◇6
空を舞う雪は無い。
空気は冷たいが風はない。
そんな日に雪の絨毯をかき分ける様に、ワタシ達ドメイライト騎士団 上層部レイラ隊は進む。
昨日この孤島、ウィカルムで見た影の正体はS2ランクのモンスター、フェンリルだった。
そう解った瞬間からワタシ達の任務は調査ではなく、討伐へと変わる。
S2...モンスターの危険度等を意味するランクで危険度だけではなく発見困難な希少モンスター等も高ランクに指定されるが、昨日ワタシ達が発見したフェンリルは希少で危険なモンスター。ランクは最高のS2。
この辺りのランクを持つモンスターは探しても中々出会えない。出会った所で半端な覚悟と実力では触れる事さえ許されない。そこでパーティを集め1つの巨大パーティ...レイドを組んで挑む。
フォンのパーティシステムは1パーティ最大6名。
そのパーティを最大10パーティ集めた巨大パーティがレイド。
ヘイト管理やヘイトコントロール。ドロップ分配等々がただ集まって討伐するよりも楽に分けられるのがレイドパーティ。A+あたりからはこのレイドパーティがデフォになる。例えそれが2パーティのレイドだとしても、ありとなし では討伐成功率よりも生存率が全然違う。
慣れない雪道に体力を奪われつつも、ワタシはまだ余計な事を考える余裕はあるらしい。膝下辺りまで積もる雪道を強引に進んでいるとキィキィと鳴く声が聞こえる。
「戦闘準備!」
隊長のレイラが言うと全員武器を手に取る。勿論ワタシも武器を。キィキィと鳴く声が大きくなり、そして姿を見せる。
レイラは素早くモンスター図鑑機能を使い、接近してくるモンスターの情報を獲得し指示を出す。
「ゴルコール。音波攻撃に注意しつつ、全員近くのモンスターを討伐!」
薄水色のコウモリ型モンスター、ゴルコールは数十匹で飛んでいる群れを持つタイプのモンスター。ワタシ達は武器を構え戦闘を始めようとするも、ゴルコールはこちらを見る事なく頭上高くを飛び去った。
「なんだ?」
1人の騎士が呟くも説明できる者はいない。
人間、それも武器を持った人間を眼の前にして見向きもせず何処かへ、まるで逃げる様に飛び去った。
直後それは現れる。
足元が小さく揺れ、揺れは次第に大きくなり、数メートル先の地面が盛り上がり、現れた氷の塊。ワタシも自分のフォンでモンスター図鑑を使い情報を獲得。
[アイスゴーレム]
雪山等に生息している天然ゴーレム。個体や環境によって多少ランクは変動するが基本はC。
Cランクモンスター、アイスゴーレムは次々に湧き、その数6体。
こちらは2パーティ。6.6の12人レイドだが、この様なモンスターを相手にする場合はレイドよりもパーティが別れて戦闘した方が回る。
と、なれば単純に1パーティ3体のゴーレムを相手にする事になる。
Cとは言えゴーレムは侮れない。高い防御力とHP、個体で差は出るも一撃の威力ならばC+ランクのモンスターを凌駕する個体も存在する...面倒な相手だ。
レイラは素早く、予想通り2パテに別れる指示を飛ばした。慣れないスノーマップで面倒なモンスターとの戦闘。
物理よりも魔術が有効なモンスター...しかし問題はこのマップ。
アイスゴーレムの弱点である火で攻撃すればすぐに戦闘は終わる。けどこの一面には雪。火で雪が溶ければ水になり水はこの気温で氷になる。
半端な火力では逆にアイスゴーレムを有利にしてしまう....そして今このメンバーに火属性ではなく炎属性を扱える者はいない。
ゴーレムはこちらの動きを待つ事は勿論なく、一歩一歩大地を揺らす様に歩き巨腕を振り下ろす。
今このパーティを指揮するのは小隊長であるワタシだ。
「ワタシが2体のタゲをとる!1体を5人で素早く倒し、次のゴーレムへ!火、水魔術は使わない様に!」
叫びワタシは2体のゴーレムへ向かった。モンスターのヘイトを効率良く稼ぐには、ヘイト補正のある剣術を撃ち込む他に、弱点部分を攻撃する方法がある。
100のダメージを与える魔術をヒットさせたヘイトよりも、40のダメージで急所を確実に叩いたダメージの方がヘイトは上。
急所に触れたや、急所も叩いた、ではなく、急所だけを叩いた場合の話だけど...ゴーレムのスピードとサイズ、自分のスピードと武器のサイズから考えて、急所を狙うのは簡単すぎる。
狙い通りゴーレムの頭に剣撃...剣術ではなく強めの通常攻撃を入れる事に成功した。
ここでゴーレムのターゲットはワタシに向く。あとは動きを観察しつつ攻撃を与え微量でもヘイトを稼いで、みんなの参戦を待つ。
体力と防御が高く、一撃にはスタン効果もある強撃。しかし動きは遅く単調。
慣れないスノーマップで初見モンスター相手でも危なげなく戦闘は進み、約10分後、全てのゴーレムは砕け散り微量のリソースマナとドロップアイテムを残し消滅した。
この後も数回、数はバラバラだったがアイスゴーレムやアイスウルフとの戦闘を繰り返し、洞窟を発見。そこで休憩を。
洞窟内の雪は奥へ進めば進む程減り、霜柱が宝石の様に輝くエリアで停止、休む事にした。
ここで昼食をとる事に。
騎士団にいる場合は食堂で、任務中はその任務先等で済ませるが、こういった孤島探索等では自炊するかエネルギー摂取だけを重視した味気ない加工食品をクチにするしかない。
幸い、ワタシが所属する隊は自炊勢だった為、モンスター討伐で入手した食材アイテムやそのマップで採取できる食材アイテムを調理し、味も栄養バランスもエネルギーも文句のない料理を作る。
