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どこまでも馬鹿な男 23


翌日、洗ってもらった制服のシャツに袖を通すとふわりと石鹸の匂いがした。クリーニングとは違う家庭で洗濯したやさしい匂い。気分がすうっとよくなる。

顔を洗いリビングに顔を出すと、いい加減見慣れた後ろ姿が朝食を作っていた。振り返り微笑む。

「おはよう」

「……おはよう」

ぼそりと返しただけだが、御影は気にもせず火を止めた。

「今日から講習だよね」

「そう。……電子辞書借りてっていい?」

「どうぞ。使わないから自由に使ってていいよ」

有難い。目を逸らして小さくお礼を言う。

「いーえ。……先、食べちゃっててー」

何やらまだ作業が終わらないらしい御影に遠慮することなく先に席に着く。手を合わせて「いただきます」と言って箸を取ると、驚いたような顔をして御影が振り返った。

「……なに」

「……ううん。……めしあがれ」

にっこりと御影が微笑む。居心地が悪くなって味噌汁をすすることで無理矢理誤魔化した。




昨日の夕飯は御影が宣言した通りハンバーグだった。デミグラスソースのかけられたでかいハンバーグ。乗せてあるチーズはとろけていた。付け合わせのじゃがいものバターソテーと茹でたにんじんとブロッコリー、米、コーンスープとやはり何故かおひたし。おひたし好きだなこいつ。

味を問われ、短くおいしいとだけ返した。実際うまかった。一人暮らしが板に付いているのか、料理が手慣れている。

朝食はたまたまか知らないが毎回和食なので、洋食も含め一通りのことは出来るのだろうなと、魚の身をほぐしながら思う。

ぼんやりとそう考えていると「はい、これ」と御影が何か差し出して来た。目を落とすと緑のバンダナに包まれた何かだった。「なにこれ?」と素直に訊ねると、御影は当たり前のように「お弁当」と答える。

「は? 弁当?」

「うん。……あ、いらなかった? 余計だったかな」

「いやいるけど」

即答してしまい唇を噛む。馬鹿か。

「……あるならあった方がいい、けど。もらっていいわけ」

「いいよー。見映えとかは全然だから申し訳ないんだけど」

「別に気にしない」

講習は十四時までだ。途中昼休憩を挟むが金がないこで後半はきついなとは思っていた。

内心ありがたかったがそれを態度には出したくなく、そっけなく受けとり「……ありがとう」小さく言うと御影は微笑んだ。

「気を付けて行ってきて。私も今日はバイトだから。夕方には帰るよ。鍵これね」

簡単に鍵を手渡され、相変わらずこの女の警戒心というものがどこにあるのか、と内心首をひねる。あの真野という男の心配も少しはわかるような気がした。




無事に登校し、前回休んだ時の担当教師に謝罪を入れ、気持ちだけは新たに講習を受ける。前回受けなかった部分はプリントと借りた参考書を見比べながらなんとか理解した。出遅れというほど出遅れにはなっていない、はずだ。

みっちり集中して正午を迎え、チャイムが鳴ったと同時に集中力が切れた。講習なので起立も礼もない。少しぐったりとして頬杖を付き、シャーペンを置いた。体調が回復してよかった。でなければこのスピードに着いて行ける気がしない。

