どこまでも馬鹿な男 6
異変に気付いたのは講習が終わった時のことだった。
使っていたものをしまうため、鞄を開ける。―――目を、見開く。呼吸が一気に浅くなった。
「は……」
通帳がなかった。それだけじゃない、印鑑も。勢いよく鞄に手を突っ込み財布を出したが、その中にあったはずのキャッシュカードは抜かれていた。
「なん―――」
財布の中の僅かな金は残っている。が、貯めていた金全部が入った通帳と印鑑、カードだけなくなっている。
身体中から力が抜けて行った。机に縋るようにしてなんとか体を支え、みっともなく蹲ることだけは避ける。
再発行―――出来るだろう、恐らく。それでも手続きに金がかかる。そんな金はない。畜生。何も無駄に出来ないのに。時間も金も、何も無駄に出来ないのに。
ぎりぎりまで校内に居座りたかったが、春期講習だけのため早々に追い出されてしまった。ふらふらとよろめくようにしながら線路沿いを歩いて行く。
水……は、最悪なんとかなる。問題は食料だ。残った金は1000円と少し。カードを再発行するにも足りない額だった。
(……誰かに言ったところで、それでアウトだ)
一発で相談所やどこかに連絡が行く。その時点でもう「普通」のルートからは外れてしまう……それだけは、それだけは絶対に避けたかった。
(小田巻に言う……や、黙っていてもらえるら可能性が……)
どこまで信じていいのかわからない。だから誰も信じない。仕方がない。
とりあえず水だけで一日凌いだが、夜を外で越すという行為は体力をがりっと削ってくれた。目立つ容姿をしているのはわかっている。故に目を付けられ易くてそうなったら警察の世話になる可能性が上がることも。いいことなんて何一つとしてない。とりあえず早く休めるところに行きたくて、朝校門が開く前に高校に着いた。朝練の部活があって助かった。比較的早めに空いた校舎にふらふらと入り込み、教室……はまだどこも開いていなかったので、屋上へ続く階段の踊り場にばたりと倒れ込んだ。リノリウムの床は微かにざらついていて、冷たい。どんどんと自分の体温を削っていくのがわかったが、その分体は余計な発熱を止めずに体温を上げ続けている。吐いた息は湿っぽく熱かった。
完全に体調不良。光に蹴られた痣はまだ痛むし、一昨日だって廊下で寝ていた。昨日は外で夜を越してろくに眠れず、そして、今日は? 今日はどうする。何処にも行く宛なんてない。
酷く眠い。酷く。
瞼が熱く、視界が狭まる。
泥のような睡魔に足を掴まれ、そのまま引き摺り込まれた。
夢を見ていた。子供の頃の夢。子供の頃もあいつとは関係がぎくしゃくしていて―――それでもまだ、こんな風な関係の形では、なかった。
大して思い出す思い出もなく、のろのろと顔を上げ―――がばりと起き上がる。関節が鈍く傷んだ。
「いま―――なんじ、だ、」
携帯を取り出す、が、充電が切れていた。舌打ちして両手を突っぱねて立ち上がり、階段を下りて廊下の窓にへばりついた。向かい校舎の時計を見る。
十四時過ぎ。
「うそ……だ、ろ、」
講習は終わっている。畜生、と、食い縛った歯の間から言葉が漏れた。
無駄に出来ないのに。何一つ、無駄にしてる時間なんてないのに。