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我「弾丸」かく語りき  作者: 阿蘇像是
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狙撃3

「確かにそうだ、だがホテルラージマウス付近は敵共の庭みたいなもんだ。時刻によって大気の温度、湿度、風向と風速そしてホテル ラージマウスまでの正確な距離も知悉していただろう。全てを考慮に入れて、狙撃銃のスコープのノブを調整し、クロスヘアーに合わせてトリガーを絞り込むように引く。所詮この土地のテロリストだ、エクステリアー バリティックスまで熟知しているとは思えないが、ヴードゥー(弾道計算)などは経験則で頭に叩き込まれた奴だったんだろう」

 ヒューとスキンヘッドとタテューが二の腕に彫り込まれたラッシュハットが口笛を鳴らす。

「こいつは大したスナイパーだ。いくら地の利があるとは言え、ルルドの泉にも似た奇跡をやってのけやがった! アフガニスタンかどっかでとんでもねぇ狙撃訓練受けやがったと思いますね。こんな国でも本物のプロはいるんですね」

「おい、その表現は不謹慎じゃないか、自重しろ」

 と奇跡なのか奇蹟なのかは知らないが宗教的な発言が気に触ったのかジャジースピンが彼に牽制した。ラッシュハットは根はいい奴だが、最近特に国際的な勢力と国の予算を獲得し続ける民間軍事会社の社員並に口が悪い。また二の腕のでかでかと彫り込まれているタテューも本人は軍への忠誠の印だと豪語して憚らなかったが、ジャジースピンはそれも訝しんでいた。言葉にこそしなかったが、民間軍事会社の大金に釣られて真っ先に除隊を申し出るのはラッシュハットに違いないと踏んでいた。

「でもですよ、伍長、確かにあのあたり一帯は連中のテリトリーでした。だから我々からマズルフラッシュを発見しにくいような潜伏位置があったんじゃないんですか?」

 ジャジースピンも頷くしかなかった。

「それもある。だがやはりそんな狙撃に最適な場所を見つけて、長期に渡りじっと身を屈めて一撃で仕留めたんだ。やはり並みの腕の敵ではないことは確かだろう」

「まったくのおれの印象なんだが、狙撃手は単独で行動する一匹狼のような気がしてならない」

 スモールフローがそう呟くと、ジャジースピンも、

「私も同感です。そしてしばらくは闇に潜伏すると思われます。だが必ずどこかで奴は姿を現す、おれはそう感じるんです」

「うん、そうだな……」

 会議室に沈黙が訪れた。数々の戦争でも優秀なスナイパー一人が敵一個体隊の進軍を鈍らせ、戦局を大きく変えたり、敵軍の司令官を狙撃してその隊の意気を削いでしまったという事例には事欠かない。ベトナムの狙撃の英雄、カルロス・ハスコック、通称ホワイト・フェザーなどもその名を知らしめた。

「が、しかしだ。おれたちは狙撃の腕を見込まれて原隊から離れ集められたスナイパー集団だ。おれたちがこの天才的な狙撃のプロを止めなくてどうする? 他に誰がやる? それにまだまだ検証しなくてはいけない事も残っている。白旗を揚げるのは時期尚早だ。次は必ず奴の止めを刺す。その時やっとビッグキャップの死が犬死ではなく祖国に尽くした英雄の死として回帰するんだ。いつか本国に帰国した時彼の墓標の前でそのことを報告してやろう。そのためだったら何だってしてやるさ」

