◇1
足音を殺し、気配を消し、森を進む影。
肩や腹部、足が露になる防具。
褐色の肌にゴールドブラウンの髪。左耳のピアス。背には古びた大剣。
防具の個有名は【月影・緋】大剣の個有名は【宵闇】どちらも和國のモノ。
一見、大剣を扱える様には見えない褐色肌の女性だが、茶色の瞳を冷静な色で燃やし、木影からA+の獣人型モンスター【ラマパズズ】を睨む。
ライオンと鷲が混ざった様な姿の【ラマパズズ】腹部にある傷痕を確認し、女性は呟く。
「何年探したかな...やっと見つけた。災厄の獣」
不敵な笑みを浮かべ、荒々しく、でも無理は無く、大剣をホルスターから引き抜き地面を強く蹴る。
───やっと見つけた。私に災厄を与えたモンスター。
でもその災厄のおかげで出会えた人もいる...感謝してるよ。
名前の無い私に名前を。
終わりそうだった私に命を。
未来を無くした私に今をくれた人。
その人を殺したお前を。
怨み...や、復讐じゃない。
私みたいな人を、あの人みたいな人を二度と.....同じ事を繰り返させない為に、私はビーストハンターになった。
悪く思わないで。
私もお前を怨んでないから。
戦闘は30分以上続き、A+モンスター【ラマパズズ】は耳を刺す悲鳴を残し、消滅した。
A+は楽な相手ではない。
しかし女性は独りで討伐してみせた。
いや...ラマパズズだけは独りで倒したかった。
予想通り大ダメージを負った女性だが、回復ポーションを飲む前に、左腹部から胸まで入った植物系の刺青を撫で、優しく笑った。
華から伸びる茎蔓には小さな棘。
私とあの人と...同じ名前の華。
名前が無かった私に茜が【あかね】と名前をくれた。
お腹にあるアカネの花は私の決意の華。
私の恩人で憧れで、目標だった茜の花。
あかねの花を立派に咲かせるから、見ていてね。
◆
名前も無くて、命も枯れそうで、今も未来も散りそうだった。
そんな暗闇に咲いた茜の華が、名前をくれた。命を繋げてくれた。今と未来と、夢までくれた。
自分の華を散らせて。
あかねの華と決意の芽が、私に宿るまでのお話。
武具と魔法とモンスターと
Various Episode [VE]
アカネの華 -ルビアン マダー-
私は産まれた場所を知らない。
家族の顔も人数も名前も、自分の名前さえ知らない。
ここがシルキ大陸の和國と呼ばれている事は知っている。
船でこの大陸に流れつき、私は拾われた。拾ってくれた人はサクラと呼ばれる鉱石を掘る仕事をしている人。
───お前はサクラを堀当てる為に和國に来たんだ。
そう言われ続け、ワケもわからずサクラを掘る日々が私の日常。
名前はなく、おい、お前、と呼ばれ、自分の歳もわからない。
唯一わかっている事は私はサクラを掘らなければ殺される事。
同じくらいの歳の人達が集まる小さな家。そこが私の眠る所で、私達を管理する場所。
つるはし で硬い地面を叩いてサクラを探す。
薄い服は与えられる。
クツはない。
手も足も痛くなり、身体が動かない日もある。
それでもサクラを探さなければならない。
耐えきれず逃げ出した人は何処かへ連れられて帰って来なかった。
私達はサクラを掘らなければ殺される。
今日も明日も明後日も。
太陽が昇る前に起き、山へ登る。
小石が足裏を突き刺し、血が出ても止まる事は許されない。
太陽が少し顔を出し、うっすら明るくなる頃、私達はサクラ採掘現場に到着する。
私達が寝泊まりする家以外にも同じ家があり、大人から子供までがサクラ採掘現場に集まる。
するとマスクをした大人が嫌そうな眼で、私達へホコリっぽいパンをくれる。
和國にはお米と呼ばれる作物があり、それが主食と聞いていたる。しかし私達の主食はこのホコリっぽいパン。
1日2回、パンを与えられ、水は自由に飲めるが、その水もホコリっぽい。
度々お腹を壊し苦しむ人もいるが、誰1人としてその人を構わない。
