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馬鹿共の行進 6

「これではありません。彼は人間です」

「いいよ、いいから。いつものことだから、」

「黙ってて。…ともりくんを今後も虐げ続けると?」

「虐げているつもりはありません。いらないだけです」

「そんな理由が許されると? あなたの子供ですよ」

「わたくしの子供はただひとり、光です」

「よくもそんなことが言えますね」

「もういい、そう言ってくれるだけでいいからっ、」

「いいから黙ってて。…こちらには弁護士が付きます。それでも態度を改めないと?」

「どうして改める必要があるのです?」

「もういい、いいからーーー」

「黙ってろって言ってんのが聞こえねえのか、下種」

目を見開く。母親に対する厳しい口調を変えないまま言った、彼女の言葉だった。驚いたように光が息を吞む音がする。

「え…?」

「あなたに用はないんだ」

「なんで…」

「ともり。いるんでしょう。出ておいで」

「なに、言ってるの? 俺が灯だよ」

「ともり。私を選ぶならーーー不幸になるのは、許さない。一生、許さないよ」

空気が変わる。気配で分かる。

ふわりとーーーやわらかく、それでいて、神聖なほど深い微笑みを彼女が浮かべる

「ともり。おいで」

ーーー心が、勝手に、呼応した。

全力で暴れる。がんがんと痛みが鳴り響く頭を思い切り振るようにして上体を起こし、周りのものを薙ぎ倒しながらなんとか立ち上がった。

全力でドアに体当たりする。ドアの向こうで悲鳴が上がったのが分かった。知らない。知らねえ。

何度も、何度も。身体全体に伝わった痺れと痛みが骨を揺すっても。ぎしぎしとひた歪みを感じても。知らねえ。知らねえ。会いたい。早く。

一撃、渾身の力でぶつかってーーードアが弾け飛んだ。雪崩れ込むようにつんのめって無様に転がり、床に這い蹲って、それでも尚、彼女に会いたくて夢中で上体を起こし、

光を背負って、彼女がいた。

薄っすらと微笑みを浮かべて。酷く静かな貌で。微塵も驚かず、当然のことだというように。

ふわりと、彼女がそばに屈んだ。口を塞ぐテープと両手の拘束を剥がしてくれる。

「迎えに来たよ、迷子さん。ーーー帰るよ、ともり」

瞬間、彼女を抱き締めた。

自分もまだ立ち上がれぬままで。何とか腕だけのばし、縋り付くように。いつかのように。

「みーさん」

彼女に言う。みーさん、みーさん、みーさん、みーさん。

「ざけんな…ざけんなよ、俺を棄てるのかッ!」

光が花瓶を振り上げるのが視界の端に見えて咄嗟に彼女と体を入れ替えるようにして庇った。抱き竦め腕の中に閉じ込めて、痛みに備えてきつく目を閉じる。

衝撃はーーーいつまで経っても、来なかった。

「障害未遂ですよ」

静かに落とす男がーーー異国の男が、そこにいた。

「僕には、あなたたちを訴えられるカードが揃っていますーーーこれ以上、それを増やすこともないのでは?

「…行くよ、ともり」

腕の中で彼女が言った。少しだけそっと体を離すと、彼女は何も恐れずに真っ直ぐこちらを見つめ、

「帰るよ」

ーーー迷いのない眼と言葉は、一欠片も欠けず、真っ直ぐに届いた。

「ーーーうん」

無意識だった。笑って、甘えるように頬に微を合わせ、そっと彼女を抱き起こす。彼女は本当に小さくて華奢だった。自分が触れることを許された女は、本当に小さな、ただの女の子だった。

歩いてく。進んでいく。ーーー手を引かれて。

光に満ちた、外の世界へ。

よろこびや悲しみや涙や微笑みや鼻歌や雨や怒りや呆れや痛みや再会や何もかもがバランス悪く満ちた、馬鹿みたいに広い世界へ。


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