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我「弾丸」かく語りき  作者: 阿蘇像是
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狙撃

 アメリカ合衆国陸軍第七五レンジャー連隊第三体隊A中隊の、通称スモールフローは各隊の狙撃班から選抜された狙撃手五名をスカウトスナイパーチームとして任務に参加中だった。彼の隊はストライカー装甲車で完全に安全が確保されているエリアまで乗せられ、その後目的地まで徒歩で移動する予定だった。スモールフローの所属する第七五連隊は、アメリカ合衆国ジョージア州フォート・ベニングに駐屯するアメリカ陸軍の歩兵連隊である。現在二五歳の彼は大学は性に合わないと経営学部の卒業を待たずに入隊した。特に愛国心が強かったわけではない、生粋の軍人一家の師弟ということでもない、ただ少しばかりエキサイティングだと思って町外れにあった入隊希望者を募る斡旋所でサインを交わした。そこで世話をしてもらった除隊間近の軍曹によると、今すぐ入隊すると中東に派兵される可能性が高いとのことだった。それが少しばかり魅力的に思えた。

「マジっすか、それ。イラクでしょ? 超クールじゃないですか。これは今しかないでしょ」

 軍曹は老眼鏡を手で押し上げながら彼に付き合った。

「ああ、超マジな話だ。しかし中東は断じてクールなんかじゃないぞ。スーパーホットだ。それにまあ何と言うかその、口調をまず正さないといけないな。なに大丈夫さ、すぐに慣れる」

 彼は自分の生まれた州からほとんど出る機会がなかった。国土の広いアメリカでは特別珍しいことではない、だが大学を中退した自分の身を案ずるとこのまま生まれ故郷で死ぬまで腐ってしまうのではないかという獏とした不安もあった。合衆国内だけではなく海外にも赴任できる、当時の彼にはそれだけで十分だった。両親は特に難色を示さなかった、好きにすればいい、どうせ自分の遺伝子を引き継ぐ子供だ、過剰な期待は幼少の頃より寄せていなかったと言われた。居間に諦観を含む少し冷たい風が差し込んだ気がした。彼の生まれ故郷は南部の銃規制に対して寛容な州だった。彼も十代の半ばまで祖父に連れられて射撃場に通い、週末には少しばかり牧場で乗馬も慣れ親しんでいた。そういう経歴が有利に働いたのか訓練にも積極的に取り組み、南米メキシコとコロンビアの麻薬カルテルの掃討作戦にも従事した。その時の功績が軍上層部に評価され、射程300~600メートルの範囲を担当するSDM(分隊指名射手養成課程)からSOTIC(特殊作戦標的過程 ノースカロライナ州のフォートブラック陸軍駐屯地のジョン フィッツジェラルド ケネディ特殊戦センター&スクール)に進んだ。そして彼は軍曹として中東に派兵された。下士官としてほどほどの政治力と抜群の狙撃術はまわりの信頼を一気に獲得していった。そして一定期間の従軍後、帰還予定日、DEROSを迎え本国に戻った。期間後も射撃とウェイトトレーニングを毎日欠かさず、極力アルコールを控え自制的な生活を全うした。何を考えてそんな質問をしてくるのかまったくわからない軍属の精神科医との面接も問題なくパスした。そして再び中東のイラクへと派兵されたのだった。スモールフローは手袋の中で己の握力を確認した。ただでさえ呼吸するのも困難と感じられる程暑い、定員兵員九名のストライカー装甲車の車中で上から下までまったく露出のない迷彩柄の戦闘服に身を包み、ケブラー繊維を何十枚も重ねて作られる防弾ベスト、その上にローデシアンリグから延びるウェブギアには様々な小物がぶら下がっていた。気が遠くなりそうだったが、かと言って窓を開放しているとどこから狙撃されるかわかったものではない。スモールフローは脂汗を掻きながら仕方ない、いつものことさと一人つぶやいた。支給されている狙撃銃はレミントン・アームズ社製のボルトアクションライフルM24 SWS、接近戦用のサイドアームとしてベレッタ92、モデル名はM9を装備していた。M24 SWSは使用弾薬7.62mmNATO弾、固定式弾倉五発、重量4400グラム、有効射程距離800メートル、ベレッタ92は使用弾薬9mmパラベラム弾、装弾数十五発、重量970グラムである。戦闘服やタクティカルブーツなどを加味すると総重量が十キロ以上になる。その上重い背嚢を背負って少しばかり歩かなくてはならない。不機嫌になる隊員が出るのは仕方ないことだ。