みんな自分が生きる事に精一杯なんだ...私も。
「パンを食ったらすぐにサクラを掘れ!何年経っても1つも掘り当てていないなど...貴様等はサクラを掘り当てなければ生きる意味もないんだ!わかったらすぐに仕事しろ」
男の声が私達の胸を叩く。
そもそもサクラと呼ばれるモノを私は知らない。
コレがサクラだ。と実物...最悪、絵でも見せてもらわなければ掘り当てるも何もない。
しかし無駄口は暴力で潰される。
私達には権利も自由もない。
ここに来て数年、毎日イヤでも聞かされる鉄が石を砕く音。
心地よくもなく、手は痛み、足はボロボロ。
それでも毎日サクラを掘り続ける。
お腹いっぱいゴハンを食べたい。とか、フカフカのお布団で寝たい。とか、そんな贅沢は言わない。
ただ、一度でいいから...綺麗なパンをひとクチだけ食べたい。
サクラを掘り当てたら言ってみよう。例え殴られ蹴られても、言ってみよう。
綺麗なパンをひとクチ、ひと欠片でもいいからください....と。
そんな希望を持ち、毎日自分を保ちサクラを掘る日々。
終わりの見えない現実に崩れたるな。
崩れれば命を無くす。
私は死にたくない。
痛いのはイヤだけど、死ぬのはもっとイヤだ。
いつか必ずここを出てやるんだ。
自分に言い聞かせ、涙を飲んで仕事をする。
それでも、今日もサクラは掘れなかった。
明日も明後日もサクラはいつまで経っても、私達の前には咲いてくれなかった。
数日後の朝、いつもの様に山を登り、作業を始めようとした私達だったが、今日はパンが無い。偉い人も居ない。
あんなパンでも、私達にとっては大切なモノ。それを与えてもらえないのはツラい。
「あの噂は本当だったんだな」
「あぁ...俺達どうなっちまうんだ」
大人達が小声で話し始める。
あの噂なんて私は知らない。
今は...喋っても殴られないんだ。
私は勇気を出して声を出す
「あの、噂って...」
どうしよう。
話しかけてから怖くなる。
殴られたくない。
痛いのは怖い。
両眼を強く閉じ、グッと全身に力を入れていると、大人の優しい声が届く。
「殴ったりしないよ」
私はその声を聞き、恐る恐るまぶたをあげた。
「噂っていうのは...魅狐族が俺達人間に怒ってるらしいんだ。サクラを採掘を止めろって魅狐族が言ってるのに止めない」
「魅狐...って?」
知らない事だらけだった。
魅狐族の存在も、サクラ採掘がその魅狐族にとってはイケナイ事なのも、私は何も知らない。
「魅狐族っていうのは化け狐だな。人間と変わらない姿だけど怒ったら耳や尻尾が出てくる。火や水を操る化け物だ。その化け物と戦える様に、俺達はサクラを掘ってる」
「サクラを掘り当てれば次は魅狐狩りをさせられるだろうな...結局死ぬんだ。みんな」
化け物?死ぬ?
イヤだ。私は死にたくない。
この会話から数十分後、偉い人が来て今日のサクラ採掘はお休みに。
家へ戻ると全員分のパンが用意されていた。
私達はいつものホコリっぽいパンを食べながら魅狐の事を呟いた。
「魅狐は化け物じゃない。和國を大切にしてくれるお狐様なんだ。それなのに...大人は魅狐を嫌う」
名前があるのか無いのかわからない子が魅狐の事を話し始めた。
私は何も知らないので黙って聞く。
魅狐は悪い種族じゃない。
人間は魅狐を嫌っている。
サクラを掘ったら魅狐を殺して、和國を人間のモノにする。
魅狐は和國を大切にしてくれているのに、人間は和國を大切にしない。
だから今凄く仲が悪い。
「魅狐って...名前あるのかな?」
私がそう呟くとみんな笑って言う。
「名前はあるさ、名前は自由に生きていい人が持てるモノ。わたし達には自由なんて無いから名前もないんだ」
笑って...笑って自由が無いなんて私には言えない。
今の現実に満足しているの?
自由ってなに?気にならないの?
なんで...ヘラヘラ笑っていられるの?
