どちらかが馬鹿 1
それがはじまったのは春期講習も佳境に入ったある日のことだった。
ぱかん、と開けた下駄箱に入っていたそれ。一度瞬きをしてからそれを手に取る。白い飾り気のない封筒。その下にあった自分の上履きを手に取り、履き替えた。
「お前今すんなりラブレター無視しただろ」
「…お前は突然来るのな」
あきらめがたっぷり詰まったため息を吐いてみせると林場はにひひと笑った。かわいくないし気持ちが悪い。素直に不快感を顔に出すと流石に林場もその気持ちの悪い笑みを引っ込めた。
「今時ラブレターはないだろ」
「や、お前の携帯番号もアドレスも俺と綾瀬さん以外誰も知らねえんじやねえの?」
「……」
「携帯に連絡出来ない上に直接言う勇気も出なきゃこうするしかないだろ」
「……お前、御影にしょっちゅう電話して俺が今日何やってたか報告するのやめろ」
非常に納得してしまったのが酷く悔しくてそう言うと、「何で!」と大袈裟に反応して見せる。
「御影さんいつもよろこんでるぞ。勉強について行けてるみたいだしお友達もいるし充実してそうでよかったーって」
「…あいつ誰だよ。俺のハハオヤか」
「ポジション的にはお前今何も言えないと思うけど」
「……」
非常に納得してしまった。苦虫を十匹くらいまとめて噛み潰したような顔になる。
御影が母親。絶対に嫌だ。
「蕪木」
「なに」
「俺のことお父さんって呼んでもいいぞ」
「死ね」
素直に言った。心から。
林場は相変わらずうるさくて、綾瀬は相変わらず物静かで話を振られると挙動不振で、講習は順調で、林場も休んでいた分の遅れを取り戻して、
全てが上手く行っていた。御影と、自分のよく分からない曖昧な関係も。
講習を終え、御影家の鍵を開けるとリビングで御影が笑って出迎える。
「おかえり、ともりくん」
「…ん」
ただいまは言わない。照れ臭い以前に不自然だ。だから言わない。
それでも彼女は笑う。どれだけ短い返事をしても、微笑んで返す。
だから言わなかった。言えなかったわけでは、決してない。
ーーーウラギリモノ
ラブレターでもなんでもない、ただカタカナで書き殴られた手紙の存在を。




