表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我「弾丸」かく語りき  作者: 阿蘇像是
3/6

狙撃の結末

「ああ、そのようだ。二階はどうした?」

 ラッシュハットは狙撃銃を持ち直し、苛立たしげに進言した。

「持ち場もクソも、ビッグキャップの奴が殺されたんでは任務も何もないでしょう。これからおれたちゃいったいどうすればいいんです? このまま任務継続ですか?」

「まあ、落ち着け、ラッシュハット、状況が状況だ。わかっているさ。任務は終了だ。おれたちにできることは少ない。彼の遺体を丁重に持ち帰ることだ、それも安全に。後の任務の事は本部が決めてくれるだろうさ」

 スモールフローはヘッドセットの端子に話しかける。

「Nテューバ、ビッグキャップが狙撃で殺された。おれたちはすぐに下へ行く、お前は一階で待機してくれ。任務も中止だ。以上」

 しばらく間が空いて、

「了解、引き続き警戒にあたります」

 スモールフローはふうと長い息を吐いた。これからややこしくなるぞと覚悟を決めた瞬間だった。

「ジャージスピンとラッシュハットは現場をできるだけ汚さず、ビッグキャップの遺体を死体袋に入れてここから搬送する手はずを整えてくれ。ギンガム―Gはもう大丈夫だな、これからまた少し歩くが……」

 まだ青白い顔をしていたが彼は、

「ええ、もうすっかり元通りです。おれにも何か手伝わせてください」

「いいだろう、ではジャージスピンとラッシュハットの分の背嚢を担いで下へ降りてくれ」

 チームの全員が虚しい作戦の後片付けをはじめ、スモールフローは無線で本部にここでの惨状を報告した。すぐにストライカー装甲車を迎えによこす事、またチームの任務は他の隊に当たらせるので心配は無用だと形ばかりの返事が帰ってきた。本部の人間は事務的にそれだけの事しか言ってよこさなかった。スモールフローは一階に降りていった。

「しかし思いのほか短い任務になりましたね。まさかさっきまで悪態ついてた奴が死んじまうなんて……。誰がビッグキャップのようになってもおかしくはなかった、ただ今回は奴が一番運がなかっただけなんだ。軍曹、おれたちとあいつ、いったい何が違ったんでしょうね?」

 一階に着くとまるで待ちわびていたかのようにNテューバがそう問いただしてきた。

「何も違いなんてなかったさ、ビッグキャップは優秀な兵士だった。ただここが戦場ってことなのさ、理解しろとは言わない、だが基地に帰り着くまでは不平や不満は抑えてもらいたい。どうせ何を喚こうが彼は帰ってこないんだからな」

 スモールフローのチームはまだ依然として午後の灼熱を保持するホテルの外へと出た。当分太陽は沈みそうにない。先頭にはNテューバとギンガム―Gが立ち、真ん中にビッグキャップの死体を運ぶジャージスピンとラッシュハットが続き、しんがりをスモールフローがミニミ軽機関銃を持って務めた。当然真ん中三人は丸腰である。

「クソッ、忌々しいな。敵さんからすればおれたちは見方を殺られておずおず退散を決め込んでるわけだ。携帯電話で連絡を取り合って組織的に来られたら蜂の巣だぜ。残酷な言い方だが死体や負傷者ってのは戦場ではお荷物以外の何物でもないからな」

「仕方ないじゃないかでかい瓦礫と倒壊した電信柱が邪魔でストライカーではホテルラージマウスに横付けってわけにはいかないんだから」

「いやストライカーから歩兵の応援部隊が向かってくるみたいだぜ」

 見てみるとM4カービンを携えた歩兵たち数人が視認できた。スモールフローのチームと歩兵部隊は何事もなかったかのようにスムーズに合流し、歩兵部隊が彼らを援護してくれた。何かあっても必ず仲間たちが助けに来てくれるという暗黙の了解と鉄則がないといくら精強な部隊を揃え、最新式の火器に更新しても米軍は瞬く間に崩壊してしまうだろう。ビッグキャップは死んでしまった、だからと言って敵地にその遺体を放置するようなことは絶対にない。いつか自分がその立場になった時でも、仲間に死体を持って帰ってもらいたいからだ。ただし特殊部隊に属する人間はその限りではないが……。

 もう少しでストライカーだ、チームの指揮官としての責務からは開放される、そう判断してスモールフローは安堵した。ストライカーの厚い装甲の後部ハッチが開かれまず先頭の二人が乗り込み、そして多少苦労しながらもビッグキャップの死体を運び終え、それを運んでいた二人も車内に消えた。最後は自分の番だ、スモールフローはむせ返る様な暑さの車内に乗り込もうとした。災禍に見舞われつつも基地に無事に帰れるんだ、そう考えると死んだビッグキャップに後ろめいたいものを感じずにはいられなかった。