「蕪木ー」

明るい声が上から降って来て、どさ、とパンも降って来た。パン。何でパン。何十円引きとかのシールが貼られたパンの袋が数袋、自分の机の上を一瞬で陣取っていた。

「一緒に食おうぜ」

「は?」

なに言ってんだこいつ? という意味の「は?」だったのだが、急にやって来た林場は不思議そうな顔をした。

「なに『なに言ってんだこいつ?』みたいな声出してんの?」

その通りだからだよ。の言葉を寸前で飲み込む。いや、言ってやればよかった。

「まあご近所同士仲良くしたっていいだろ。次も同じクラスかもしれないし。ねえ、綾瀬さん」

「え、」

不自然に言葉が途切れた。振り返ると眼鏡をかけた女子生徒がひとり、ぎょっとしたような顔をして固まっている。いや巻き込むなよ。

「元二組なんだし、三人で飯食おう」

「……こいつも同じクラスだったっけ」

思わずそう言うと林場もぎょっとしたような顔になった。

「一緒だったろ! 綾瀬さん! なあ!」

「え。あ。はい……」

「そうだっけ。……あー、でもこないだシャー芯くれたのは覚えてる。サンキュ」

「い、いえ……」

ぼそぼそと答える女子生徒―――綾瀬を横目にポケットを探った。朝御影に持たされたそれをひとつ摘まみ出す。

「やる」

「え。……飴?」

「シャー芯の礼」

喉が痛くなるといけないから、と言われいくつかもらった飴。喉飴ではないので普通に楽しめるだろう。摘み上げたこちらの手元を、まるで不思議なものを見るかのように綾瀬はまじまじと見つめた。

「いらない? 好きな味じゃない?」

「あっ、いります! いります。ありがとうございます」

あわててそう答えた綾瀬の手に飴玉を落とす。いちご味だかりんご味だか知らないがとにかく赤いパッケージ。甘いのだろうなあとは思う。

もっもっと隣の席でパンを食べはじめた林場を見ていろいろとあきらめ、自分も弁当を取り出した。昨日と同じくハンバーグと卵焼き、ウィンナーに茹でた野菜。それとは別にあるアルミホイルに包まれたおにぎりは、シャケのフレークが全体に混ぜ込んであるピンク色のおにぎりだった。

「御影さんの作り?」

「……そう」

「どこ校?」

「高校生じゃねえよ……大学生」

「まじで! 年上か!」

にやにやと林場が笑う。綾瀬もお弁当を広げ、なんとなくその場に留まり話を聞いているようだった。

「お前の妹だいぶ歳離れてるのな」

話題を自わから離したくてそう言うと、林場は楽しげだったトーンを少し落ち着かせたものにした。

「そう。今保育園。親が共働きだから預かってもらってる」

共働きなのに夕飯代は林場の給料から? ……引っかかったが、訊ねることはしない。

「お兄ちゃんお兄ちゃん引っ付いてくるから大変でさーあちこち走り回って毎日が戦争よ」

やれやれ、というわざとらしい口調ではあったが、表情はやわらかだった。ふうん、と適当に流し、弁当に手を付ける。うまい。腹がよろこんでいるのがよくわかる。

「綾瀬は? 兄弟いんの」

自分に話題を回したくなくてそう逃げると、綾瀬はびくりと固まった。視線をうろうろと彷徨わせて、

「え。……いない。一人っ子、です」

と返す。あーなんかそんな感じ、と林場がふにゃふにゃした返事をしたが、それにはこちらも同意見だった。あーなんかそんな感じ、だ。

「あ。そうだ蕪木、携帯教えてよ。アドレス帳見たらお前の番号なかった」

「何で教えなきゃならないわけ」

「んなこと言うなよ。お前が次講習休んだ時プリント渡せないだろ」

それを言われると弱かった。渋々携帯を取り出す。自分だけ交換するのが悔しくて「綾瀬も」と巻き込んだ。綾瀬が驚いたような顔をする。

「蕪木も綾瀬さんも何で俺知らなかったんだろ。四月の段階で大抵の奴とは交換したのに」

友好関係の広い奴。「四月の段階で俺が携帯持ってなかったからだろ」

持たされたのだ。あの女に。自分がシたい時に呼び出せるようようにと。

「わ、たしも持ってなかった、から」

「そっか。まあじゃあ、ほら、蕪木。かけるから番号」

口頭で番号を言い、林場がショートメールでアドレスを送った。アドレスに空メールを送る。綾瀬のも同じようにして三人で交換した。

「講習メンバーてことで。次も同じクラスだといいな」

適当に流そうとしたが意外にも綾瀬がうんとしっかりうなずいたので、なんとなくの流れでこちらも軽く首肯だけしておいた。





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