「暑いったらないね、忌々しい朝だぜ、まったくこの国は何もかもがおかしいことだらけだ。そう思わないか。いいかおれたちがこの国に来て一つでもいいことあったか? せっかくこの国を独裁者から開放してやったっていうのにまだ無法者扱いでおれたちに向かってバカスカ銃を撃ってくるじゃないか」

 ラッシュハットはぶつくさとそうつぶやいた。

「わかっちゃいないね、お前は……。独裁者からの開放だろうがなんだろうが、その独裁者ってのはアラブ人、ムスリムだったんだよ。一パーセントはいいところもあったろうさ、例えば髭が立派だとか……。例えばニューヨークでアラブ人が小銃を肩に掛けて歩いてたらどうする? おれたちなら愛国心に掛けて迎え撃つだろう。そういうことなのさ。この国の連中だって同じことをしているだけなのさ。おれたちはどこまでいっても異教徒だ、そうカッカしなさんなって。ただでさえ暑いんだからさ。異文化に干渉するってのはそれほど難しい作業なのさ」

 ここは午前一〇時のネスチャジャイは灼熱の下である。ネスチャジャイはこの国の首都バグダッドとは異なる戦闘の苛烈さを孕んでいる、極端に言及すると米軍を中心とする多国籍軍に攻撃を仕掛けてくる、テロリストしか存在しないのだ。もっとも西側諸国が呼称するテロリストであって、彼ら自身はそう思っていないだろう。二年前、この街の橋梁に護衛を業務とした民間の軍事会社社員三名がぶら下げられた。アメリカはこの行為を野蛮で非道だと避難して報復を世界中に宣言した。米軍の侵攻が始まると一般市民は一斉にネスチャジャイから外部に逃げたし難民と化した。そのかわり聖戦を信じるテロリストがこの国の全土から集まり、米軍も一方的にネスチャジャイに一般市民はいないとみなし泥沼の市街地戦へと没入していった。しかし二年が経過した現在も米軍による掃討作戦はいっこうに好転の兆しを見せていない。局地的にベトナム戦争末期の様相を呈しているのである。

「いいか、あと300メートルばかりだ。ここからは徒歩での強行軍だ。みんな降りろ」

 スモールフローはそう宣言して、チームの先頭に立って米陸軍支給の小銃、M4カービンのストックを肩に押し当て前に押し出すように進む。その他の隊員もM4カービンを両手にしているが、しんがりを務めるジャージースピンは分隊支援火器ミニミ軽機関銃を肩に押し当てゆっくりと進む。気温は摂氏五〇度近くときたら体力的に誰でもまいるのは当然だ、精神的にもきつくなってくる。無言の上に装備品と担いだ背嚢のたてる音と地面を擦るような足音だけが響く。無論警戒も怠ってはならない、どこにテロリストが潜んでAK―47の銃口を向けているかわからないからだ。またIED、即製爆発物が夜陰に乗じて廃棄された自動車やらどこかに仕掛けられているとも限らない。なにせネスチャジャイはテロリストしかいない街なのだ。しかしそれでも暗黙のルールはある、不用意に携帯電話を掛けようとしている老人はいないか、これは爆破物の起爆を促す装置の可能性もあるからだ、また自動車で猛スピードで突っ込んでくる自爆テロリストはいないか、子供たちを盾にした悪辣なテロリストがいないかなど一通りの注意点を逃さなければこの街でも300メートルは銃撃を受けなくて済む。彼らが侵入したことによって緊張感が急上昇しているあたり一帯をなるたけ刺激しないように隊員は細心の注意を払っていた。注意は怠らないが、不用意に刺激してもならない、これが戦場の掟というものだ。