 ガンッと鈍い音がした。何なんだと振り返る間もなく歩兵に車内に強引に押し込まれた。歩兵たちが後部ハッチ付近に密集してM4カービンで一斉射撃を始めた。ストライカーが荒々しく反転し、歩兵たちも慌てて車内に乗り込み後部ハッチを閉めた。そして基地に向かって急発進した。スモールフローがストライカーに乗り込む瞬間に狙撃を受けたのだ。かなり近い所に被弾した。幸い分厚い装甲に跳ね返された跳弾はスモールフローには被弾せず、また車内に入り込んで暴れまわるようなこともなかった。残ったのは恐怖心と高鳴った動悸と装甲外部のかすかな弾痕だけだった。運転手はいつにも増してストライカーを乱雑に操作しながら進んだ。

「軍曹、危なかったですね。あの後車内から見てましたが弾丸は一発も飛んできませんでしたよ。あなたを狙った狙撃だったのかもしれません、もっとも歩兵たちが弾幕を張ったから敵が撃ち続けることができなかっただけかもしれなせんが……。大丈夫ですか? どうしました?」

 ジャージスピン心配そうに言葉を掛けてきた。

「ああ、何とかな。直接の被弾はおろか、跳弾で重傷を負うことだって多分にあったわけだからな。なにしろ幸運だったよ。ビッグキャップがおれを助けてくれたのかもしれん」

「何にしてもこれで基地に帰れるわけです。で、デブリーフィングはいつ行いますか?」

「身体の汗を拭き取ってからすぐだ。場所はいつもの会議室にしよう。ビッグキャップの死を悲しむのはそれからだ」

「了解」

 スモールフローは会話を切るように深呼吸した。そして防弾ヘルメットを脱ぎ自分の鼻や目、両耳が無事かどうか確かめた。傷一つなくあるべき場所にあるべき物があった。跳弾の破片もまったく当たらなかったようだ。窓のない縦二列の座席が据え付けてある車内には沈鬱な空気が流れ、互いに誰も口を利かなくなっていった。障害物を乗り越えるため車体が傾くたび誰かがビッグキャップの遺体を手でサポートとして揺れを最小限に食い止めた。スモールフローは軍人としてこれから成さねばならぬもっとも嫌な業務の事をぼんやりと頭の中で浮かべていた。嫌なべとつきを催す汗が間断なく流れる……。このチームの中では原隊も一緒で、もっとも古い同僚だったNテューバは汗やら涙やらわからぬものを顔中に湛え、何者かに呪詛の言葉を並べ立てていた。ギンガム―Gは本当なら自分が狙撃されていたのかもしれないと頭を抱え込んで恐怖と必死になって戦っていた。ジャージースピンはしきりに自分の狙撃銃と拳銃の具合を繰り返し確認し、無言で頭を横に振っていた。万が一という時にジャミングで銃弾を発射できなかったらどうしたらいいのだろうとプロらしく考えているのだろう。車内は極限の温度まで達していた、誰もが不満足に終わった任務を悔やみ、友の死を悼み、緩慢な疲労感と敗北感で身体中を満たされていた。

 基地に帰り着くとビッグキャップの死の一報を聞きつけた他の隊の人間たちが悲痛な面持ちで待っていた。スモールフローと同期入隊の者が哀悼の言葉を彼に掛け、心情を慮った。

「お前のせいじゃない。これは仕方なかったんだ。自分を責めるな。部下を失う気持ちはおれも知っている。だから、なっ元気だせよ。こういっちゃ何だがこの土地ではこういうことは付き物なのさ」

「ありがとう。でもその話はまた今度にしてくれないか? 今は話す気分にもなれないし、部下と一緒にビッグキャップをゆっくり寝かせてやらなければならない、彼も死体袋の中じゃ窮屈だし暑かろうしね」

 スモールフローは肩を軽く叩かれ労られた。

だが今はそれですら苦痛に感じられた。

「わかった、元気だせよ。もう一度言っておくがお前のせいじゃない。自分を責める事はビッグキャップの死を冒涜するのと同じ事だ。彼は自ら入隊を希望したんだ、誰に強制されたのでもない。ましてやお前に勧誘されたのではない」

 と同期の男は言った。その表情には苦悩の色が濃かった。部下を失った者に対して言葉による慰めが無駄なのを理解しているのだ。時間の経過による長い慰労に頼るより他なかった。 

 すでに日が傾きかけ、砂漠の大地は急激に気温を失い始めていた。この時期は平均摂氏四五度の気温が夜になると摂氏二五度になる。砂漠の気温の変化は苛烈なのだ。ゆらゆらと揺れる砂漠地帯の夕日は乾燥しきった風を運んでくる。基地の外の遠いどこかに羊の群れがおり、長い影を作っていた。この情景を見ればここがネスチャジャイの郊外だとは誰も信じないほど牧歌的な風景で、羊飼いもシャマグを巻いた老人とその孫だろうと思われる。故に色濃く反映される死の輪郭、ビッグキャップもその輪郭をさらに一層強くさせる存在となってしまった……。もはや何一つとして打つ手は残されていない。これが過酷な戦場の一面でもあった。