「そうだ、奴は本当にいい奴だった。海兵でも空軍でも海軍でもない、陸軍のクソ立派な野郎だった。おれたちで敵を必ず追い込む。約束してくれ」

 スモールフローは強く頷き返す。Nテューバ、ギンガム―G、ラッシュハットも目に涙を少しばかりたたえながら握手を交わし合う。

「よし、決まったな! 今日のデブリーフィングはここまで。後は各自休養を取ってくれ。解散」

 隊員たちはぞろぞろと会議室を後にした。最後に残ったスモールフローは明かりをオフにしてから出た。


 Nテューバは一人宿舎へと戻った。入隊以来の親友であったビッグキャップが死んだ。Nテューバにとってはこれほど身近な人間が死んでしまうのはこれまでの派兵の時にはなかった、つまり今回がはじめての暗澹たる経験だった。暗くて何の実りもないデブリーフィングの後、彼はスモールフローにビッグキャップの遺族のために自分に手紙を書かせて欲しいと懇願した。亡き戦友に対してせめてそれぐらいはという思いで……。悲しげな顔をしたスモールフローは肩を叩いただけで何も言わなかった。了承の合図だ。だがNテューバには当分それが叶わない作業になるだろうと感じていた、いったい何を遺族に書き残せというのだろう……。当然彼の家族の事などほとんど知らなかった。彼がまだほんの子供だった頃、育った大地と風の匂い、ハイスクールで起こした馬鹿騒ぎのエピソード、彼の人格はどのような環境で育まれたのだろうか……。あまり褒められたものではなかったかもしれない。Nテューバはニュージャージー生まれの比較的都会育ちの二十三歳だった。彼は地元の治安の悪い地区の札付きのワルで、十代の頃から少額ながらも麻薬の取引きに関わっていた。更生所を何度も出入りし十八歳の時ギャング団の抗争で逃げ惑う際に乗用車の窃盗をしてしまった。運悪くそれは追跡装置付きの高級車だった。車から降りた所で数人の警官に周りを取り囲まれ銃を突きつけられた。そして比較的長期に渡る刑務所送りが決定したが、最後に裁判長に軍隊行きの道もあると勧められ、彼は陸軍行きを決心した。ホモがうろつくムショよりゃましだ、また地元の悪い連中ともこれで手が切れるだろうとの簡単な思いつきで、彼はいちにもなくその提案に飛びついた。意外にも訓練課程を優秀な成績で終えたのと知能指数が良好な数字を収めたために一度目の派兵後、陸軍で特別な訓練を受けることができた。彼はやはりそこでも優秀な成績を収め、最後まで過酷な訓練をやり遂げたので、レンジャー部隊に配属された。しかし生来のケンカぱやさは直らなかったようで、直属の上官に度々注意を受けていた。不貞腐れてこうなったら原隊復帰でも覚悟するかとすら考えていたら、スモールフローにスナイパーチームにスカウトされたのだった。そして現在彼のチームに所属している。思えば裁判長の提案からあっと言う間の出来事に思われた。自室にこもってふとビッグキャップの意外な程の素直な一面を思い出していたら知らぬ間にNテューバは嗚咽を漏らして枕に突っ伏していた。いくら止めようとしても止まらなかった。何度も拳を硬く握り締めた。彼とビッグキャップは同期入隊だった、それからずっと一緒だった。ビッグキャップとコールサインを決めたのもNテューバだった。初めて出会った時、ビッグキャップはダブダブのジーンズにハイカットのスニーカー、そしてサイズの合わない野球帽を斜めに被っていた。それでコールサインはビッグキャップになったのだ、馬鹿馬鹿しいぐらい簡単な事だった。彼の後ろ姿を見たわずか数時間ばかり前の最後の光景が脳裏をよぎる、でかくて頼りになる背中だった。いったいビッグキャップの遺族になんて書けばいいのだろう……。ビッグキャップはいい奴だった、ただそれだけだ。軍隊式にはそれだけで十分だ。しかしそれでは駄目なのだ、彼を失った遺族には通用するわけがない。何年も前になるがビッグキャップが彼のベッドの横に腰掛けて男手一つで育ててくれた父親には大変な心労と迷惑を掛けた、自分が軍隊の訓練を最後までやり通せたことを父親はとても誇りに思っているようだったと語っていた。Nテューバは手紙を書く任務はとても自分では勤まりそうにないと思えてきた。とめどなく流れる感情が先行して思考がまったくまとまらなかった。自分はあまり学がない、書く文章のスペルもいまいち正しいのかどうか怪しいものだ。そうだ、スペルチェックは軍曹に頼もう。あの人は自分のような者からすればインテリ階層と言ってもいい。しかし必ず書き上げなければスモールフローは決して許してくれないだろう、彼は厳しい上官なのだ。文法は度外視してもらっても内容が粗末なものならぎろりと睨みつけて紙を胸に押し付けて再考を迫ってくるだろう。ぶるぶるっと彼は頭を振った。駄目だ是が非でも手紙は書かなくてはならない、これは任務だ、作戦だ。自分を奮い立たせるようにバシバシ頬を叩いた。彼はベッドから這い出して自分の背嚢からペンと紙を持ち出した。そしてそれらを備え付けの小さな机の上に音をたてて置いた。


