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どちらかが馬鹿 19


放課後や休日、コーヒーショップでよく過ごしていた綾瀬とその友人と、その店をよく利用していた光と。お互い顔だけは知っていて、店で顔を合わせる度あいさつするようになってーーーそれからなんとなく、三人で座るようになったらしい。友人が光に好意を持つまで、それほど時間はかからなかったそうだ。

綾瀬は友人を応援し、二人がくっつくのを心待ちにしーーーそしてそれは、友人が光に告白したことで成就する。

あなたのことが好きです。付き合ってください。

光が返した返事は承諾。けれどひとつだけ、条件があったらしい。

ーーー学校では絶対に、話しかけてこないこと。

恥ずかしがっているのだろうと思い、友人は条件を飲んだ。放課後や休日、コーヒーショップだけで二人の時間や綾瀬を含んだ三人の時間を過ごすようになる。

けれど、相変わらず学校では他人同士。光は多くの女子生徒に告白されていて、友人は次第に不安になっていく。

何故隠すのか。恥ずかしいからか。…自分が彼女だと言うことが恥ずかしいのだろうか。痺れを切らした友人は、ある日ついに我慢出来なくなって行動に出る。光と親しげに話す女子生徒との間に割り込み、そして、自分が彼女だから近付くなと、宣言した。

光はーーー笑ったそうだ。

必死の友人を見て、鼻で笑ったそうだ。

何言ってるんだ? 誰、こいつ。と。

くすくす、くすくす笑う声。自意識過剰、妄想女だと嗤われる。悔しい。恥ずかしい。そして何よりーーー悲しい。

そうして友人は、学校に来なくなった。




「…何だったんだろうな。思春期特有の照れだったのかね。あの時期って結構えげつないことやったりするもんな」

でも、確かにそりゃ恨むよなーーーと。真野は気の毒そうに言った。

「唯一だった友達もいなくなって、外部受験して違う高校に行ったら、自分の憎くて堪らない男がいて。でも昔は人気者で女にももててチャラかった奴がひとが変わったみたいに大人しくて感じも悪い奴じゃなくなってて、難いはずなのに惹かれていってーーーそりゃ気持ちもぐちゃぐちゃになるわな。ましてや女の家に出入りしてちゃ」

日が暮れた帰り道、電車で御影の家の最寄駅まで戻り、四人でぶらぶらと夜道を歩く。綾瀬とはあの公園で別れた。

真野はというと、並木道の先でずっとスタンバイしていたらしい。綾瀬が人気のない場所に逃げ込むのは予想していたようだが、御影の隠れている方と別の方向に行こうとしていた場合は妨害するつもりだったらしい。結局そうはならなかったのでずっと待ちぼうけしていたようだ。流石にざまあみろとは言えない。

