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猫との新しい生活とギフト 中

 抜け毛が一切出ない謎の猫、大さん二世には猫の抜け毛対策用のブラシは必要ない。

 必要なのは、毛玉を解きほぐすための粗めの櫛と、毛並みの艶と手触りをよくするための天然豚毛のブラシだ。

 天然豚毛のブラシと一口にいっても、大きさや植毛の密度など、色々違いがある。今回はとりあえず三種類ほど買ってきた。

 これからひとつひとつ大さん二世に試してもらって、ベスト オブ 天然豚毛ブラシを決めねばならない。


「大さん二世、ここに寝そべってくれ。まず最初に櫛で毛玉をほぐすから」

「なー」


 縁側に座って呼ぶと、大さん二世は嬉しそうに軽やかな足取りで近づいてきて目の前に横になった。

 大きな身体を手の平で何度か撫でてやってから、そうっと毛並みに櫛を通す。子供の頃からやっていたから馴れた行為だ。

 大さんもそうだったが、大さん二世も長毛種のわりにあまり毛が絡まないたちで、するすると櫛が通る。手で撫でて気になったところが数カ所引っかかる程度だ。


「よしよし、大さん二世の毛皮は上等だな」


 つるつるでふかふかで、昨日人間用のシャンプーを使ったせいで良い匂いまでしている。

 撫でているうちに、そのふかふかした毛にもふっと顔を埋めたい衝動に駆られてきた。

 子供の頃はよくやったし、高校生になってからも夜寝る前にこっそりもふもふしていた。懐かしい感触にうずうずする。いい大人の男がやるようなことじゃないが、誰も見てないし、ちょっとだけ……。

 櫛をコトンと縁側に置き、ふかふかした毛に顔を埋めるべく狙いを定めていると、表の方から車のエンジン音が聞こえてきた。


「……誰だよ」


 くそう。もふもふはおあずけだ。

 来客が親しい人達だったら、呼び鈴を押さずに直接縁側にくるだろうと思ってその場で待っていたら、「勝矢、居る~?」と真希の声が聞こえてきた。


「いるぞ」

「あ、大さんもいるのね。大さん、久しぶり~」

「なー」


 真希の気安い挨拶に、大さん二世が当たり前のように答える。

 俺はといえば、真希が腕の中に抱っこしている赤ちゃんに目が釘付けだ。


「その子が(りん)ちゃんか。目がくりっとしてて可愛いなぁ」


 一歳とちょっとぐらいだろうか。ぷくぷくして健康そうだ。


「でしょー。お祖父ちゃん達が言うには、実家のお祖母ちゃんの小さい頃に似てるんですって」

「美代さん似か。だったら将来は美人さんだ。よかったなー」


 俺は庭に降りると、真希の腕の中の赤ちゃんの頬を軽く指先で撫でた。


一石(いっこく)は?」

「いま来るわ。お手伝いしたいっていうから、荷物持ちさせてるの」


 言っているうちに、大人用のリュックを重そうに抱えた男の子がよろよろと歩いてきた。


「おー、一石は大きくなったなぁ。俺のこと、覚えてるか?」


 聞いてはみたが、まず覚えてないだろう。以前に会ったのはちょうど二歳ぐらいでイヤイヤ期の真っ最中だった。人見知りも酷くて、相手をしてもらえるまで随分と苦労したから忘れられてたら淋しいような気がする。とはいえ、ナッチと別れた今となっては、以前のように一石からカッチ呼ばわりされると微妙な気分になりそうだ。また一から知り合えたほうがいいか。

 俺は自己紹介すべく一石に話しかけようとした。が、一石のほうはそんな場合じゃなかったらしい。


「ト、トラだ!」


 真っ青になって持っていた荷物を取り落とし、慌てて駆け寄ってきて真希達の前に立つと、守るように両手を広げた。


「ダメだぞ! 食べさせないぞ! ――母ちゃん、鈴といっしょにはやく逃げろ!」

「あらやだ、一石ったら」


 猫にしては大きすぎる大さん二世を、トラの子供とでも見間違えたのか。母と妹を守ろうとするとは見上げた心意気だ。

 俺がこの年頃に大さんに出会っていたら、間違いなくその場にへなへなと座り込んでしくしく泣くばかりだっただろう。一石はきっと男としての器が大きいんだな。将来有望だ。……女に捨てられ、騙された俺とは違って……。


「一石、よく見て。ちょっと大きいけど、大さんは猫よ」

「これで猫?」

「そうよ。大きな猫だから、大さん。優しい猫さんだから仲良くしてあげてね」


 ほんとかな? と疑ってる顔つきで、一石が縁側に寝そべっている大さん二世にそろそろと近づいていく。

 頭を撫でようとして伸ばした一石の手に、大さん二世は大きな頭を自分から動かしてすり寄った。


「こいつ、なつっこいな」

「こいつじゃなくて、大さんよ」

「大さんか。おれは一石だ。よろしくな」

「なー」

 

