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あたしの故郷であり、あたしの大好きな街。ノムー大陸にある【シガーボニタ】は華やかでいて、可愛らしくもある街だった。童話の世界に入り込んだようにも思える街並みや、花の優しい香り、綺麗で可愛い人形やお洋服、音楽団やサーカス団、人形劇の操師なども頻繁に出入りしていて、毎晩のようにステージにはスポットライトが当てられ、どこかの街で磨き研いた腕をこのシガーボニタで披露していた。
中でも人形劇は世界一だ。
様々な人形を使い、様々な物語を見せてくれる操師。人形はシガーボニタ産、人形のお洋服や小物もシガーボニタ産。
ステージに投げ入れられる花束や、ステージを終えた操師に送られる花束もシガーボニタ産。
花と人形の街も言われる理由は生産量だけではなく、消費者も多く住んでいるからだった。
いや、住んでいたからだった。
花と人形の街【シガーボニタ】通称【フラワードール】はあたしが知っている、あたしが産まれ育った街。
しかし眼の前に広がる街はあたしの知らない、まるで外界にある吸血鬼の城のように───赤黒く湿り染まっていた。
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鼻を刺激する鉄分の香りと、胃を刺激する生の香り。
そんなモノに反応してしまう自分の身体、感覚に吐き気がした。
しかし吐き気の原因はそれだけではい。街の至るところに転がっている死体、地面や看板は血を吸い湿り、建物は酷く損傷している。
原型もない家や火がついている家もある。
あたしは何も考えられるず、ただ家の方向へ走った。
シガーボニタにはあたしの家がある。家には両親が住んでおり、とある夜突然消えたあたしを心配しているに違いない。
走り家へ向かっている最中、何度となく上がってくるモノをあたしは我慢し、走り続けた。そして───、
「あぁ.....あぁ」
家に到着したあたしは膝を落とした。
想像しないようにしていたが、あたしの家は崩壊していた。瓦礫に潰された花達を見て涙が押し出された。
両親は、あたしの父や母は無事なのか? 街全体が地獄と化しているが、必ず避難している人が存在しているハズ。ノムー大陸には騎士団本部を持つ【ドメイライト】もある。街全体を包む悪夢だが、ここまでの道で犯人と思われる人物はおろか、生きた人に会っていたい。大人数の犯行ならば必ず出会うハズだ。
落ち着け、落ち着けあたし。
大丈夫、父も母も、他のみんなもきっと避難してくれているハズ。
今あたしに出来る事はなんだ? それを考えて、行動するんだ。
自分でも驚くほど情報を整理する速度が速い脳、家を見て泣き崩れると思っていたが、避難している可能性が脳に浮かんだ瞬間、知らず知らずに立ち上がっていた。
「みんなどこへ避難したの? 無事でいて.....みんな無事で」
両眼を強く閉じ、願うように呟いたあたしの声に、
「あら?、可愛らしい、女の子が、いるわね」
と、どこかで聞いた独特な口調と優しい色を持つ女性の声が。
「あの、───ッ!?」
避難場所はどこですか!? と訪ねるため振り向いたあたしは、言葉をどこかへ落とした。あたしを見て立っていた人物は間違いなく人間で、あたしは一度この人を直接見た事がある。しかしその表情には悪魔族よりも歪み狂った───狂気が。
「大きな、瞳。白い、肌。髪型も、いいわね」
湿った両腕を広げてあたしへ優しく微笑む悪魔のような人間は.....人形劇【マリオネット ミゼル】の考案者であり天才とも謳われていた操師の───マリス。
「......ッ、」
「.....あら? 今日私を、見た人は、みんな戸惑うのに、貴女は、賢くて、飲み込みが、早いのね 」
「.......炎が踊る街を真っ赤に染めたドレスで歩く。マリオネットミゼルのラストシーンはとても印象的でしたよ。マリスさん」
「.....───アハッ、貴女いいわね! 私のお人形にしてあげるわ!いい人形がいなくて困ってたの」
「人形.....? あなたにはリリーが」
リリー とクチにした瞬間マリスさんの眉がピクリと反応し、同時に無機質な───冷たい表情が浮かんだ。
「リリーねぇ。アレはダメよ」
「.....ダメ?」
「アレは私の、人形ではなく、コイツの、愛人形だもの」
喉から出したようにか細く低い声と共にマリスさんは指先を奇妙に動かした。すると瓦礫の山が崩れ、何かが高く飛んだ。飛び上がった影はマリスさんの前に着地し───首をカクリと傾げ、左肩、左肘をカクカクと上げる。まるで人形のように。
「私の可愛い可愛いリリーを、コイツは毎晩、毎晩、愛していた。隅々まで、味わって、隅々まで、自分の臭いを、染み込ませていた.....私の大事な、大事な、人形を汚した男で、私の旦那で、娘の.....リリーの、父親」
「───え?」
言っている意味が、わからない。
マリスさんには確かに子供がいた。しかし事故で亡くなったハズ.....それに今、あの人形を旦那と言い、娘をリリーって.....。
「そんな事って.....人間....人形の様に....? そんなの.....」
「......、私は “生きた人間を人形の様に自由自在に操れる” 力を持ってる。リリー....リリスは私の娘で私の人形、旦那は私の人形を調達する人形、この街を襲った理由は大きな舞台でマリオネットミゼルをしてみたかっただけ。貴女の友人も両親もみんな悲劇舞台で死んだだけ、ただそれだけ」
聞き取りやすい句切りもなく、スラスラと語ったマリスさんは───人間の姿をした悪魔だ。
人間を操り、人間を殺して.....でもマリスさんから見れば、それはただの人形劇でしかないって事か。
この街は人形劇の舞台で、あたしの両親も知り合いも、みんな人形劇に登場する名も無い人形でしかないって事か。
旦那さんも、娘さんも、自分が楽しむだけの人形でしかないって事か.......。
「貴女の両親を殺しちゃったかしら?」
あたしは奪われてばかりではないか?
「でもそんな “物” いらないわよ。私が貴女を貰ってあげる」
素敵だと思った人を奪われて。───を奪われて。人間を奪われて。
「可愛いわ.....貴女名前は?」
故郷を奪われて。両親を奪われて。帰る場所を奪われて。
「私の事キライ? 私は貴女が好きよ?」
もう.....もう、イヤ。
こんな事になるなら吸血鬼に殺されればよかった、こんな事になるなら死んだ方がマシだ。
こんなの......こんなのって......。




