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馬鹿は笑う 3

講習後佐野に連絡し時間を作ってもらった。なんだか前回来たのがずいぶん前のように感じる美容室のドアを開ける。日数的にはそんなことはないのだが、まあ、いろいろあったからだろうか。

「よ。お前から連絡してくるのはじめてじゃないか? どうした」

「今金ないから今度払いになるし、そもそも約束と違うことなんだけどさ。ーーー髪の色、黒くしてくれない?」

佐野が目を瞬かせた。ああ、とうなずく。

「注意された? 春休みだろ?」

「違う。けど、今だけはどうしても黒くしたい」

駄目だろうか。だとしたら佐野には悪いがもうこの関係は止めにしたい。そんなことを考えながら返答を待った。

「分かった。座れよ」

「…いいんだ?」

「次のカットの時好きにさせてくれれば。やめられたらたまんねえし」

読まれてたか、と、肩をすくめた。

「ありがと」

「いーえ。でも真っ黒にはならないぞ。今やっても暗めの茶色とかそんなんだ。それでもいいか?」

「いい」

そこまで欲は言えない。うなずいて、椅子に座った。

「前来た時と顔が違う。表情が。女でも出来た?」

「出来ない」

「じゃあ何かあった?」

「別になにも」

階段から降ってきた女受け止めたり木から飛び降りて登場した女見て驚いたりしてただけ。あれ、結構あのひとおかしなことしてるな。

「この色評判悪かった?」

佐野が毛先に目を落とし、少し気にするように問う。首を横に振って答えた。

「似合ってるって言われたよ」




店を出て歩き出す。ショーウィンドウに写った自分を見つめた。先ほどまでとは彩度が全く異なる、艶のあるアッシュブラウンの髪色。確かに真っ黒にも元々の自分の色とも違ったが、それでも気分だけはふわふわと浮かれたように浮上する。暗い、色。

足取りも軽く帰路を歩む。歩いていたはずの歩調がどんどんと早くなっていって、しまいには小走りになった。駅前まで辿り着き、道を折れる。

ふと、意識が視線の先に引っかかった。人ごみに紛れた小さな後ろ姿。遠くから見ると黒く見えるのに、日の光に当たりふわっと軽い色にそこだけ染まる、目が求めるあの色。

大きな声で呼び止めようとしてやめて、走って行って追いかけた。横に並ぶように肩口にとん、と軽くぶつかる。

「御影」

振り向いた彼女が足を止め、ふわっと目を見開いた。

「ーーーともりくん?」

驚いたような声。黒目がちな目が真っ直ぐに自分を見つめ、髪先を目で追う。唇が少しだけ開いた。

「わーーー色、変えたんだ」

「うん。たまたまカットモデル必要だったらしい」

買い物帰りなのか手に持っていた買い物袋を攫う。どこかの誰かが死ぬほど食べるので量が多いのだろう。

「そうなんだ。こっちもすごく似合ってるね。いきなりだったから少しびっくりした」

「そう。どっちがよかった?」

「どっちも似合ってるよ。けど個人的にはこっちの色の方が好きかも」

「ふうん」

好き、か。ーーー浮き立つ心を必死に抑える。

「しばらくこのままなの色でいるの?」

「まあ評判悪くないなら」

「そのままでいなよ」

にこにこと御影が笑う。うれしそうな笑顔。くすぐったくも心地よく満たされるような満足感があったが、なんだかむずむずとしたので御影の頬を軽く抓っておいた。

「うぇ、いたいいたい。吉野みたいなことしないれ」

「だからあんたたちいつも何やってんだ」


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