◆14
焼ける空の下で崩壊する【シガーボニタ】の街。
液体のように流動する紅黒の片翼、左眼から吹き揺れる炎のような血液。
哀れな声で泣き叫ぶマユキは暴れ続けていた。
「後天性の吸血鬼なんて初めて見たけども.....結構危ないじゃん。アレはいらないなー」
グルグル眼鏡を夕焼け色に染めた女性は街灯の上にしゃがみ、荒れ狂う後天性の吸血鬼を見てケタケタ笑っていた。
「わたしが仲間にしようとしてた操師を殺してくれたからなぁ.....この後どうなるのか、観察させてもらうわいな、グヒヒ」
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このままでは確実に、化け物になってしまう。
そう理解していても、手を出す事に迷いを感じている吸血鬼は、荒れ狂う人間から眼をそらす。
人間の入れ物に人間の血、これは当たり前の事であり、一番バランスがよく傾いたり揺れたりしない。
しかしそこへ、吸血鬼の中でも強く濃い真祖の黒血。そして別の吸血鬼と別の人間の血も混ざった状態が今のマユキ。本来混ざる事のない状態へ、数種類が多量に混ざり合えば拒否反応も起こる。
しかしマユキは不思議な人間だった。
能力で産まれたであろう吸血鬼の自分に呑まれたかと思えば、その吸血鬼が人間を大切に思っていたのかうまく同居する事に成功し、会話もうまく続けていた。
何がどうなってしまうのか、人間のマユキにも吸血鬼のマユキにも、わからない状況で───吸血鬼は眼をそらし続ける。
外側からひび割れ崩れる万華鏡の筒から、眼をそらし続けた。
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「マユキちゃん.....あたし、血を使うのはダメだと言ったデスよねぇ?」
内側で呟く声は微かに響き、闇に消える。吸血鬼のマユキは紅黒の瞳を細め、哀しげな瞳で微笑んだ。
───その微笑みは諦めかい?
「......やっぱり居たデスか」
暗闇で優しく響いた声に、吸血鬼は驚く様子もなく、答えた。
───キミのおかげで残れたのかな? ありがとう。
「あなたのおかげで、あたしが産まれたんデスからねぇ───ジルさん」
声の主は外界───吸血鬼の城で命を終えた真祖 吸血鬼の王子【ジルドレイ】のものだった。王子の黒血により人間のマユキは後天性 吸血鬼へ、それも真祖という最上位の種へと後天した。もともと能力を持っていたかも不明な人間だったが、後天した吸血鬼は自身の血液を自在に操る能力を持ち、その能力が目覚めた。
そして能力の悪魔に呑まれた───ハズだったのだが、吸血鬼は人間を気に入っていたのか上手く共存していた。
───キミなら、マユキちゃんを助けてあげられるだろ?
「......デスねぇ」
───どうして助けてあげないんだい? このままじゃキミも一緒に消滅してしまうよ?
「デスねぇ。でも、あたしが助けると人間ちゃんは奥底で長い眠りに落ちちゃうデスし、あたしの中にあるあなたの事や微かに残る人間の記憶も全部消えてしまうかもデス」
───吸血鬼の血をクチにしなければ残っている人の記憶はこれ以上薄まらない。
「はい。でも、あたしが飲まずにいると思うデスかぁ?」
───そうだね.....キミは飲むだろうね。
「飲むデスよぉー、止められても飲むと思うデス。吸血鬼の血を強めて───あなたの妹さんを殺すのがあたしの楽しみデスからねぇ」
───それなら、尚更マユキちゃんの.....人間の力が必要になる。
「どうしてデス?」
───どうしても。だから助けてあげて。長い眠りになっても、必ず眼を覚ますから。
「.....───あなた達も、そう思うデスか?」
そう言って吸血鬼はゆっくり振り向く。何もない暗闇の中で誰も居ない場所へ紅色の視線を流すと───別の声がぼんやり響く。
───あなたも.....助かるのかい?
───どちらかひとりしか助からないなら、私達は選べないわ。
「自分の子供だけではなく、あたしの事も心配するんデスねぇ。さすが人間ちゃんのご両親。優しいデス」
両親の血を数分前にクチにした事で、吸収分解される前の両親の血が体内に残っている。それにより僅かな時間だが会話が許される状況で、吸血鬼は思いきって声を投げ掛けた。
───あなたのおかげで娘は.....生きる事が出来ているのだろう?
───あなたも私達の子供と同じ。どちらも大切でどちらにも生きていてほしい。
「.....あたしは死にたくたいデスよ。まだやりたい事があるので。でも、あたしの本体.....マユキちゃんの許しもなしに、マユキちゃんを無理矢理押し込むのはどーなんデスかねぇ?」
───.....聞いてあげて。声を。
真祖吸血鬼のジルの呟きを最後に、全ての気配が煙のように消えた。
「......声、デスかぁ」