 一石はあっという間に大さん二世に懐いて、わしゃわしゃと大さん二世の頭を撫でまくる。

 俺とも仲良くしてくれないかなぁと眺めていたら、ぐるっと振り返った。


「大さんはカッチの猫なのか?」


 一石はちゃんと俺を覚えていたらしい。

 二年前、ナッチカッチと、ナッチとふたりセットでしつこく自己紹介したせいで深く記憶に刻まれてしまったのか。それとも、両親である堅司と真希がことあるごとに俺達を話題に出して、忘れないようにしてくれていたのか。


「ああ、そうだ」

「あそんでやってもいいか?」

「いいよ。でもその前に、大さん二世をブラッシングしてやってくれないか。途中だったんだ」

「わかった。とくべつだぞ」

「優しくブラッシングしてくれよ」


 こうやるんだと、簡単にお手本を見せてからブラシを手渡す。

 一石は嬉しそうな顔で、スニーカーを脱いで縁側によじ登った。


「大さん二世、一石を頼むな」

「なー」


 大さん二世はのっそり立ち上がると、縁側から茶の間へと移動して、再びそこで寝そべった。

 もしかして、一石がうっかり縁側から庭に落ちないようにとの気遣いか? もしそうなら、どんだけ賢いんだ。びっくりだよ。


「真希、来るときは連絡しろって言ってただろ。お菓子とか、なんも用意してないぞ」

「ゴメン。ちょっと時間が空いちゃったのよ」


 真希が言うには、今日は一石と同じ幼稚園に通う年少の友達と映画を見に行く約束をしていたらしい。だが、その友達が急に軽いアレルギーを発症して医者に行かなければならなくなったのだとか。


「だから映画は来週の土曜日に変更したの。でも、あの子、出掛ける気満々だったからさ。適当にドライブしてここに辿り着いたってわけ」

「あ、そ。じゃあ、あとでホットケーキでも焼いてやるよ。材料的にそれぐらいしか作ってやれないし」

「嬉しい。あんたのホットケーキって、パッケージの写真みたくふっくらしてるから好きなのよね」

「にーに。にゃーにゃ」


 真希の腕の中で、鈴ちゃんが家の中に入っていったお兄ちゃんを指差してじたばたしている。


「お兄ちゃんと一緒に遊びたい? ――一石、鈴も一緒に大さんと遊びたいって」

「わかったー」


 真希は縁側に鈴ちゃんを降ろした。よたよたと歩み寄っていく鈴ちゃんを、一石が手を伸ばして迎えている。


「いいお兄ちゃんだな」

「まあね。私の子だもの、当然よ。――ところで勝矢?」


 我が子を愛おしそうににこにこして見つめていた真希が、一転、冷ややかな目で俺を見る。ちょっと怖い。


「……なんだよ」

「なんで大さんのこと、大さん二世なんて呼んでるの?」

「あのな、真希。似てるけど、あれは大さんじゃないぞ。あの猫はたぶん大さんの子供か孫かひ孫だ。いまいち血縁がはっきりしないから、二世ってことにしたんだ」

「馬鹿ね。あの子は間違いなく大さんよ」


 真希の指はまっすぐ大さん二世を指差す。

 大さん二世は、真剣な顔の一石にブラッシングされながら、ふっさふさのしましま尻尾をパタンパタン動かして鈴ちゃんと遊んでやっている。立派な子守りっぷりだ。


「大さんなわけないだろ。猫の寿命を知らないのか?」

「そんなの知ってるわよ。でも、大さんにはそんなの関係ないもの。あんただって覚えてるでしょ?」

「なにをだよ」

「だから、中学時代に、私とあんたが大げんかしたときのことよ」

「……あれは、真希のほうが間違ってたってことで落ち着いただろ」

「あのときは、そういうことにしてあげてたの! ――もう全然ダメじゃない! お祖父ちゃん達がもう大丈夫だっていうから安心してたのに……。あんたってば全然変わってない。馬鹿よ馬鹿」


 馬鹿馬鹿言うな。くそう。

 真希はぷっくりと頬を膨らませて、地団駄を踏んだ。

 まるで、中学生の頃のままの仕草だ。二児の母がやることじゃないよなぁ。

 だが、ついうっかり昔の癖を出してしまうぐらいにご立腹中の真希にそれを指摘すると、また馬鹿を上積みされそうな気がする。

 この件に関して、旗色の悪さを自覚している俺は、とりあえず口を閉ざした。

メインキャラクターがだいたい出揃いました。やっとお話を転がしていけそうです。

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