘えてしまおう。


 ……怖い話だったら嫌だし。いい大人がびびってなさけないけどな!


「とにかく、大さんはなにか優しいものが集まってできた存在だってことでいいんだよな?」


大さんの全ては優しいものでできている。うん、いいじゃないか。 

俺がざっくりとまとめると、美代さんはやっと動き出した。


「そうね。誰かの無事や守護を願ったりするような、人の優しい祈りが形になったものだと思ってくれていいわ。京子先生の『心残り』がこんなに長い間存在し続けていられたのも、きっと大さんが力を貸していたからだと思うの。勝矢くんを思う気持ちが共鳴していたんじゃないのかしら」

「……そっか。ありがとな、大さん」

「なー」


 ふさふさした丸い頬を両手でもふもふなでると、大さんは気持ちよさそうに目を細めて鳴いた。

 それにしても、こんなにふさふさして温かいのに生物ですらないのか。不思議なものだ。


 もしこの事実を、昔聞いていたら、俺はこんなに静かな気持ちで受けとめることができていただろうか?


 ……無理だな。

 きっと怖くなって、大さんに触れなくなっていただろう。

 かといって、大さんと離れるのも嫌で、どうしたらいいかわからなくなって、その場にしゃがみ込んで頭を抱えていたような気がする。

 臆病な小心者なりに、東京での生活でそれなりに強くなってきてはいるのだ。

 強くなってよかった。

 こうして、大さんとまた一緒にいられるようになったんだから……。


「大さんは、ずっとあの家で俺を待っててくれたのか」

「そうね。――今の大さんはね。勝矢くんだけの守り神なのよ」


 大事にしてあげてね、と美代さんが俺達に優しい眼差しを向けて微笑む。


「そっか。……大さん、これからもよろしくな」

「なー」


 大さんは目を細めて、ふっさふさのしましま尻尾をばっさばっさと振った。


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