◆11
床の穴から地下へ落下している俺を待ち構えるのは、熱線を吐き出す巨大狼。
そしてその熱線の先には、
「トウヤ!」
「───カイト! 気を付けろ、コイツ火吹くぞ!」
熱線を回避し、俺を見て一瞬驚くも、ニッと笑ったトウヤ。そしてトウヤの腕には大瓶が。
落下中の俺に気付いた巨大狼が俺を見て跳んだ。狼が近付く中で、届く、と判断した俺は狼の鼻先へ渾身の剣術を放ち、落下の勢いを殺し、着地する事に成功。
剣術には落下中の速度が乗り、想像以上の破壊力を産み出したらしく狼は見た目に合わぬ高い声を小さく響かせ転がった。
「カイト! 来てくれるって信じてたぜー!」
巨大狼を前にして、ニッと笑い言うトウヤはいつも通りの雰囲気だったが、所々に火傷を負っていた。
「トウヤ、あの狼はなんだ!?」
「アイツは巨大狼だ。それ以外はわからん」
見たままを言うトウヤは、手に持っていた大瓶を俺へ投げ飛ばす。大剣を持ったままの俺だったが必死に大瓶を眼で追い、無事キャッチするとトウヤは「ナイス」と短く言った。
大瓶は内側に綿のようなものが貼り付けられていて中が確認出来ない。
「その中でホムンクルスが寝てる。お前はそれを持ってどっか遠くへ行ってくれ」
「遠くって.....お前はどうするつもりだ?」
「まだ研究者がいるハズだ。そいつら見つけて一緒に逃げる」
「そんなの───ッ!?」
ほっとけよ! と言おうとした俺だったが、巨大狼は俺をターゲットに一瞬で接近し、爪攻撃を仕掛けて来た。爪を大剣で受け止めた俺だったが恐ろしいパワーに圧され無様に床を転がった。
「イフリートは今地面深くに潜ったらしい! そのまま寝るのか知らないけど、逃げるなら今がチャンスだ! お前はそのホムンクルスを連れて逃げろカイト!」
今度はトウヤをターゲットに狼は熱線を放つ。周囲の温度を一気に上昇させる狼の攻撃は───身を隠していた研究者をジリジリと熱す。
「「───!?」」
熱さに反応した研究者達の気配を感知した俺とトウヤ、そして狼。正しい数は数えていないものの、10人はいる。
「おい何してる!? 早く逃げろ!」
起き上がった俺は研究者達へ叫ぶも、怯える事しか出来ない研究者達は動かない。
狼は研究者達を睨み、フルル、と唸り床を叩くように蹴り一瞬で眼の前まで移動した。そんな中で俺は、狼とは逆方向───トウヤのもとへ走っていた。
アイツなら必ず助けに走る。そうわかっていて、それを止めるために、俺は手を伸ばしトウヤを掴んだ。
「カイト───」
何で止める? という表情をしているトウヤへ俺は叫ぶように強く、
「今行っても死ぬだけだろ!」
......トウヤは迷う事なく研究者達の前へ───狼の前へと立とうとしていた。あの狼は強い。俺達じゃ傷付ける事さえ出来ない。そう理解していてもトウヤは他人を助ける事を選んで迷わないヤツだ。
そして俺は───他人よりも自分を最優先にしてしまうヤツだ。
トウヤは焦りとも怒りとも受け取れる表情で俺へ「放せ」とクチにしようとするも、狼の遠吠えにも似た咆哮が声を塗り潰し、研究者達の悲鳴が反響するように耳に届く。
爪での斬り裂かれた者、上半身を喰い千切られた者、吹いた炎に焼かれた者、、、ここが現実だとは思えないほど、圧倒的な恐怖と存在感に俺達は言葉を失った。
3秒ほどで10人以上いたであろう研究者達は巨大狼の餌食となり、まだ喰い足りないのか、狼は俺達をゆっくり睨む。ジリジリと距離を詰める狼、一歩一歩下がる俺達。しかし壁という限界はすぐに訪れ、俺もトウヤも無茶な考え───狼と戦う事を考え始めた時、
「───はい、ストーップ!」
張り詰めた空気を揺らす声が、狼の足を止めさせた。反射的に声の主を見る俺達。声の主は先程狼に喰い荒らされた死体の山に座る───大きな眼鏡をした研究者だった。
「四大の実験は終わりナリ」
ベットリと血に濡れた白衣を脱ぎ捨てた眼鏡の研究者はボサボサの黒髪を掻き、俺達へグルグル眼鏡の視線を向ける。その間、狼はおとなしく停止したまま動かない。
「えーっと、チミ達は騎士見習い志望のラビッシュペアかいな? むむむ.....ガラクタとして捨てるには惜しいね」
予想さえしていなかった状況───研究者が狼を黙らせ、俺達を観察する状況に戸惑う事しかできなかったが、次の発言で頭が真っ白になった。
「うーん、いいね! チミ達ふたりで殺し合って、生きてた方を今回の事件の首謀者、主犯、犯人として生かしてやんよ! ほれ早く早く、早くー!」
「 ......は? 殺し合えって、俺とカイトでか? アンタ突然現れて何言ってるんだ?」