「もうすぐだ、いいか、気を緩めるな。怪しげな動きの端緒を絶対見逃すなよ。目をフルに動かして銃口を最適な位置に向けていろ。足元にも注意しろ」

 この辺りは倒れた電柱やら電線で装甲車でもない限り走破できない、隊員たちは爆発物の残骸やら地雷の爆発跡を乗り越えながら進んでいく。彼らは全員で前後左右、そして上空の三六〇度を分担して警戒している、建物屋上からRPGロケット砲の直撃を食らえばチーム全員があの世行きか、それに近い惨状を晒すことになる。ただこの地帯でもっとも幸運なことは吹き飛んだ死体の足や腕は後続の部隊の連中が丁重に拾ってくれることだろう。そしてしっかり祖国に送り返してくれる。実にありがたいことだ。狙撃班から選抜されたこのチームの隊員に新入りは一人もいなかった、全員プロとして冷静に、そして的確にこの状況によく対応していた。よってスモールフローが特に指示を出す必要もなかった。ザシッ、ザシッと彼らの足音だけが彼らの生存を追認してくれるようだった。地面の色は淡い黄土色、建物は白く、高くても四階建てまでがほとんどだ。空気は乾燥しきり、微風が隊員たちの頬の皮膚だけを柔らかくなでる。樹木は自動車や装甲車になぎ倒されてほとんどない、そのため皮肉な事に上空への視認性はある程度確保されているといった按配だ。各自背嚢には水分、携帯食料のレーション、銃弾、救急救命具、武器類一式が入っており隊員の肩と背中にきつく食い込んでくる。

「おい、ラッシュハット、忌々しい朝もやっ  と終わりだぜ、あれだよ、あの建物さ。ああしかしなんてこった、間近で見ると銃弾の跡だらけじゃねえか。クソッ、思ったより骨が折れる任務かもな。この有様じゃうかうか寝てもいられないぜ。本部は安全は確保されていると言っていたがどこまでが本当なんだかな、怪しいもんだぜ」

「連中は仮に危険だったとしても安全だって言うに決まってるじゃないか。うとうと午睡に陥って起きたらあの世だったとかな、へへへ」

 とビッグキャップが建物を指差した。

「おい、それは笑えないジョークだぜ。ほとんどの時間はスコープを覗いてるだけなんだから」

「そうだ、これが我々が二日間お世話になるプライベートスウィート、通称ホテルラージマウスだ。三階建て、一フロアにつき二部屋、一階だけは一部屋のリビングルームだ。どうだなかなかの壮観だろう、ご覧の通り窓はすべて割れていて開け放ってある。昼でも夜でも快適で最低な風と砂埃が吹き込んでくる。全員きっと気にいるぞ。おそらく今回だけでなくこれから何度も我がチームにここでの任務が要請されるだろう、覚悟しとけよ。楽な仕事を済ませて簡単に本国に帰られると思ったら大間違いだぞ」

