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馬鹿は笑う 7


遠くで、雨の音。それともっと近くで、荒い呼吸音。

肩で息をする彼女が自分をじっと見つめていた。

殴りかかった拳は、のばしたまま。掴んだ手は、握ったそのまま。

お互いにお互いが沈黙して、膠着した。

「ーーーはっ…」

その沈黙を嘲笑うようにして鼻で笑ったのは、自分だった。

「…馬鹿みたいだ」

誰に言ったのかーーー自分でも分からないまま、身を離す。手を離す。遠去かる。

自分の影の中、階段に座り込んだままの彼女を見下ろす。大きな眼は逸らすことなく、怯えることもなく、自分をまっすぐ見上げていた。

耐えられない。耐え切れない。

「知るかよ。ーーーあんたなんか大嫌いだ」

吐き棄てて。

踵を返した。リビングを抜け、玄関を抜けーーー振り返らないで。

雨が降っていた。冷たい、雨が降っていた。今度こそそれを感じる。

ばしゃん、と足が水溜りを跳ねた。泥水。お似合いだ。

足早に歩き出す。振り返らず、脇目も振らず、そうやって非常に身勝手に強制的に放り出して終わらせた。

ひとりで。




いつものホテルのいつものエレベーターホールに女はいた。

濡れ鼠の方がまだましだと言うくらいずぶ濡れになった状態でそこに踏み入る。下で係員が迷惑そうな顔をしたが真っ向から無視した。

「あら、大変ね」

艶やかな声でーーー少なくても本人はそう思っているのだろうーーー言った女が、ゆったりと微笑んで自分に手をのばした。頰を撫で、その水滴を這わすように広げ、髪を掻き上げるようにして触れる。

「逃げて来たの?」

くすくすと、楽しそうに、酷く愉快なものを見るように。

触れる手が気持ち悪い。

向けられる視線に肌が粟立つ。

これが、日常。

ーーーよく言った

頰を撫でて、髪を梳いて、頭を抱いてーーーやさしい声でそう言ったひとの面影が揺らいで、そして、消えた。

「先に一緒にシャワー浴びる?」

「いい。早くやろう」

顔を背けてエレベーターに乗った。後に続く女も乗り込み扉が閉まると同時に頭を掴まれ貪られるように合わされる。生ぬるい温度の体温が首筋や覗く鎖骨を撫で、口の中が気持ち悪さでいっぱいになる。部屋まで我慢も出来ねえのかクソアマが。

噛まれた唇の端が痛む。痛んでーーー心が、沈んだ。

早くやろう。

終わらせよう。

何度だって終わらせよう。終わらせて、終わらせて、終わらされ続けよう。

ーーーばいばい。もう二度とはじめないよ。




〈 馬鹿は笑う 馬鹿が、嗤う 〉


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