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馬鹿は笑う 1

ーーーかわいそうだと思ったのが、はじまりで、終わりだった。




「ともりくんー、朝だよー」

ゆさゆさ、と体を揺らされる。シャツ越しに感じるあたたかな小さな手。ぼんやりと覚醒していってーーー薄っすらと開けた目がその人を映し、かっと覚醒した。

「っえ、?」

「わっ」

覗き込んでいた御影に頭突きを狙うが如く飛び起きてしまい、寸前で御影が上体を起こした。そのままの勢いでバランスを崩す。無意識で手をのばし腕を掴んで引き寄せた。今度はぐんっとこちらに引っ張られた御影が体ごとこちらに激突する。

「わっ、」

「ぷっ、」

肩口に鼻をぶつけたのか変な音を出しながら御影がこちらにのしかかる形になって、そこで漸く、斬新かつおかしなダンスは終わった。…しばしの沈黙。

「…起こそうと思った…だけなんだ…」

いたい、と鼻を押さえながら御影が身を引いた。遠去かる体温と重み。

ベッドの上にぺしゃっと座り込む形で痛みをやり過ごすような顔で耐えてる彼女にちょっと慌てて身を寄せる。

「見して」

「や、打っただけだからだいじょぶ…」

「血が出てるかも」

「なおさら見せたくない…」

「いいから」

顔を押さえる手を掴み退けた。少し赤くなった鼻と、不意を突かれて僅かに潤んだ瞳と、情けなくへの字になった唇と。

至近距離でまともにそれを見てしまい、かっと顔に血が上った。咄嗟に手を離して目を逸らす。

「えっ、血出てるっ?」

「…てない」

「えっ?」

「出てない!」

「えっ? あっ、そう…なんで怒ってるの?」

「怒ってない!」

「じゃあ感謝しようよ。今ここに吉野がいなかったことについて」

一瞬考えて何かに感謝した。確かに。

「…で…ああ、起こしに来たの」

「え? …ああ、そうだった」

そういえばそんなこともあった、とでも言うように御影は手を打つ。

「朝ご飯早く食べちゃいな。遅刻しちゃうよ」

ふは、と朝から笑顔を間近で見せられ、がりがりと頭を掻いてため息を吐いた。自分に。




今まで一応自力で起きれていたのに今日に限って起きられなかった理由はーーーストーカー事件が全て終わり安堵したから、と、いろんな意味で気が抜けた、から。

制服に着替えて顔を洗い、食卓に着く。すっかり身に馴染んだ朝の動作をちょっと客観視して自分に呆れた。要するに平和ボケだ。研ぎ澄ましていなければならなかったもの全部が今きれいに丸みを帯びているような気がする。

「いただきます」

「いただきます」

これもすっかり馴染んだ動作で手を合わせ、味噌汁を啜る。うまい。ほどよい塩気と熱が体の中を通っていくのが分かる。

「うまい」

「ありがと」

テーブルを挟んだ向こう側で笑う彼女の顔をなんとなく見つめた。朝だからか昨日付けてたイヤリングはなく、服もシャツとジーンズといういつものスタイルだ。

食事を作るためゆるく纏められた髪。日に透かすと茶色を通り越しオレンジがかった色に染まる髪。それでも少し離れると黒く見え、だからこそ近くでその色を見た時はっとさせられる。儚くて、今にも崩れてしまいそうな色だと。

「御影のその色は、地毛?」

「地毛だよー。父方の色だね。お父さんこんな色だったから」

血の繋がった父親の方が。言われてみれば確かに写真もそんな風だった。

自分の髪の色はーーーどんなだったっけ。別に忘れたわけでもないのに、ふとそんなことを思った。

「おはよー。なにやら危険な匂いがしたからやって来たよー」

「さ、魚は焦がしてないよ」

「そういう意味じゃなくってね」

この家の鍵を持っているらしい三木が朝から登場した。と言っても約束してあったのは知っている。食卓にもおかずは三人分並んでいた。

「何の話してたの?」

御影から米と味噌汁を受け取りながら三木が首を傾げる。

「髪の色の話」

「ああ、ユキは黒髪が好きってあれね」

「え」

思わず御影を見る。あわてたように御影が言った。

「ともりくん金髪よく似合ってるよ」

「え、あ、うん。ありがと。いやそうじゃなくて」

「でも役者さん採用する時黒髪の方が多いじゃん」

「それについては自分でも気付いた…気を付けなきゃね、絵面的にどうかって時もあるだろうし…」

一気に難しい顔になられた。撮影の話は今遠慮願いたい。

「ユキは黒髪好きだよ、我らが担任も黒髪だったじゃん」

「あー、そだね」

「…教師が好きだったの?」

「たくさんのひとから好かれるいい先生だよ。私も好き」

「いい男だよねえ、あれは誰でも惚れる」

御影の言葉でなあんだと浮上し、三木の言葉で沈まされる。…駄目元で佐野に連絡してみるか。

「…そいつどんなやつ…ひと?」

「飄々としてて、でも笑うと子供っぽくてかわいい。二十代で若かったから他のクラスの女子生徒から大人気だったよね」

「バレンタインどの男子よりももらってたよね。食べ切れないからって私もらったもん。ホワイトデーにお返し要求されたけど」

「ああ、あったねー。器も広いしおもしろいし格好いいし、いい男だよあれは」

「器が大きいって?」

楽しげに思い出話をしはじめる女二人仲になんとか入ろうと苦戦する。

「やー、ユキも含めうちのクラスのほぼ全員が休み時間唐突に廊下で大爆笑しはじめてうるささで問題になって先生たちが集まって来た時があったんだけど、その時も冷静に対処して他の先生追い払ってくれたり。他の先生は基地外を見るような目付きだったからね」

「そりゃそうだろあんたたち何やってんだ」

三十八人が廊下で大爆笑してたらそれはもう不気味だ。何が見えているんだろうと不安になる。

「うちのクラス仲いいからねえ」

のんびりと味噌汁をすする御影もまたどこか違った意味で駄目な人間だった。主に頭とか。



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