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どこまでも馬鹿な男 3


ホテルでクリーニングに出していた服を取り出す。ビニールを剥がしてゴミ箱に捨てた。今日の夜はあの女がいないので満喫だ。ビジホは高い。

狭いブースの中できれいすぎるほど整えられたシャツに着替え、ズボンもスウェットに履き替える。ぐしゃぐしゃと紙を掻き回し、シャワーは朝浴びるかと思いながらノートと問題集を取り出す。まず宿題。それから予習。それから復習。それから、それから……

きゃっきゃっと、隣のブースからはしゃいだ声。それからひそひそと潜めるような声になって、一瞬の沈黙。ひょこっと、ブースの上から汚物色に染めた髪の頭が二つ顔を出す。

「ボク、こっちこない?」

汚い笑顔に、それはそれは魅力的に微笑んで見せる。何も返さずにノートに目を落とした。

黙ってろ、××××が。




自分の見た目が酷く女の目を引くことは知っていた。だからそれを使うことに躊躇いはない。俺の顔で俺の体だ、多分。

あの女に操を立てている訳なんかなく、まさかあの女を気に入っている訳でももちろんなく、ただただ、自分のこの金の稼ぎ方をこれ以上したくないだけだった。

女に関わりたくない。

これ以上はキャパオーバー。いらない。

だから誰も近付かないでね。消えてくれ。




翌朝、満喫でシャワーを浴び身なりを整えた。あくびをしながら携帯をチェックするとカズマからのメールが来ている。自分をカットモデルに使う美容師。割引きされているとはいえ通常若干はかかるカット料金をゼロにする代わりに、スタイルに一切リクエストは受け付けない。だからこの髪の色だって自分の好みなんかじゃないし、別に好きなわけじゃない。

『そろそろまた来て』

月一で来る、もう定例と化した一文。今日の夕方寄る、とだけ返して、フリップを閉じる。小田巻センセイ、髪の色がせめて茶色になるよう祈っておいて。




「相変わらず凄い顔立ちしてるな、灯」

「……顔立ちなんて早々変わらないでしょ」

オレンジに近い明るい茶色の髪を、毛先が遊ぶようにふわりとセットしている男が人の悪い笑みを浮かべて鏡越しに言った。

佐野 一真は所謂「イマドキの男」だ。ファッションは雑誌に載っているかの如く最新で、髪型も美容師なだけあり常に絶妙にセットされている。そんな佐野と付き合いがはじまったのは一年少し前だ。学校帰りふらふらとぶらついていたところカットモデルをやらないかと声をかけられ、そして何かを気に入ったのか月に一度は自分を呼び髪を整える。払える金はないと散々告げていたのだが、無償で髪を切る代わりに如何なる髪型、髪色でも文句を言わないという約束が取り交わされ、以来それなりの付き合いが続いている。相手は練習になるし自分は美容室代を浮かせられるし、ギブアンドテイクだ。

「職業柄、いろんな客に会ってきたし、それこそ外見を売りにしてる奴らも相手にしてきたけどな。けど、お前のこの顔はちょっと異常だよ。毎日声かけられてるだろ」

「……そんな暇人ばっかじゃないでしょ」

事実、そう思えるほど頻繁に声はかけられていた。昔からのことだ。みんなみんな、この顔がお気に召したらしい。……鏡を見やる。機嫌がよさそうでも、不機嫌そうでもない、どうとでもない顔。これのどこがいいのかはわからない。ただこの顔に魅かれる人間が多く存在する、ということはよく知っている。

「芸能界とか興味ないわけ? お前くらいのレベルだったら裏で女入れ食い状態だろ」

「……別に女はいらない」

「は? 男?」

「ばっかちげえよ」

渋面を作ると佐野はまたあの人の悪い笑みを見せた。




髪の色は変わらなかった。いや、ちょっとピンクを混ぜたとか混ぜなかったとか、色々言われたけどよくわからない。資料用の写真を何枚も撮られて、漸く解放。髪の長さが大きく変わったわけではないので正直あまりさっぱりした感はない。

癖で髪をくしゃくしゃと掻き回しそうになり、流石にきれいに整えてくれた人間の前でそれをやるのはどうかと思い寸前で堪えた。特に意味はないのに癖になっている、そんなことが山ほどある。

「そういえばさ、こないだお前俺無視しただろ」

「え?」

「そこの駅前で。夜。雨降ってた日」

「雨……」

その日なら、あの女といつも通りホテルに行っていたはずだった。夜ならまさにマッサイチュウだ。―――だとしたら。

「あー、ごめん。気付かなかった」

「嘘吐け、思いっきり目ぇ合ってたぞ」

「傘さしてたからさ。ぼんやりしてたし。ごめん」

「別にいいけどさ」

髪型が違ったはずだが―――傘か。夜だし、気付き難かったのか。ほっとしながら肩を竦めてみせる。

「じゃあな、また来月」

「うん。じゃあ」

告げて、店を出る。かつて女に声をかけられた道を抜け、駅前へ。

今日は女とは会わない。暫くは会わない。

金は全部口座に入れた。なので手持ちが余りにも心許ない。だとしたら。

「……行く、か」

呟いた言葉は掠れてはいなかった。けれど、迷子のように揺らいでいた。





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