◇5
トクン、トクン。
私を内側から起こしてくれる音。
温かくて、優しくて、茜みたい。
「...おはよう。調子は?」
いつもの様に声が届く。
私はいつの間にか眠っていたのかな?
「おはよう、調子は....え?」
眼を覚まし、まだ眠気が残る眼をこする。
左右の指で同時に。この癖は昔からで半身がアテられたからといって消えない。
毎朝いびつな右指が私を現実に突き落としていた───ハズなのに。
指が、腕が、右半身が治ってる。眼も見えて空気の味がハッキリする。
でも知らない場所にいる。
「調子は悪くないかい?」
声が、茜ではない声が響く。
「...誰?」
「悪い、僕は茜の知り合いさ。キミの事は茜から聞いて助けた。ここは僕や茜が生活しているギルドハウス...和國じゃないよ」
...何を言っているの?
私は死んだの?死んだ後にくる世界が...こんな世界なの?
トクン、トクン。
私の胸を内側から叩く心音。
───落ち着いて。あなたは生きてる。
そう茜に言われた気がした。
「あの、私は...」
「キミの名前は “あかね” 茜がキミにくれたモノの1つだよ」
「名前?そうだ、茜はどこ!?」
「...そこに居るだろ?」
───わたしはここに居るよ。あかね。
トクン、トクンと何度も自分の居場所を教えてくれる。
胸の中で小さく静かに、でもハッキリ強く。
温かく。
「ね、ねぇ全然わからないよ...茜は!?」
「....」
トクン、トクンと鳴る心音だけが強く響いた。
何度も、何度も強く。
ここに居るよ って言う様に。
私はもうダメだったらしい。
ラマパズズの血でモンスター化...災厄は治ったけど侵食が心臓まで進んでいたため、血だけでは助からなかった。
茜は...ラマパズズと戦って酷く怪我をした。
それでもう...自分の命が危険な状態だったのに...。
下半身を失った茜はギルドマスターさんへ、全てをあげるから助けてあげて と。
ギルドマスターさんはその言葉を聞き、私を本当に助けてくれた。
弱りダメになった心臓を茜の心臓に変えて。
私は奪ってしまった...。
茜が今居るべき場所を。
未来を。
命を。
夢を。
名前までもを。
茜を殺したのは私だ。
私が殺したんだ。
奪ったんだ。
茜の全部を。この汚い手で。
───おはよう。調子は?
「!?....」
心音が私へ語りかける様に。
───わたしは死んでないよ?
声が出ない。海に溺れている様に...涙が私を拐っていく。
───キミが、あかねがわたしを覚えていてくれる。誰かがわたしを忘れない限り、わたしはその人の中で生き続けるんだよ。あかねの中でもね。
トクン、トクンと優しくて。
強くて、弱い私を支えてくれる様に。
───あなたの中にわたしを入れてくれてありがとう、あかね。
流れる様に全身へ生きている幸せを、当たり前で忘れていた幸せを送ってくれる。
崩れる私を中から包む様に、優しく全身に。
速くなったり、遅くなったり、私の気持ちと重なる様に...トクン、トクン と。
「...ごめんなさい」
───違うよ?こう言う時はありがとうって言うんだよ。その癖、直さなきゃだね?
...胸一杯になって溢れるまで、心の中まで届く様に、何度も何度も繰り返し言った。
助けてくれた事に。
名前をくれた事に。
命を繋げてくれた事に。
今と未来をくれた事に。
一緒にいてくれる事に。
生きている事に。
「ありがとう」
私が【あかね】になって20年。
茜が私にくれた命が20年経っても、強く優しく、生きている。
「もしもーし、マスター?ラマパズズに無事勝ちましたー!」
『あかねん、独りで挑むのはよせと言っただろ?俺達もすぐ行くからマップデータと詳しい場所をすぐ送って、そこで待ってて』
「りょーかい」
通話を終え、私はフォンを触る。
あの頃はこれが何なのかも知らなかった。
茜がしていたビーストハンター。私も同じビーストハンターになったよ。
モンスターを全部倒す!とか思ってないから安心して。無理は今回だけ...だと思うからさ。
茜が言ってた、同じ思いをする子を、人を増やさない為に....それと、私が死ぬ時笑って死ねる様に今を生きてるよ。
生きる意味とか、目的とか、そんなのだとは思ってない。
ただ私はクタクタになるまで笑って、泣いて、怒って、好きに自由を求めて、生きてる幸せを心から喜んで、楽しもうって思うんだ。
こう思える心。
幸せだと思える心。
自由を選ぶ心。
同じ世界を見れる眼。
茜が見れなかった未来へ連れていける足。
人に触れる事が出きる手。
そして名前。
全部茜がくれたんだよ。
死ぬ時に後悔がない様に、楽しかったって思える様に生きる。
それが私の───求めてる幸せで選んだ自由なんだ。
「....」
私に咲いた命の花。
それは茜が種をくれて、茜が咲かせてくれた花。
左腹部から左胸...心臓まで伸びて咲く華。これは決意の華....全力で生きると決めた時に咲かせた、アカネの華が...
力なく グゥ~...と鳴いた。
「あ...ははは、お腹減っちゃった」
お腹が鳴る。
これも生きてる証拠なんだね。
笑いながら、フォンポーチから紙袋を1つ取り出す。
レアでも高価でもない、どこにでも売っている平凡なパン。
普通で、飾り気のないパン。
その普通が私にとっては綺麗に見える。
「んぉ?この外側の紙、フテクロだ....美食の街アルコルードにお弁当屋さんオープン?へぇーお弁当屋さんって今まで無かったなぁ。アルコルード...ウンディーかぁ。ギルド更新もあるし近々行ってみよーっと」
───この世界には楽しそうな事がまだまだ沢山あります。
一緒に行こうね。
どこまでも。
トクン、トクン、と心音が笑顔の華を───咲かせた気がした。
───。