 ジャージースピンはやれやれと首を横に振る。

「ただの廃墟じゃないですか。ここでつっ立っているのとそうは違わない。それくらいわかりますよ」

「ジャージースピンよ、まあそう言うなよ。ここはカルフォルニアのビーチじゃねぇんだぜ。悪夢の街ネスチャジャイだという事を忘れてもらっては困るぜ」

 とギンガム―Gは手袋をヒラヒラさせてそう答えた。

「まっ、灼熱の太陽とテロリスト共の冷ややかな視線からは逃れられる。それでいいじゃないか。それとも日射病でぶっ倒れたいのか。少なくともおれは嫌だね」

 Nテューバは素早くスミス&ウェッソンの防弾サングラス越しに警戒する。

「どうやら無駄口は終わったようだな。よしでは入るぞ。入り口はグリーン(右側)にある、そこから進入してアルファ(一階)はおれとNテューバが残って入り口付近と一階の警戒をする。敵が集団で襲ってきた場合に備えておれが分隊支援火器、ミニミ軽機関銃で弾幕を張る。各階からの狙撃とミニミで味方の歩兵部隊が到着するまでは十分持ちこたえられるだろう。ブラヴォー(二階)はジャジースピンとラッシュハット、チャーリー(三階)はギンガム―Gとビッグキャップで各階クリアリングしてくれ。一応本部の話では安全であると思われる。が、ここ数日の夜陰に乗して賊が潜伏している可能性も否めない。その後各階の部屋の窓から一人がライフル銃で侵攻してくるテロリストどもの監視、狙撃を行う。もう一人はスポッティングスコープでそのアシストする。交代は追っておれが無線で指示を出す。なにせ四十八時間の長丁場だ、休息と食事は都合のいいように取ってくれ。またテロリストと思わしき人間を目撃した場合も我々の危機となりうるような武器を所持しているか否かなどSOP(標準作戦手順)を守るように。ネスチャジャイとはいえSOPは変わらないからな、各自遵守せよ。我々はあくまで監視任務にきたんだ、人殺しが第一の任務ではない。キルはないにこしたことはない、ここら一帯が蜂の巣をつついた様になっては困るからな。必要以上に音をたてて連中を刺激するな。水も節約しろよ、計算して飲むんだ。小便もクソも残すなよ、全部ビニール袋に入れろ。本部に戻る際何一つ残すじゃないぞ」

「了解」

 各人が声を合わせて頷いた。

「ではギンガム―Gとビッグキャップから行け。ゴーだ!」

 ギンガムGとビッグキャップがM4カービンを手にして死角を塗り潰すかのようにすり足で入り口に向かった。銃身の長い狙撃銃は至近距離での戦闘を想定した場合にはまったく使い物にならない、ドラッグパックに入れ肩に担いでいる。砂埃が舞い、風に乗ってどこかへと消えていく。生命維持を保証する背嚢がいかにも重そうだった。

「よし次お前らだ。ゴーゴー!」

 次にジャジースピンとラッシュハットが向かった。最後にNテューバがスモールフローに一瞥をくれて一階のフロアに消えていった。スモールフローは残って入り口付近から周囲の警戒をはじめた。この時とばかりにたっぷりC―4爆弾を積載したトラックがつっこんでこないかと全方角に銃口をすばやく走らせた。幸いここいらで一般に出回っているRPGロケット砲の影すらなかった。スモールフローはすこしばかり安堵しM4カービンのスコープから目線をはずした。

「よし、後は監視任務だな」

 四十八時間は決して短くはないが、何とか無事に乗り切れるような気がした。滲む汗が再び任務に駆り出されたのだなと今更ながらに実感された。

 ジャジースピンとラッシュハットはすり足で二階へと向かった。その表情には緊張感がみなぎっている。何か起こるとすれば今がもっとも確率が高いのだ。すばやく銃口を動かし敵が扉の影に隠れていないか索敵しながら進んだ。ジャジースピンが一番手前の部屋に入ってクリアリングを完了させた。次にラッシュハットがその横の部屋のクリアリングを済ませた。

 三階ではギンガム―Gとビッグキャップがクリアリングに向かっていた。最上階は高度があり最も狙撃に向いている。二人の狙撃手としての腕も確かだ。

「クリア!」

「クリア!」

 とギンガム―Gとビッグキャップの声がした。手際のよいすばやい身体のこなしだった。

 ヘッドセット越しに隊員のクリアリングを終える報告が聞こえた。

「よし、いいぞ」

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