どちらかが馬鹿 18
「蕪木くんに傷付けられて、絢香さんは不登校になって、転校していったんだよね。ーーー綾瀬さんを置いて」
びくりと綾瀬の肩が震えた。青ざめた顔で三木を見つめる。恐ろしいものを見る目付きで。
「綾瀬さんにとって唯一の友達だった絢香さんはーーー男に傷付けられて、去ってしまった。…その傷を埋められなかった自分を、認めたくなかったんでしょ? 唯一の友達に置いていかれた自分を、認めたくなかったんでしょ? 唯一の友達にとって、自分はそんなに軽い存在だったと、思いたくなかったんでしょ? ーーー全部ぜんぶ、認めたくないし許せなかったんでしょ?」
綾瀬がーーー泣き出した。ぼろぼろと涙を流し、声を上げて。
御影が、あきらめたように口を開いた。
「…何にも相手に言わないで、ただ別のやり方でぶつけて、傷付けて、奪って、損なわせてーーーそれはあなたの悲鳴の上げ方かもしれない。けどね。結果的にはーーーただの八つ当たりなんだよ」
いやいやをするように首を振りながら綾瀬が泣き喚く。鳴き声に混ざる言葉は違うと叫んでいた。そんな綾瀬を見て、御影は。
笑顔を消した。目を伏せて、それから。
いつもの冬の中の陽の光みたいなあたたかさで、微笑んだ。
「綾瀬さんは。ーーーともりくんのことを、好きになったんだね」
沈黙。
泣き喚いていた綾瀬さえ黙る、沈黙。
「…え…?」
目を見開く。呆然とーーー綾瀬を見た。無意識の内に一歩踏み出す。
「来るな! 馬鹿が」
御影が自分にはじめて向けた叫び声に動きが止まった。逆らえない。動けない。何故か。
「おかしいと思ってた。ともりくんへの手紙は『ウラギリモノ』。これは分かる、蕪木くんだと勘違いしていたんだからーーーでも、ユキに対しては『シネ』。それから塗り潰した写真。…恨むとしてもね、いきなり飛び過ぎに感じたよ。ともりくんの彼女だと思ったから関係を壊してともりくんに復讐しようとした、そうじゃなくてーーー自分の好きなひとに好きなひとがいて、邪魔に思っているみたいだった」
三木が笑う。妹を宥めるような、あたたかい微笑み。
「そんな自分も、認めたくなかったのかな。これは想像だけど、蕪木くんとともりくんってだいぶ性格違うんじゃない? まるで別人みたいに見えてたんじゃない? …同じクラスだったみたいだし、一年間かけて、「好き」が大きくなっていっても、仕方ない。友達を裏切った憎い男だけど、でも惹かれていく自分がいて、悔しくて悲しくて気持ちがぐちゃぐちゃになってたんじゃない? …しょうがないよ。だってさ、全部ひっくるめて恋なんだから。情けなく嘆いてみっともなく騒いで、それ全部で恋なんだから」
「ーーーっ、初恋だったの!」
綾瀬が叫んだ。
「うん」
三木がうなずいた。
「はじめてだったの、こんな気持ちになったの!」
「うん」
御影が微笑んだ。
「好きになっちゃったんだもんーーー真剣に勉強して、ぶっきらぼうだけどちゃんとしてて、口は悪いけどやさしくてーーーあいつだと思ったら憎くて仕方なかったけど、でも、好きになっちゃったんだもん!」
「うん」
「なのに変な女と一緒にいるし!」
「…きついな」
「きついね」
「きついよ! きつ過ぎるよ私には! 今度好きになるならーーー次恋するなら、絶対ぜったいもっと簡単な男にする!」
「無理だよ」
こともなげに御影が言った。
「綾瀬さん、男見る目あるみたいだから」
さらりと言われて一瞬理解出来ずーーーかっと、顔が熱くなった。口を開けて、結局何も言えず中途半端に視線を逸らし閉じる。
そんな自分見て、綾瀬は顔を歪めた。拗ねたような、笑い出しそうなまた泣き出しそうな、複雑極まりない表情に顔を歪め、
「…ふん」
小さく呟いて、そっぽを向いた。…少しだけ楽しそう。そんな風にも見えた。