見た目まで拘れないのが~と嘆いているメンバーも居たが、正直お腹に入ってしまえば見た目などあってない様なモノだ。
無意味な所まで拘りを持てる、余裕ある心は今の世界...平和を唄う世界だからこそなのか...まだそう答は出せないが、少なくても...今の世界に安心している者も存在すると言う事なのか...。
「アイスウルフから肉をドロップした人はいませんかー?出来れば提供して頂きたいのですが」
メンバーの声がワタシのこの思考を停止させる様に響いた。
すぐにフォンを確認してみると[アイスウルフのスジ肉]が複数個と[コピルコーヒー豆]を少量ドロップしていた。
この[コピルコーヒー豆]は知らないアイテムだが食材で間違いないだろう。この2つのアイテムを取り出し提供した。
「コピルコーヒー豆!?小隊長コレ...レア食材ですよ!」
「え?そうなの?...ワタシ食材アイテムとか全然知らなくて。よかったら使って」
全然知らないと言うよりは知る必要がない だ。
食材アイテムまで調べて求めても娯楽レベルで終わる。
そんな事に1分1秒も使いたくない。レア食材だろうとワタシにとってはただの食材アイテム。それ以上の価値も意味もない。
食材提供を終え、ついでにアイテム整理を済ませた。
フォンポーチと腰ポーチのアイテムを入れ替え、装備も防寒力を少し下げ機動性を上げた。
フードマントはフードで首や頭を守れて雨風でも視界を守ってくれるが、その分視界は狭まり音も聞き逃す心配がある。
ここはフードマントではなくマントに変更し、午後からは周囲の観察...サーチングを重視して進もう。
コートがあれば楽なのだがこのマイナス世界では防寒に特化したプロパティで更に上級コートでなければ意味がない。ブーツに装備していたスパイクや武器を1度装備解除し、フードマントからマントへ装備を変更させ、全身を休ませる。
サイズのいい岩の霜柱を払い、そこに座っていると昼食が完成した。
アイスウルフのスジ肉を使ったシチューとパン、アイスゴーレムからドロップした何らかの食材を使って作られた水色のゼリーがデザートらしい。
見た目にも~、と嘆いていた割には相当見た目に力を入れている様にも見える。
各々が自分のタイミングで食事を始める中、ワタシもマップデータを確認し終え、食事を始めた。
お皿に盛られたシチューの温度が冷えた手に伝わり、皮膚が張る様な感覚。
指がゆっくり溶かされる様に温まる。
シチューをひとクチすすってみると、見た目の拘りを簡単に凌駕する味のクオリティー。騎士が作ったとは思えない味と拘りについ言葉が溢れる。
「美味しい」
久しぶり...いやそんな言葉では軽すぎる。
数十年ぶりに、食べ物を食べて心から美味しいと思えた。
お金が貯まりギルドメンバーと、そこそこいいお店で食事した時の味なんて正直覚えていない。気にする、または思う必要がない味だったと言う事なのか、美味しくないも美味しいも、ここ数十年あまり気にした事なかった。
そんな時にこのシチューは恐ろしい程の完成度。
ワタシの中にある凝り固まった何かを1度優しく包んで、ゆっくり、ゆっくり溶かしてくれる気がした。
食事は食事。それ以上何も思っていなかった考えが少し変わった気がする。
気の許せる仲間や家族と笑って食べる食事は美味しい と言うけど、味だけじゃなく気持ちも満たされる。
まさかこのメンバー...騎士隊でこれを思うとは...。
食後に、いつもとは香りが違うコーヒーが。
「このコーヒーがコピルコーヒー豆から作ったコーヒーですよ小隊長!ドロップ品から作られたコピルコーヒーは、なんと一杯 8000vです!」
「え!?」
その値段にワタシを含め数名の騎士が声をあげた。
コーヒー一杯で8000v...金銭感覚が崩壊してるレベルではない。
本来コーヒー一杯の値段は250~350v、高級品で750v。
しかしこのコーヒーはワタシが知る高級品の約10倍の値段。
進められるままひとクチ飲み、驚かされた。
「どうですか?正直な味の感想は?」
「えっと」
感想に困ってると経験済みの騎士達が一斉に笑い言った。
「正直、街のカフェで飲む一杯300vのコーヒーの方が美味しいですよね?」
「貴族はバカ舌だから、高ければウマイって思ってるんだろ。ドロップ品で希少だからこの値段。味の値段は300vのコーヒーに勝てないな!」
正直このコーヒーは美味しくない。苦味は弱く、独特な...嫌な酸味が強く、香りも弱い....また味について考えてる自分。
余裕が生まれたワケじゃない。ただ、固まっていた何かが少し溶けて、スペースが空いただけ。
それだけでも、心が軽くなるんだね。知らなかった。
「因みにこれ、ウルフとかの牙獣型モンスターがコーヒー豆を食べて消化出来ずに排出したモノなんですよ!」
「へぇ」
「ですから、つまりは...」
牙獣型モンスターがコーヒー豆を食べて、消化されず排出するモノで、討伐時は体内にそれがあればドロップ対象。
ない場合は採取などで消化されずに排出したこのコーヒー豆...え。
「害はないですよ!確りとした知識と技術で完成させたコーヒーなので!ただ...元々は。って話です!」
シチューの温かさ。
食べ物の美味しさ。
心の回復と変化。
想像を遥かに越える値段のコーヒー。
どれもワタシには大きな事だった。
そして人生で初めて。
ワタシは今日...。
「コーヒーブレイクでコーヒーにブレイクされちゃった感じですか?小隊長」
されちゃった感じです。