「ありゃま、こりゃ突然失礼! まぁ始めから研究者の中にいたんだけどもね。自己紹介します! わたしの名前は研究者B、四大を起こす研究とその実験に手を貸した研究者です!」
「「.......」」
突然の自己紹介、それも中身が全くなく自分を紹介しているようで、自分の事を何も言っていない言葉に俺もトウヤも困ってしまった。
「んで......時間ないので少し飛ばしまーす。ほい、狼さん行ってらっしゃーい」
指をパチン、と鳴らし狼へ手をひらひら振る研究者。狼もそれに従うように地上へ向かった。
「何してんだよ!? あんな狼が外に出たら───.....は?」
数十メートル先で座っていた眼鏡の研究者は1秒とかからずトウヤの後ろに。おどけたような仕草を見せつつも声は冷たく、メスのような刃物をクルクル指先で回していた。
「早く決めろっての。遅いからお前がBANな?」
「───......トウヤ!?」
宙を回っていたそれが落下するまで気付かなかった。
重く落ちた───トウヤの左腕。一瞬で移動し、小さなメスでトウヤの左腕を肩から切断して見せた研究者。耳に突き刺さるトウヤの悲鳴も遠く感じるほど、俺の脳は停止してしまっていた。
「次はチミね。どする?───んぬ!? あいやー、外で狼が暴れすぎてるわいな」
メスを俺へ向けた研究者だったが震動と轟音に驚き、天井を見上げ呆れる仕草で言った。俺は突然色々と起こりすぎて、何をどうすればいいのかわからなくなっていた。
「ここで足跡残すのは少し乗り気じゃなかったけども、まぁ仕方ないね。おい少年!」
「......?」
「生きてたら5年後......10年後くらいにまた会おうぞ! んじゃ、後始末は任せた」
ひらり、と手のひらで一瞬顔を隠した研究者。すぐに見えた顔はグルグル眼鏡のままだったが、ピエロのようなペイントと、髪色はグリーンに。
どこまでもふざけたピエロはボワンッ とおかしな爆発と共に姿を消した。
自分の脳で処理出来ないほどの事が一気に起こり、未だにフリーズ状態だった俺へ、
「アイツ、ホムンクルスの事、忘れてるな......」
左肩部分をおさえるトウヤは、荒い呼吸のまま俺へ言い、苦しそうに笑った。
「アイツが、戻ってくる前に、瓶持って、外でろ......逃げろ」
留まる事を知らず、流れ出る血は既に取り返しのつかない量まで。
「お前、どうするんだよ.....それ、」
「無理だろ、どう考えても.....早く行けよ」
震動と轟音は更に強まり、研究所も震え始める。
「あそこに、階段がある。この揺れだ.....早く、登らないと、やべーぞ」
「......トウヤ、俺」
俺が始めからホムンクルスを渡していなければ───今さらどうにもならない事をクチにしようとした俺だったが、遠くで「場所間違えたー! ホムちゃんどこやー!」という声が聞こえ、焦りが沸騰した。
「アイツだ、やぱ、ホムンクルス、拾いに、戻ってきた......俺がホムンクルスを、奪った事、知らなかったんだろ、はは.....」
力なく笑ったトウヤは、そのままゆっくりと小さな呼吸を繰り返して、動かなくなった。
俺が一緒にホムンクルスを奪いに行っていれば、俺が街の人の事を、他人の事をもっと考えていれば、俺が始めからホムンクルスを渡しさえしなければ、この結末は変わっていただろう。
俺が自分の事を優先にし、他人の事を考えもせず行動した結果が、トウヤを。
そして何一つ得るモノもなく、俺は.......
「......何やってんだよ、俺は、何を......」
「カイトの声だー! カイトー!」
「───!?.....」
崩れ落ちていた俺を呼ぶ声は、大瓶の中から。
「ホムンクルス......」
「カイトー! どこー? 出してー! カイトー!」
何も得るモノはない。失ったモノは大きい。それでも、全部無くなったワケじゃない。
トウヤがここまでして奪ったホムンクルスをアイツに渡すワケにはいかない。
俺はホムンクルスの瓶を抱き上げ、地上へ向かった。
トウヤの顔を最後に見る事も出来ず。逃げるように外へ向かった。
まだ生きていたかも知れない。助ける事が出来たかも知れない。可能性が低かったとしても、ゼロではなかっただろう。
それでも───俺は最後の最後に、大事な友人を見る事もせず、見て見ないフリをしてしまった。
ホムンクルスを渡すワケにはいかない、と自分に言い聞かせて......俺は自分が助かる確率が最も高い方を、トウヤを置いて逃げる事を選んでいた。




