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何故尻を撫でるのかって? そこに尻があるからだよ。

「やっときた! ドゥエス様だ!」

「王女様ー!!」

「ドゥエス王女!!!」


「なんなんだ?」


 周りにいた群衆が突然湧きたち道の片側に集まった。

 

 やけに人が多いと思ったが、どうやら今はパレードの最中らしい。そして耳にしたキーワードから察するにパレードで行進してくるのは国の王女のようだ。


 周りの人々が通路傍に殺到し、乗り遅れた俺は人ごみの一番後ろに取り残された。


 金管楽器の行進隊が今まさに目の前を通り過ぎていき、人々の頭の上にちらちらと楽器の先が見える。


 次の瞬間突然影が落ち、あたりが暗くなった。


 日を遮ったものの正体に俺は度肝を抜かれた。ずっと太鼓の音だと思っていたのは巨大な生物の足音だったようだ。


 その生き物は石造りの建物の二階に差し掛かる体長で、顔には白い一本角。俺が元いた世界でいうところのサイのような四足歩行の生き物だった。

 真紅と金の織り交ざった装甲や兜を身に着け悠々と歩いていく。


 この生物には銀色の鎧をまとった騎士らしき人物が、角の横から伸びる手綱を握ってまたがっていた。


 そして群衆が一層盛り上がりを迎えた瞬間、現れたのは真紅の体に天を指す三本の角のさらなる巨体。背中には四本の柱で天蓋を支えた黄金の籠がのっている。


 ひときわ目立つあそこに王女が乗っているのだろう。


 人ごみの後ろにいてよかった。前列であったなら、あの巨大な生物のせいできっと女王の顔が見えなかった。


 どれほどのものか拝んでやろうじゃないか。


 手で日を避け、見上げる。


 ──そして、その中に見えた女性に俺は心を奪われた。


 純白のドレスを身に纏った深紅の髪の美女。切れ長でつり上がった深紅の眼に、固く閉じたまま口元。この世のものとは思えないほど白い肌。

 観衆が向ける声援を受けてなお微動だにせず、ただ正面を見据えているのみ。


 全身に鳥肌が立つのを感じる。


 今まで出会ってきた女とはまるで違う、心の奥底から這い出てくる黒い欲望の塊。


 ──尻を、撫でたい。


 その一言が頭を支配した。


 あの高貴で高飛車そうな顔を恥辱で歪めたい。犯すなんてもったいない。ただ、柔らかな羽で打つようにふわりとその尻を撫で上げたい。

 

 あの美女の肢体をどうこうしたいわけでは決してない。むしろそれでは痴漢として失礼にあたる。


 あの女の美しい顔と肉体も無視して、嘲笑うかのように尻を撫でる。


 それが、自信を持って己を疑わず生きてきた美女にとってどれほど屈辱なのかは計り知れない。


 その自慢すべき全てを無視されて、ただ俺の欲望を満たすための道具にされたときの表情を見てみたい。


 そんな感情がとめどなく溢れてくる。


 決めた。


 この世界で俺が目指すのはあの女だ。


 ──あの王女に、痴漢する。


 それはきっとこの国を敵に回すということだ。

 だが、やらねばならぬ。


 この世界で俺は、欲望のままに生きると決めたのだから。


     * * *


 大欲は無欲に似たり。という言葉がある。


 クソの役にも立たない故事成語だ。


 欲は無限だ。


 俺はその全ての欲に従って生きたい。


 なので、あの王女を狙う前に俺はかねてより目の前で俺を誘う尻を無視することが出来なさそうだ。


 それは王女が現れる少し前のこと。俺の目の前には獣人の、非常に()()()をした少女がいた。


 何故尻を撫でるのかって? そこに尻があるからだよ。


 俺は喉を鳴らして溢れる生唾を飲み込んだ。


 異世界に転生して最初のターゲットはこの子にしよう、そう考えた。


 そうと決まればあとは身体が勝手にうごいていく。

 十年間鍛えた痴漢テクは最早神業といえよう。


 標的をロックオンし、指の感触を確かめ産まれたての赤子に触れる母のような慈愛に満ちた手つきで──撫でる。


 あとは自身が痴漢されている、という事実を知るときの少女の微かな反応を楽しむだけだ。


 と、思った。


 だか、俺が触れたのは尻の豊かな感触ではない。


 触れたのは尻尾の毛だった。


 それが故意か無意識か、尻尾は俺を嘲笑うかのように右へ左へ揺れて俺を翻弄する。


「くッ……」


 だがここで焦ってはいけない。


 一旦体勢を整え、再び尻に照準を定めたそのときだった。


「あんた、さっきからディッカーちゃんに何しようとしてるんだい?」


 野太い男の声だった。


 顔を上げれば、額に大きな傷のある大男がこちらを怪訝な顔つきで見下ろしていた。


 初めての経験に視野が狭まっていた。なんたる不覚。


「あ、あの……その……」


 上手いこと誤魔化そうとするも、言葉が浮かんでこない。イケメンになってもコミュニケーション能力は変わらないということか。


 俺は言葉が出なくてカラカラになった口を閉じて、逃げ出した。


 ここで逃げ出せば怪しいことこの上ないが、痴漢という性質上逃れるしかない。


 焦りを感じながらも流れる視界の速さに驚いた。身体が軽いとはこんなにも快適なものなのか。


 その感動もつかの間、人が多いここでは思うように動けない。


「待て!」


 あの男の声が迫っていた。


 このままでは追いつかれる……。


 まさかこの世界でも俺は成功できないというのか?

 せっかく、せっかく目標を見つけたというのに。


 そんなのいやだ!


「おーい。こっちだ」


 建物の隙間から手だけがひらひらと手招きしていた。


 その声の主が誰だとか、俺に向けた声だったのかわからない。だが後ろに迫ってくる脅威を前に躊躇っている暇はなかった。

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