女装痴漢
流れるような栗色の長い髪に、長い睫毛。キリッとした目と眉にの整った顔。町娘が好んで着る長い裾のスカートを履いた美少女が鏡の中にはいた。
これがかつて数多の女体を辱め、今もなお欲を持て余す痴漢の姿だとは誰が信じよう。
「ほお〜。なかなか見れる顔じゃないか」
後ろからゆっくりと近づくズッさんの鼻息は妙に荒い。
「それ以上近づかないでくれ」
鏡越しにキッと鋭い視線を送って、手を不気味に動かすズッさんを制止する。
「いや、はじめ聞いたときは男相手で嫌悪感しかなかったけどいい出来に仕上がったよ」
細い化粧用の筆を片手に持って反対の手で長い髪が張り付いた額を拭う細身の男。
「流石だよチック。街随一の変態画家の名は伊達じゃないな」
「僕は変態じゃない。勝手にみんながそう呼ぶだけだ」
この男はチック・B・ノワールという。
酒場を出てズッさんひ連れてこられたのは、この男のアトリエだった。
「確かに俺の顔じゃないみたいだし、美しいけどなんかこう催さないなあ」
俺は今一度自分の顔を煤けた鏡で確かめる。そもそもまだそもそもこの顔にも慣れきっていないのに、いきなり女装して化粧なんてされたからどれが本当の自分だったか不安になる。
「それにしても……」
この部屋にいると、俺の顔を見てるより不安になるの。というか落ち着かない。
どこを見ても裸婦、裸婦、裸婦。しかもやたら際どいポーズを決めた裸婦ばかり。
「ここアトリエ兼自室なんだろ? チックはこんなとこ住んでてどうにかならないのか?」
「いや、全然これっぽっちも。むしろ僕は肌色が少ないところじゃ生きていけないね」
さも当たり前のように、あっけらかんとそう言った。
「僕の夢は究極の裸婦を描くことなんだ。だから四六時中裸婦の絵と一緒じゃないと駄目なんだよ」
うっとりと愛おしげに部屋の裸婦画を撫でる。
「変態ってのは多種多様だな」
「だろう? お前さんももしかすりゃその格好で新しい何かに目覚めるかもしれないぜ?」
「あいにく、俺は痴漢専門でね。何があってもそれだけは変わらないと思うよ」
十年と数時間続く心の奥の欲求がそう簡単に変わるとは思えない。
「で、この格好でどうするんだ?」
「決まってる、痴漢すんだよ。男が近づけないなら女になりゃいいさ」
「確かに、大胆かつ現実的だな。だが流石にバレるんじゃないか? いくら女装したとはいえ……」
「何を言う! 裸婦を描くときモデルに施す化粧を完璧にしたんだ! いわばキミは僕の作品なんだ! だから自信を持っていい! キミは今、女だ!」
「同じ痴漢としても出来は保証するぜ」
ズッさんもにこやかに親指と股間を起てた。
こんなアクロバティックな痴漢、未だかつてあっただろうか。
だがこうまでしなければ近づくこともできないとは、最初は舐めていたがもしかすれば異世界痴漢、これには魔物が潜んでいるかもしれない。