「魅狐なんてどうでもいいさ。採掘が休みなんだ、明日からまた毎日サクラ採掘なんだし、今日は好きなだけ眠ろう」
1人が言うとみんなうなずき、薄くて汚れている布団で眠る。
好きなだけ眠れる。
これが、私の初めての自由だった。
雨が肌を叩く中、私達は今日も山を登る。
何度か足を滑らせるも、昨日たっぷり眠ったせいか、雨の中でも不思議と身体が軽い。
採掘現場に到着したが今日も偉い人は居なかった。
「休みなら言ってほしいな...」
「雨の中歩いてきたのにパンの1つも貰えない」
ぶつぶつと言葉を溢し、偉い人を待つも、現れない。
雨は徐々に強くなり、雷まで響く。
「おいおい、今の雷...朱色だったぞ?」
「朱色の雷と言えば...魅狐のお狐様じゃねぇのか!?」
「お狐様がお怒りじゃ...ワシらは何も知りませぬ、何も知りませぬ」
大人達が焦り怯え、老人は地面に膝をつけ朱色の雷が走る空へ両手を合わせる。
何が何だか全然わからない。
でも、大人達がここまで怯えると言う事はただ事ではない。
不安を煽る様に雨は激しさを増し、突然地面が揺れる。
私達は驚き声をあげると、声を潰す様に低い音が...近付いてくる。
「土砂崩れだ!」
1人が山の頂上付近を指差し叫ぶ。地面を揺らし、山を滑る土砂が私達のいる採掘現場へ向かってくる。
「とにかく逃げろ!」
その言葉に全員がつるはしを捨て、必死に足を動かした。もちろん私も同じ様に。
しかし土砂は地面を揺らし、雨は足を奪う。
「キャっ...」
私の足は雨と振動に負け、転倒。足裏からは血が流れ、立つ事もできない。
私は必死に手を伸ばした。
「触るな!死ぬなら1人で死んでくれ!」
助けてほしくて手を伸ばしたのに、私の手は弾かれた。
死にたくないのに。
立たせてほしいだけなのに。
そんな私を狙う様に土砂は一気に流れ、山を降った。
◆
「....」
鼻先に落ちる水滴。
「....生きてた」
土砂に呑み込まれた後の記憶はない。でも、私は生きている。
ゆっくり身体を起こし、全身を確認するも目立った傷は無く心から安心する。
自分の無事を確認し終え、辺りを見渡すと、そこは知らない森の中。
空は晴れ、昨日...かわからないが、あの天気はどこにも無い。
「大変だ、採掘現場へ急がないと」
青空...昇りきった太陽を見て急ぎ立ち上がる。
遅刻してしまった。
早く採掘現場へ向かわなければ殴られる。
こんな状況でもそう思った自分へ少し呆れるも、身体は勝手に動く。
見た事もない森を必死に走る。一番大きな山を目指し、ただ必死に。
枝を踏み、足を痛めても、走った。
それでも森は終わらない。
右を見ても左を見ても、ずっと続く森。
自分の勘を頼りにただがむしゃらに走っていると...私は見た事もない生物と遭遇してしてしまった。
大きな身体と唸る声。
私を見る眼は黄色。
「っ、なに...」
初めて見る生物に私は喉から声が漏れる。
逃げなきゃ、食べられちゃう。
逃げなきゃ、食べられちゃう。
逃げろ、動け、逃げろ。
身体へ命令を送り、強張る足を全力で動かし、来た道を戻る。
直後、私の上を影が過ぎ、眼の前にあの生物が。
鳥の様な翼と足。
身体と顔は犬や猫に似ている。
その生物は私を黙って睨み、翼を扇ぎ、黒い風を飛ばした。
身体の右側に黒い風を受けると突然走った痛み。
耐える事が出来ず、その場で倒れると生物はそのまま翼を広げ、何処かへ飛び去った。
───顔が、腕が、お腹が、足が、右側が痛い。
「....ッ、いッ、、」
溢れそうな声を我慢し、右眼をうっすら開き自分の身体を見る。
「え、え?ヤダ、私の手...足も、え」
自分の知っている自分の手足....毎日山を登った足、つるはしを持った手は異様な姿に変わっていた。
右胸から指先まで黒く染まり、肘からは太い棘の様な何かが突き出ている。指先は針の様に。
足は所々が石の様な何かに被われ、堅く。
───顔は、私の顔は!?
辺りを見渡し水溜まりを発見し、急ぎ除き込むと。
「!?....」
右眼は黄色に。
歯は右側だけ動物の様に尖り、頭には太い角が。
───なにこの姿、私は人間だよ?人間なのに...なんで。
左眼から涙が溢れるも、右眼からは何も出ない。
ドクドクと脈打つ様に痛む右半身。
黒い手、硬い足。
自分はどうなってしまうのか?
そんな不安が頭の中をぐるぐる回ってると、背後で枝が割れる音が。
「...!?なんだ...お前は」
白い肌を持つ大人の女性が私を見て、化け物を見る眼で呟き、背から大きな剣を抜き襲いかかってくる。
反射的に右腕を前に出し、剣から自分を守ろうとするも、普通に考えて腕では剣を受け止められない。しかし私の腕は鉄の様な音を響かせ、剣を受け止めた。
「硬いな。半身人間...見た事ないモンスターだ」
女性は低く呟き、大きな剣を軽々と振った。
右側に当たると剣は火花を散らし、左側を掠めると簡単に血が出る。
「...私は、私はモンスターじゃない!人間だ...やめて、痛いのはイヤ!死にたくない!」
必死に叫んだ声は女性に届き、剣の攻撃は止んだ。
怯え泣く私を見て、女性は何も言えずただ固まる。
「お願い、やめて...殺さないで。私はモンスターじゃない、人間なの。だから殺さないで...サクラは掘るから、休まないから、だから殺さないでください...お願いします」
これが、私と茜の初めての出会い。