 スモールフローは会議室を出た後、その足でセラス・キングスレー中佐のオフィスに向かった。一応は伝わっていると思われるが直接任務の顛末の報告に行くのだ。薄いベニヤ板のドアをノックする。乾いた音が返ってきた。

「失礼します、スモールフロー軍曹です」

「入りたまえ、軍曹」

 ドアを開けると書類を手にした中佐が座っていた。そして書類を机の脇に追いやり立ち上がって、初対面のスモールフローに親愛の情を垣間見せた。それは形ばかりの儀式だ、しかし軍隊のような社会ではそのような行為が重要なのだ。

「今回の任務の報告は上がっているよ。まさに悪夢が降りかかったようなもんだ。我が軍は非常に優秀な狙撃手を一人失った。彼には名誉勲章が授与されることだろう。しかしまだ若かった、ネスチャジャイにはこれからも彼のような人物が必要だというのに……。大きな損失だ。聞くところによると一発の狙撃で殺られたとか。しかも防弾ベストを貫いて胸部に被弾。なんと恐ろしい技術だろうか? 軍曹こんなことはまれだと思うんだがね、あのあたり一帯は白兵戦を繰り広げているわけでもなかったのだろう?」

「確かに恐ろしい程の精度の狙撃でした。しかしまれかと問われましてもここは前線には違いありません。彼が一瞬で悪魔に首を刈り取られたとしても不思議ではありません。残念な事ですが」

 中佐は椅子に座り直し、背もたれに背を預けた。

「君の言う通りだよ。だがね、こんなことはかつてなかった。わたしの知る範囲ではね。所詮相手は夜盗と変わらぬテロリストだ。装備も前時代的で粗末なものばかり、訓練もわずかな時間しか割かれなかった練度の低い連中だかりだよ。あるのは狂信なまでの彼らの預言者に対する帰依。軍がしっかりした訓練を施した我々の伍長をああも見事に殺れるはずはない。そう思わんかね? 奴らは伍長の敵ではなかったはずだ」

 スモールフローはまごついた。この将校様の発言の意図がまったく読めないからだ。どう返答すれば機嫌を損ねない? こっちだってこのスカウトスナイパーチームを率いるのはせっかく獲得した実力を見せるチャンスなのだ。こんなよくわからない問答で自分の軍歴を汚したくはない。自分にはまだ未来は開けているはずだ。

「よくわかりません。わたしは戦場で神の姿を見たことはありません。そしてスーパーマンや超能力者にも出会ったことはありません。だが時として偶然なのか不運なのか特別な力が働いて不可解な結末を見ることはまれにあります。フランジブル弾でもないごく普通の銃弾が壁に跳ね返り砕かれた結果出来た小さな跳弾が首筋をかすっただけで大男が衛生兵の処置も虚しく基地に辿り着く前に出血死したのも目撃しました。わたしにはよくある事としか言いようがありません」