にしても。

「…何で木から飛び降りしたの?」

「怒り狂ってる状況の人間を飲み込むには、大袈裟なくらい馬鹿なことを一発派手にやるのが一番なんだよ。それが一番早くて一番効果的」

あのくらいの高さなら何の問題もないし、と、技術部の女がけろりとして言う。

「ライト背中に縛り付けて木登りより全然まし」

「あれはきつかったねえ」

「夏だからライト目掛けて虫ばんばん飛んでくるしね。危うく口の中入るとこだったよ」

「御影の『待たせたな!』って声だけしか俺聞こえて来なかったんだけど。あれなに?」

「ああ、木から飛び降りた時に叫んだんです」

「『待たせたな!』って? 何の関係があるんだ?」

「『一度は言ってみたい台詞』の三位ですね。今回で叶いましたが。」

「脈絡ないのに宣言しただけだろ。二位は?」

「『飛ばすよ、お客さん』」

「運転手かよ! 一位は?」

「『前の車を追ってください!』」

「客かよ! お前誰なんだよ!」

軽快な会話を繰り広げる二人の横顔と、それを見て笑う三木の横顔を見る。

ひろ先輩には無理だ。君にも、無理だ。

抱きしめるように迫った体は、演技だろう。三木の位置からは綾瀬が見えていたのだから。特徴なりなんなり調べていたのだろう。

でも、あの時言われた全てはーーー嘘でも演技でもない気がした。

「じゃー私こっちだから。また明日ね」

「うん、いろいろありがとー。ほらひろ先輩、吉野送ってって」

「途中まででいいですよ。彼氏来るんで」

「お前ら本当強いよな」

ぶつぶつ言いながら別れ、二人きりになる。

立ち止まって大きく手を振っていた御影が、手を下ろした。

「…まだ痛む?」

どこが、とは訊かれなかった。

「…光のしたことはいいことじゃないし憎まれても仕方ないと思う。…けど、どうしてそんなことをしたか光の気持ちが分かった」

それが嫌で嫌でーーー悲しかった。

「ーーー…独り占め、したかったんだ。自分だけのものにして、独占したかったんだ。誰にも教えたくなかったんだ…」

手に取るように分かる。呼吸の仕方と同じように、頭ではなく心が理解する。

「多分、その友人のこと、別に光は好きでもなんでもなかったと思う。大事なのはそうじゃなくて…自分を好きだと言ってくれる人間、それが重要だったんだ。だから付き合った。それを誰にも教えたくなかった。最初から一緒にいた綾瀬はともかく、学校の奴らにも誰一人として言いたくなかった。自分だけの自分を好きな人間であり続けてほしかった。…だからあんな条件を出したんだ」

分かってしまう。ーーーお前もそうだろう? と、自分の中の誰かが愉しげにささやいた。

独占したい。独り占めしたい。誰にも見せたくない。渡したくない。離さない。

ここから先ずっと、終わるまで自分のものだと。

「それを破ったからーーー棄てた。自分だけの事実でなくなるなら、もう要らなかったんだ…友人にとっても綾瀬にとっても光は裏切り者だと思う。けど、光にとっては友人がーーーきっと裏切り者だったんだ」

どっちが悪かった。なんて。

分からない。光は酷いことをした。何も言わず相手に押し付けて、理解されなかったから手酷く棄てた。いいわけがない。正しくなんかない。けど。

じゃあ、どうしたらよかったのか。

この焦がれるような欲をーーーどうやって、消化したらよかったのか。

「…好き、だからって自分の全部を押し付けちゃ駄目でしょう。

自分の欠落を、押し付けるんじゃ駄目なんだよ。ーーー自分の欠落を、どうにも出来ないところを、それでも大切に拾い上げてもらえて、はじめて満たされるんだよ」

愛おしそうに御影が言う。先ほど自分のために怒り少女を叩いた彼女が、静かに。

「だからーーーともりくんは、そうしなさい」

誰かにそうされたことがあるのか。

誰かに満たされたことがあるのか。

想いを何処に馳せたのか。その眼は誰を映したのか。

分からない。知らない。教えてはもらえない。ーーーだから、うなずいた。それだけが今、自分に出来る唯一のことだったから。

「…御影」

「なあに?」

「…ありがと」

霞めるように、手に触れる。握らない。たった、一瞬だけ。

それでも何故か、触れたところから熱が駆け抜けていくのが分かったーーー何故だか、どうしてだか。

顔が熱い。体が火照る。それが、心地良い。

ふは、と御影が笑った。

「うん。ーーー帰ろっか」

歩き出す。それに倣う。歩き出す。ーーー一緒に並んで。

自分よりもだいぶ小さな歩幅。意識して合わせなければ合わないスピード。ーーーどれだけ一緒に歩けば、自然に合うだろうか。

小さな体で背筋をのばしてーーーどこまでも進んで行く彼女。

春休みはあと少し。

四月はもう目前だった。

あと少し。あと少し、少しでいいから。少しでも長く。せめて、自分が彼女のスピードを覚えるくらい。

こうしていられたら、と。

そう思った。










間違えて、思ってしまった。






〈 どちらかが馬鹿 どちらとも、愚か 〉



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