 ここは前線基地であって大規模な駐屯地ではない。故に使用できる真水も限られており貴重だ、隊員たちは宇宙ステーションに長期滞在する宇宙飛行士並みにシャワーの使用は限定される。日中汗みどろになって任務を終えて帰投してもそのほとんどが厚手のタオル一枚で拭き取るだけだ。そんなささやかな身体のリフレッシュの後、すぐにスモールフローのチームのデブリーフィングは始まった。場所はいつもの会議室、机と椅子があるだけの簡素な部屋だ。それでも汗を拭った後の空調の効いた会議室の居心地はまずまずだった。各々が適当にくつろいで椅子に座っている。

「では今回の、悲惨で最悪でクソむかつく任務のデブリーフィングを行う。おれだってやりたくはない、だがこれも任務の一貫だと思ってやり遂げよう」

 スモールフローはそう力なく宣言した。

「まずホテルラージマウスで狙撃によりビッグキャップが殺された。ホテルの一階にいたのがおれとNテューバ、二階にいたのがジャジースピンとラッシュハット、そして三階にいたのがギンガム―Gとビッグキャップだ。あれはホテルに到着してからどれくらい時間が経っていただろうが? おそらく三十分ぐらいだったと思う。あれはおれが無線で各階の情報を集めようと連絡を入れた時だったな? ギンガム―G」

「はい、おれがスポッターを務めてビッグキャップがスナイパーを務めていました。本当に何事もなかったんです。そして突然猛烈な衝撃波を感じました。自分では何が起こったのかすら理解していませんでした。軍曹から無線の音を聞いて我に返ったという次第です。そして横にいたビッグキャップを見たら、彼は机の上でうつ伏せで倒れていました。今になって振り返ってみると少し気絶していたのかもしれません。後は無我夢中で無線に答えました。しばらくしてジャジースピンが三階に到着しました。その時にはおれは床に這いつくばっていました」

「ジャジースピン、三階に上がって何か変わった事はなかったか? 瑣末な事でもなんでもいい」

 ジャジースピンは濃い髭の剃り跡のある顎を摩りながら、

「さあ、どうですかね。あれはどうだったか、まずM4カービンを手にして手前の部屋に入って何も変わったところはなかったので、奥の部屋に入った。すると顔面蒼白のギンガム―Gがいて、ビッグキャップが机につっぷしていた。それから窓にはあまり近づかないように注意しながら外の様子を窺った。だが二階でおれの監視していた風景よりちょっぴり視点が高いだけの景色が広がっていただけでした。何か変わったところ? 軍曹ここは戦場ですよ、殺す動機、殺すための武器に満ちていますよ。そんな事聞いたって仕方ないでしょう」

「それはおれだってわかっているさ。不幸な事だが、単なる狙撃で奴が殺されたと結論付けるのがもっとも妥当な考えであることぐらいはね。ただ指揮官としてどういう風にビッグキャップが、またどんなスナイパーに殺られたのか知りたいだけだ。それを彼の墓標に報告やりたい。理解してくれ、チームのトップとして自然な感情の発露だろう?」

「なるほど、KIAが出た時の正当な手順を彼のために踏んでやりたいということですね。いいでしょう、我々全員は例えチームが組まれた日が浅くとも協力は惜しみませんよ、軍曹」

 みな無言で頷く。彼らの悲愴な決意が窺い知れた。

「まずはギンガム―G、君はビッグキャップと最も近い位置で観測手、スポッターをしていたわけだ。当然ビッグキャップの狙撃銃M24 SWSリューポルド社製のスコープより君が覗き込んでいたスポッティングスコープの方が広域を監視できる。そのどこかに危険な兆候は見られなかったか?」

 ギンガム―Gは答える、

「いいえ、軍曹。それらしい敵の動きは見られませんでした」

「そうか、だが当然弾丸が銃口から発射された時、薬莢の中の推進剤が燃焼する光が一瞬でも見えたはずだ、そっちはどうか」

「いいえ、狙撃銃のマズルフラッシュも発見できませんでした。残念ですが」

「となると敵の狙撃手がどこからぶっぱなしかたわからんというわけだ。うん、これは厄介だな」

 ジャジースピンは合いの手を入れた。

「だがよ、ギンガム―G、おそらく中、長距離のレンジで狙撃してきたわけだ。例え軽微でも発射音がどの方向から聞こえてきたかぐらいはわかるだろう?」

 ギンガム―Gは申し訳なさそうに俯く。

「いいえ、発射音も何も聞こえてきませんでした」

「本当かよ……。マジできついな」

 スモールフローもやや諦め顔で天井を見上げた。

「となると敵は当然銃口にサプレッサーを装着していたことになるな、マズルフラッシュもなし、発射音もなしなんだから」

 Nテューバも口を挟む、

「でもサプレッサーを銃口に付けると弾丸の諸速度が落ちて、射撃精度も弾丸の威力も落ちるでしょう。それでなおかつスポッターのお前の監視をかい潜ってあれほどの狙撃を行うとは……」

 ラッシュハットは手を大きく広げてこう証言した。

「おれは二階でスポッターをしてましたがマズルフラッシュらしきものは発見できませんでしたね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