 中佐が少し語気を荒げて彼の言葉を制止した。

「それもわかる、よく手入れされたはずの小銃が突然作動不良を起こし、空薬莢を排出できず為す術もなく練熟の軍人が少年のような兵士に殺される瞬間をわたしも数多く見てきた。当然知っているとも、今は基地の運営に関するデスクワークと新兵を鍛えるプランを練る事しかやらんが。だがね、軍曹。戦争というものはカジノで毎夜行われるギャンブルでもマフィア同士の抗争でも暴力的な夫婦喧嘩でもないんだよ。もっと過酷で冷徹な代物なんだ」

 スモールフローはますます言葉にきゅうした。クソッ、どういうわけか随分旗色が悪いぞ。このままだと何らかの処分がおれに下されるのか? しかし自分は今日の任務でどんな落ち度があったのだろうと疑問に思った。しかしすぐにいくら自分に落ち度がなくても詰め腹を切らされる事があるのが軍隊という組織であり世界なのだと悟った。不運で偶発的な事故によって部下を大勢失い陸軍特殊部隊デルタフォース創始者と言う軍の功労者でありながら失意のどん底で退役していったチャールズ・ベックウィズのように……。考えただけでも恐ろしい。

「軍曹、わかるかね。我が国の世論を、そして国連の及び腰な態度を。時代が変わり、またこの膠着した中東情勢、特にこのネスチャジャイでの一向に好転しない難局、膨れ上がる軍事費。民間軍事会社が台頭してきたとは言え、もはや軍は一人の戦死者だってカウントする猶予も与えられていないんだよ。国民とメディアが増え続ける戦死者を許してはくれまい。我が腐敗の進みつつある民主主義の国家では二世代前のように戦死者が出ても葬式代と哀悼の手紙一通では遺族の誰も納得してくれない。今や誰もが戦争に否定的になっている、それは君も国に帰った時痛切に感じていることだろうと思う」

「それはわかりますが、中佐。わたしはどうすればいいのでしょう? わたしには大局を議論する資格などありません。銃を持つ事しか取り柄のない軍人です」

 ついにスモールフローは白旗を揚げざるを得なかった。中佐は不服そうに無言で彼をじっと見据えていた。決まりの悪い時間だけが虚しく流れる。さあ、中佐、あんたが持っているラストカードを切ってくれ。とにかくジョーカーでもいいから。

「伍長の死はただの不運では受け入れられんのだよ。なぜ死んだか? この原因追求が最低条件だ。世論もメディアもそれでしか納得してくれないだろう。しかもこれもあくまで楽観的な観測によるところが大きい。今回の一件は君が考えている以上に深刻で決して看過などできんのだよ」

 その中佐の言葉とは裏腹にスモールフローはやや拍子抜けした。

「しかしそれは今回だけではなく、毎回調査されるはずですが? 事実わたしはこれから検視官に会いに行こうと思っています。おそらく彼の体内から彼の命を奪った弾丸が検出されるでしょうから。それは何も特別なことではありません。彼の上官としてそれらを知る責務があると考えています」

 中佐は机の上で両手を組んでいだ。しかし依然顔つきは険しい。

「そう、それは当然の事後処理だ。どんな状況であれ死亡原因は必ず追求される。例え爆弾で粉微塵に吹き飛ばされた片腕でさえ、DNA鑑定して本人を特定して家族の元に戻す。それが残された家族の心の拠り所になるからだ。また白兵戦では敵ではなく味方の銃弾に倒れる者も少なくない。もちろん不運な流れ弾ということもある。しかしそれだけではない、恨みを抱いた上官、同僚に銃口を向けるとんでもない輩も少なからず存在し、それは殺人罪で告訴され、罪を償わせられる。そういった事案の調査は厳正に行われないと、人を殺すために人類が編み出した道具が横溢する戦場ではたちまち誰も戦闘に加わろうとしなくなる。例え戦場であってもいかなる不正も見抜かなくてはならない。

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